HOME




BACKこれも愛情表現の一種なりNEXT
その三 南雲秋世

この物語はねむさま(「月と星と」)からいただいた「これも愛情表現」のイラストをイメージとして綴った物語です。
9/18〜9/30までねむさまのサイト「月と星と」二周年企画にて、イラストとコラポレーションとなる
「これも愛情表現の一種なり」を短期連載中です


  作者:舞夜じょんぬ


 前からこうなることはわかっていたような気がする。
「そうなんだあ、じゃあおふたりにおめでとうって言ってきてね、あきよくん」
 夜勤で睡眠をとらなくてはならない彰子さんは、両手を合わせて俺にお祝いの言葉を預けてくれた。どうでもいいけど彰子さんの勤めている市立病院、人使い荒すぎ。こき使うだけこき使って、彰子さんの前に入っていた小児科医みな、体をぶっ壊してやめたそうじゃないか。フィアンセたる俺としては、もう少し楽な病院に移ってほしいんだけども、彰子さんにそれを伝えたって無理だ。だってさ、あの病院、小児科医が今度いなくなったら、科そのものがなくなるかもしれないっていう危機だから。子どもの数が減少しつつあり、小児科はかなり苦しい台所事情、それは想像つかなくもないけれども。でも、だからこそもっと大切にしろって俺は言いたいんだけどなあ。
 ──けど、いくらなんでも「水口病院」に入るのはやめてくれよなあ。
 ──あの藪医者に手を出されるのだけはごめんだ!
 諸般の事情で現在、後継者となる予定の同級生がそこにいる。医者の息子で、将来は大病院の院長になることが約束されていると聞く。以前から彰子さんに、小児科だけではなく内科もかねてほしいみたいなことを伝えているらしい。俺も、彰子さんも、そいつとは中学時代同じクラスだったもんだから、いろいろと付き合いがあるし、特に医大に進んだ彰子さんとはかなり仲がいい。俺には理解できないドイツ語交じりの医学用語で会話をしている時、つくづく落ち込むことこの上ない。
 ──けど、俺の十年間、いったいなんだったんだ?
 一応は婚約者だ。付き合いはじめてから十年以上だ。周りからはあつあつラブラブのカップルと噂されていた。けど現実は違ったんだということを、俺は何度も思い知らされてきた。決して彰子さんが悪いわけではなくて、ただ、恋に目覚めぬお姫さまの起こし方を、俺が間違って覚えていただけのことだった。たぶん彰子さんのことだ。恋愛に発展しはじめたのは、大学卒業して社会人として付き合い始めてからだと思っている。俺が毎朝毎晩、彰子さんのことばかり思っていろいろ心を砕いてきたことなど、ほとんど記憶にないらしい。もちろん俺のことを大切に思ってくれていたのは知っているけれど、いかんせん、彰子さんの周りには騎士たるものが多すぎた。大切な「友だち」で一杯だった。そして、俺もそのひとりだった。なんとかして頭一つ突き出すまでの間、俺はひたすら耐えた。耐えた。たまにはふらっと……と、愛のないなんとかを経験したりもしたけれど、すまん、それは俺の男の弱さだと反省している。彰子さんは知らないだろうが、ちゃんと俺の体で罪滅ぼししている。我がお姫様を手に入れるまでの苦悩と戦いの日々、これを知っているのは、ひな壇の上に昇る彼だけだ。
 ──りっちゃんも、苦労したよなあ。

 ──やっぱり、俺よりももっと詳しい奴がいるから紹介してやろうか。もちろん俺がやってもいいんだけどさ。りっちゃん、本気でなんとかしたがってるし。
 りっちゃんから頼まれた、ひとつの頼みごとについて俺はもう一度模索した。
 「南雲会計事務所」の一室でもって、俺は何度か書きなれた絵を描いた。  
  学生時代、規律委員会で得たファッション画のテクニックだ。これでも俺は中学時代、規律委員長だった。規律を破りまくるとんでもない奴だったけれども、実際裏の「青潟大学附属中学ファッションブック」という季刊誌を発行するという仕事はたまらなく楽しかった。可愛い女子とかまぬけそうな男子のイラストをさらさらと書いて、流行の制服着こなしとか、日常着のお勧めとか、いろいろやったもんだった。一度、りっちゃんを丸め込んで、トラッド風のかちっとした洋服を全部着せて写真をとらせてもらったことがあったっけ。露骨にいやな顔をしていたけれども、当時、あいつのことを思っていた女子からは非常に感謝されたし、その写真からイメージして書いたイラストは、外部にも人気があった。そうだ、それ今度の結婚式、もっていってやるか。
「特許関係のトラブルが起った際、どういう風な手を打てば一番いいかな」
 ひさびさにりっちゃんが相談を持ちかけてきたのが、数ヶ月前のことだった。
「俺の後輩が、コンピューター関係のシステムか、ソフトか、その辺よくわからないんだけれども開発したらしいんだけどさ、人間関係のごたごたが絡まっていつのまにかその権利を取られてしまったらしいんだ。俺もその辺、全然わからないんだけど、どうすれば一番いいのかな」
 ──確かにりっちゃんに、法律関係の話を持ち出すのは無謀だな。
 法学部時代になぜか公認会計士の資格を取り、親父の後継ぎになったのはいいけれども、せっかくだからってことで司法書士の仕事も合間にしている。法律は勉強してて全然楽しくなかったんだが、おかげさまで弁護士の卵だとか、警察関連のお仕事についている友達だけはやたらと増えた。飲み仲間というほうがいいんだろうけども、こういう友だちの悩みに答えてやれるという利点もある。
「じゃあ、とりあえずさ、今司法研修生やってる友達いるから、りっちゃんに紹介するよ」
 ばりばりの弁護士をいきなり頼むほどの問題じゃないな、という俺の判断からだ。やっぱり、それなりにかかるものもかかるから。
 りっちゃん自身は真剣だったけれども、そんなまじになることかな、と思ったのもまた事実だ。りっちゃんの場合、俺たちにとってはたいしたことじゃないようなことが大事件に感じられて、真剣に悩んで、一人で結論だして行動して、周りが混乱することがたまにあった。中学でもそうだし、高校時代も初めて好きになった子……誤解を招くかもしれないけど、そうと言っていいと思う……といろいろあった時、かなり荒れていた時期があったのを知っている。だけど、ある時期において、はっと我に返る、それの繰り返しだったんじゃないかなと思う。もし俺みたいな奴がいろいろと話を聞いて、「こうしたほうがいいんでないか」と言ってやればすぐに落ち着く、そういった類のだった。
「ありがとう、俺もそういう類のこと全くわからないんだよな」
 ──やっぱり、教師ってしんどいのかな。向いてないのかもしれないなあ。
 母校の高校教師というのも、いいようで悪い、そんな気がする。

 つまり、りっちゃんとしては、後輩のために一肌脱いでやりたい、せっかく自分のこしらえたシステムだかソフトだか、それを会社に奪い取られた子の名誉を少しでも回復させてやりたい、そう思ったんじゃないだろうか。まんざらそれは間違いではないと思う。でも、難しい問題でもあると思う。
 その、法律関係の仕事に携わっている友だちに一通り預けておいてからは詳しいことを聞いてないけれども、やはり、その後輩のやらかした人間関係の崩壊度、相当なものだったらしい。あくまでもりっちゃんの口ぶりからして、の判断につきるけれどもだ。とにかくすごかったらしい。詳しいことはいえないけれども、「会社側もこういうことされたら当然、首にしたいよな」と思うようなことだった。同情できない行為が多々あったのと、会社側の利益不利益を天秤にかけた結果がああだったとかこうだったとか。とにかくいろいろあったらしい。

 その三ヵ月後、りっちゃんは婚約することを俺に告げた。
「へえ、よかったじゃん、相手、紹介しろよな。彰子さんにも教えるよ」
「たぶん、知っていると思うよ」
 はにかみながらもあいつは、その子の写真を見せてくれた。
 ──あらら、これってもしや?
 見覚えあるなんてもんじゃあない。中学で一学年下にいた、りっちゃんの妹分だった。一発でわかったのは単純に言って、「男子からとことん嫌われる体質」の持ち主だったことだ。決して不細工とかそういうわけではなく、ただこういうタイプは嫌われるよな、と思われる典型的なタイプだった。目つきが三白眼で、どこか一点を見つめていて、髪の毛は黒いストレート。人間というよりも、市松人形を生にした感じだった。ただ、りっちゃんはその子のことを大変ひいきにしていて、いろいろとめんこがっていた。気の強い子が好きなところ、りっちゃんってあるからなあ。
「けど、杉本さんにどうして決めたわけ」
 これは聞いておかないとまずいことだろう。
「いや、たいしたことじゃないんだけどさ」
「この前話した一件がさ、やっぱり難しい問題のようで、やはり俺なりに責任とった方がいいかなと思ったんだ」
 ──え、もしかして、この子が後輩ちゃん?
 確かに杉本さんは後輩だが。ただ俺に話してくれた段階では、その本人の名前は出さなかったからその時になるまで気付かなかった。もちろん、紹介した友達もばらすわけない。仕事なんだから。
「会社側がなかなかうんと言わないらしいから、これはやはり、杉本の責任者という形でもって、話を持っていった方がはやいかな、そう思ったんだ」
「ちょっと待て、りっちゃん、それだけが目的?」
「まさか」  
  小さく笑い、りっちゃんは写真を静かにしまい込んだ。指先の動きからして、大切そうだった。  

  りっちゃんが清坂さんと別れた時に、かなり屈辱的な経験をしたことは知っている。
 彰子さんもあまり詳しいことは話してくれなかったけれども、中学時代同じクラスだった連中はみな、「なるべき結論」として受取ったらしい。
「やはり、しかたないよね。美里ちゃんは自分の心に正直になったんだからね」
 りっちゃんを振るのは至極当然、という判断らしい。  あえて俺も何も言わなかったけれど、りっちゃんは清坂さんに振られた、ということ自体は納得している様子だった。むしろ、
「やはりさ、俺は早い段階で気付くべきだったんだな。わかっていたのかもしれないんだけど、目を閉じて、耳をふさいでいたんだって、今ごろ気付いたよ」
 微笑ながら語っていたっけ。
 ──わかっていたって、もしかしたら俺たちもそうかもな。
 俺も、たぶん、そのことは知っていたはずだ。
 りっちゃんにふさわしい相手は、別の子だって。

 今回のお祝いの会は、一種の略奪結婚に近い形を取るらしい。
 通常だったら、いや、普通の友だちがそうするんだったら俺も止めるだろう。でも、この事情および、さまざまな思いを知っている俺としては、とことん杉本さんとりっちゃんをくっつけるよう努力するだろう。現状において、例の問題はあまり進展していないみたいだし、かくなる上は「夫」となるりっちゃんが直接、会社に話し合いを申し込むつもりでいるらしい。
「俺さ、今だから言えるんだけどな」
 いつだったか、りっちゃんが話していたことがあったっけ。
「中学二年の冬、あの杉本をなんとかなだめたくて、思い切って付きあいを申し込もうかと思った時があったんだ。つまり、いわゆる彼氏彼女という形を取って、けんかしている相手と話し合いを持ってまるく収める、そう言う方法がいいかなとか思ってさ」
 けど、そうしなかったらしい。その時りっちゃんはすでに、清坂さんと付き合っていたから。
 ──ああ、やっぱり、最初からみな、わかっていたことだったんだな。
 彰子さんじゃないけど、俺なりに言ってやりたかった。
 ──りっちゃんも、自分の心に正直になったんだからさ。

 金屏風の前、激しくりっちゃんの袖に噛み付き、腕から飛び出そうとしている、猫耳の生えた小さな女の子。薬を飲ませたらしい。まあそうしないと、むずかしかっただろうな。あの子はまだ、気付いていないんだろう。どれだけりっちゃんが、手を傷だらけにして守ってきてくれたかってことを。俺も、彰子さんも、みな遠めから「そうなるはず」と思っていたことを。
 ──もう、騒ぐのあきらめて、いい子にしていればいいのにな。
 俺はシャンパングラスを片手に、りっちゃんへ軽くウインクしてみせた。残念ながら気付いていないが、それもしょうがないだろう。何かを話し掛けるようにして、りっちゃんは両腕をしっかりかかえるようなかっこうにして、猫の耳が生えた小さな女の子を抱きしめていたから。俺のりっちゃんとの付き合い上、最大の笑顔で女の子の頬をさすっていたから。

 ──さてと、今度は俺が自分の心に正直になる番かな。


 ──終──      
  BACKNEXT

 

 



Copyright (C) 2001 馬に描かれた館 All rights reserved.