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その二 立村上総

この物語はねむさま(「月と星と」)からいただいた「これも愛情表現」のイラストをイメージとして綴った物語です。

9/18〜9/30までねむさまのサイト「月と星と」二周年企画にて、イラストとコラポレーションとなる
「これも愛情表現の一種なり」を短期連載中です


  作者:舞夜じょんぬ



 梨南のご両親からいただいた眠り薬のようなものを嗅がせ、約十五分くらいしてから部屋に戻ると、しっかり梨南の頭には大きな猫の耳が生えていた。一時的な状態なので、本当の耳はちゃんと顔の脇にくっついている。角の延長上といった方がいいだろうか。身体つきもだいたい腹話術人形程度の大きさに縮まっている。薬の効き目は一日のみ。よくこういうあぶなっかしい薬を、自分の娘に用意させられるものだと感心させられる。
 ──しかし、このくらいだと、ほんと猫だな。
 長時間、猫状態でおく場合は尻尾が生えるらしいが、そこまでは求めない。
 一度、マンションに連れ込めばあとは問題ないだろう。猫に首輪と鈴をつける作業だけ、ということだったらいいのだが、一応「人間」同士の結婚なのだからしかたない。
 僕は梨南の髪の毛を、前もって用意しておいたウエーブ式ヘアーアイロンで少しずつ膨らませていった。悲鳴も上がらなければ、泣きもしない。噛み付きもしなければ、けりもしない。実に従順かつおとなしい。目を閉じて半ば口を閉じているということは、きっといい夢でも見ているのだろう。女性の使っているといわれるブロー液をスプレーし、少し湿らせる。その後、素直に伸びた髪の毛に少しずつ、ウエーブをかけていく。髪の毛を洗えばすぐに落ちるとは聞いているけれども、気付いたらきっと梨南のことだ、僕に八つ当たりするだろう。
 次に、トランク内へ用意した、人形用のレースドレスを広げた。人形用だが出来は悪くない。むしろ、細かい作業が手間取ることもあって一点もの。計画を立ててすぐ、近所の見本市会場にて行なわれたの「ドールショー」にて手に入れた。僕が購入した時、売り子さんが、「お人形はお好きなんですか?」と、いかにも我が同士!と言わんかの目で見上げたので、思い切り恥ずかしくなって逃げた記憶がある。一回のみの衣装。はたして似合うかどうか。
 夏用の薄手ワンピース、しかもシンプルなデザイン。重ならないだろう。ドレスとは。
 どうせ今夜はゆっくり脱がせるのだから、今は重ね着でもいいだろう。
 僕は足を小さく縮めて眠っている梨南をそのまま抱き上げた。床に広げたドレス……ファスナーを思い切り広げ、そのまま丸く入り口を広げておいた状態だ……の中に梨南を納め、そっと両手を通した。指先は五本指のままだ。よかった。猫の手、肉球になっていたらすぐに計画が本人に気付かれてしまう。早く、きちんと手早くと。

 僕が梨南と結婚を決意したのにはいろいろな事情があって、一言では言い表せない。たぶんこれから「結婚」後の面倒なことがたくさんあるだろうし、何よりもプロポーズがまだな彼女を説得するという最大の難関が待ち構えている。ちなみに争奪婚では決してない。僕の母親のところに、大量の見合い写真が届いて、その中にたまたま梨南が入っていて、という単純な話だ。諸般の事情により僕は結婚というものを全く考えていなかったので、見合い写真を一まとめつき返そうと思ったのだが、たまたま偶然、梨南の写真だけめくってしまったのが運のつきだった。中学時代の後輩ということもあって、つながりはあったし、現在でもさりげなく食事をしたりしている。僕のことを恋愛感情の対象とは思っていないだろうとは感じている。ただ現在勤めている職場においては、あまりいい感情を持って受け止められていないこと、またトラブルが起こってかなりきつい立場にいること。梨南のご両親も、人間関係に不器用な我が娘を早く「結婚」という枠の中に閉じ込めてしまいたいと願っていること。なによりも僕自身が、諸般の事情により贅沢のいえない結婚しか求められないこと、いろいろな要素がぴたりとあったというわけだ。
 母が父と離婚後住んでいたマンションの名義を書き換えてもらい、再婚こそしないものの父とまた水入らずの生活をしてもらうべく僕の自宅部屋を提供。さすがに何十年も暮らしてきたマンションは劣化している部分も多いので、杉本家の方でリフォームをお願いしておいた。この辺、まだ梨南には一切知らされずに行なわれている。杉本家のご両親によれば、
「戦前は、結婚式の日にはじめて花嫁、花婿が顔を合わせるというのが普通。もううちの娘には贅沢を言わせる余裕がございません。社会の迷惑にならないうちに、家の中でしっかり飼ってくれる人の元に預けるのが一番です」
 ということだが、なんだかそれは、と思わなくもない。僕の場合、社会的地位についてはそれなりに認められているし、外見上は問題ない結婚相手と言えるだろう。でも、プライベートの恋愛事情ではいろいろしくじったことも多いのだ。写真を見て、母に、
「もし、向こうさんがかまわなかったら逢ってもいいよ」
 と答えたとたん、結婚受諾の意志と判断されたのには参ったけれども、これもまた、縁だろう。僕もいわば、戦前の結婚方式でかまわないと、流されているタイプなのかもしれない。梨南も自分で旦那を見つけることができないと思われていて、僕じゃない相手と似たような形で結婚させられるのだったら、少しでも顔を合わせたことのある人の方がいいだろう。
 それに、僕も、まんざら嫌いなわけではない。古風な人間だ。

「本条先輩、ではあとよろしくお願いします」
 僕は眠り続けている梨南をしばらく、膝の上に抱いたまま、ホテル内の電話に話し掛けた。本条先輩と新井林、あと古川さんと西月さん(ちなみに女性陣はみな旧姓)が仕切ってくれる会費制の「お祝いの会」。かなり変わったやり方だとはわかっているにしても、よくもまあみな、活動してくれたものだ。本条先輩はともかくとして、新井林健吾、彼が僕のためにここまで準備をしてくれたとは。しかも新井林にとって杉本梨南とは天敵以外の何ものでもなかったはずだ。たまたま僕と同じ職場で、しかもここ二年ほどは一緒にコンビを組む予定となっている。付き合いも長い。古川さんと西月さんについては梨南のことを考えて、もしパニックになった場合になだめてくれる相手を、ということで選んだ。ふたりともそれぞれ、最良の伴侶と結ばれて現在は幸せそうだ。ふたりには、今でも梨南、懐いていると聞いている。今回の計画に協力を依頼したとたん、諸手を上げて賛成してくれた。
 あとは何人か、僕の知り合いを呼ぶことにしておいた。
「あのな、立村」
「なんですか」
「この、関崎夫妻ってのはなんなんだ?」
「ああ、これは僕の友だちなんですが。ほら、中学の時いたでしょう。水鳥中学の生徒会副会長で、あの頃からの知り合いなんですよ。朴訥だけど真面目でいい奴です」
「あの、もしかして、『お茶わんこそば』の奴か? 『ローエングリン様』か?」
「そうですよ」
 あっさり答える。本来だったら僕も呼ぶべきではない奴なのかもしれない。梨南にとって、中学時代からの「白鳥の王子」でかつ、最大の理想の相手だった。ここに梨南が座っているということは当然、その想いがかなわなかったということに他ならない。ちなみに、関崎の結婚式にはしっかり参列させていただいた。こいつの親友にも顔を合わせたのだが、ちょっと気まずいものがあったことを覚えている。これは、まあ、いろいろあるからして。
「けどなあ、立村、それって火薬庫を抱えているってことじゃあねえのかよ」
 すでに結婚二年目を迎えて、いまだに浮気していないらしい本条先輩は言う。
「火薬庫は早い段階で爆発させた方がいいんですよ。計画どおりです」
「お前、わざと修羅場をこしらえたくてならないんだろ」
「そういうわけではないですが」
「でも考えてみろよ、もしだぞ。もし、杉本が目を覚まして、お前の膝に乗っかっていることに気付いてだ。その直後に関崎ローエングリン様の顔を見たりなんかしたらどうなる?」
「たぶん、暴れるでしょうね」
 そのあたりも計算済みだ。梨南はとにかく面食いなのだ。中学時代は関崎のこと一筋だったし、かつては新井林に相手にされなかった恨みゆえの奇行を繰り返してきたはずだ。とにかくいい男、顔立ちがくっきりしている奴、そうでなくては梨南のお許しがでない。本来だったら、僕みたいなどこかの歌舞伎役者を崩したような顔は、およびでない。
 でも、顔なんて、すぐに見慣れるものだ。その辺は心配していない。
 ただ、直後の暴発は、できるだけ押えておきたい。
「お前、押える自信、あるのかよ?」
 心配そうなささやきの本条先輩だ。
「お前な、杉本の性格でどれだけ学生時代苦労してきたか、わかっててやるのか?」
「もちろんですよ」
 やはり、僕の考えはそう簡単に通用するものではないだろう。説明が不可欠だ。
「今、特に問題がなくても、これから先、俺と関崎は交際が続きます。どんなに隠したって、いつかは顔を合わせるんですよ」
「そりゃまあそうだな。年賀状もやり取りするだろうしさ」
「できれば、マンションでしゃべるような繋がりにしたいですね。これは新井林も同じです」
「杉本がお茶を出すのか? 想像しがたいなあ」
 仕事上、新井林と梨南が顔を合わせてやり取りするのも将来のことを考えると、不可欠だ。
 僕は続けた。
「どうしても逃れられない問題でしたら、さっさとこのあたりで片をつけておいたほうがあとあと楽ですよ。僕も、もちろん梨南も。もちろん狂乱する可能性大ですけれども、その辺はしっかり首に鈴をつけておいて、しつけておきます」
「しつけるって、夜にか」
「正式にしっかり鈴をつけるのには、長期戦になること、覚悟の上です。とりあえずはまず、婚姻届出しておいて、扶養家族にしておいて、あとはうちのマンションに飼っておくというのがベストかなと」
「確かに、社会にこれ以上杉本を放置しておくのは危険だな」
 職場で梨南がいろいろ起こしている問題が大事になっていると聞いている。まず新婚生活最初に行なうべきことは、その問題をできるだけ梨南と会社側に納得してもらえるような解決をすることだろう。その辺の書類もただ今、南雲に頼んでそろえてもらっている最中だ。南雲は法律関係の仕事をしていて、現在奈良岡さんと婚約中だ。奈良岡さんが小児科の勤務医ということもあって、なかなか結婚準備が整わないと愚痴ってるが、もう家族公認で一緒に暮らしているのだから、実際は夫婦と見ていいのだろう。将来、梨南が何かの病気にかかった際には、まず奈良岡さんにご機嫌を取ってもらったほうがいいだろうと思う。
「本人は悔しいでしょうが、しばらく梨南を、マンション内に閉じ込めておくことが必要だと俺も思います。会社側は梨南が存在すること自体許せないみたいですからね。法律上の問題が片付いて、梨南側に有利な権利を全部手に入れて、その上で自由な場所を用意って奴ですか。あとは、梨南にパソコンなりワープロなり与えておいて、本当に梨南の作り出すいいものを発信させていく、そういう仕事を考えています。一応は」
 僕なりに、梨南が一番向いている仕事だと感じるのは、純粋なソフト作りのプログラマーとか、小説家、作家、学者。できるだけひとりでできる仕事がいいのではないかと思う。
「お前、覚悟はあるんだな」
「なければこんなことしませんよ。そろそろ、会場に入ったほうがいいですか」
「ああ、ちゃんと金屏風、用意してあるからな」
「では今から行きます」

 梨南を抱き上げた。フリルのスカートがかわいらしい。ただ少し透けている。やはりワンピースの上から着せて正解だった。もう誰にも梨南の内側を覗かせることはないだろう。これから触れるべきは僕の指のみ。誰にも、見せはしない。かすかに、うわごと。
「……ローエングリンさま……」
 ──悪いな、ローエングリンさまはもう二度と、お前に触れることはないさ。
 関崎にはかすみ草のかわいらしい花束をこしらえてくれるように頼んである。できれば僕の膝でぱっちり目を覚ましている時に持ってきてほしいとも。また新井林には、もし梨南がパニックを起こした場合はすぐに、関崎を非難させてくれと頼んである。全部計画どおりだ。どんなに梨南が泣き喚こうと、すべては僕の膝の上なのだ。

 大きな耳の薄い皮が襟元にくっついてくすぐったい。 
 ──まずは、このままで、真っ赤な首輪と鈴をつけるのが、今夜の仕事だな。
 ふっと、手の甲に違和感が走った。
 ──な、なんだ、梨南。
 寝ぼけ眼のまま、梨南は僕の右手を掴むようにして、最初軽く吸い、その後がりがりと噛みはじめたではないか! 手を引っこ抜こうとしたけれども、やめた。まだ寝ぼけさせたままの方がいいし、男の手がなまっちょろい色だけというのも物足りないではないか。
 ──勲章とでもしておくか。
 梨南だって、男の手に噛み付くなんてこと、たぶん、絶対やったことないよな。
 その傷が赤い線としてふくらみ、赤くただれそうなところを、梨南は真っ赤な口でいきなりなめなめしはじめた。本来だったら決してやってはいけない。衛生上決してよくない。でも、今の梨南だったらそれでもいい。
 ──ビデオカメラがないのが残念だな。
 しばらくなめなめした後、梨南は耳をぺたんとその手にくっつけたまま、またくたっと脱力した。一気に重みが腕に走る。これもまた、よきかな。僕はもう一度、電話の受話器を取り、本条先輩に告げた。登場準備の際のアナウンスの関係だ。
「僕が梨南を抱き上げてそのまま連れて行きますので、照明とフラワーシャワー、あと、ビデオと写真、よろしくお願いします」
「OK、派手にお迎えしてやるぜ!」
 僕は静かに受話器を置き、もう一度梨南を抱き上げた。

 部屋を出る直前に思い切り、胸に顔と耳がくっつくように抱きしめた。
「……ローエングリンさま」
 ──その言葉は今夜限りだよ、梨南。



 ──終──      
 

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