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その五 本条里希
この物語はねむさま(「月と星と」)からいただいた「これも愛情表現」のイラストをイメージとして綴った物語です。
9/18〜9/30までねむさまのサイト「月と星と」二周年企画にて、イラストとコラポレーションとなる
「これも愛情表現の一種なり」を短期連載中です。
さて、全てが終わったところでだ。
「もーしもーし、立村、どうしてる?」
──本条先輩も無粋なことをしますね。
なあにが無粋だ。嫁さんを猫にして無理やり結婚式やっちまうようなお前に言われたくはない。ただいま夜十時。順調にいけばそろそろ、お約束の展開が待ち構えているはずなのだがいかがだろうか。あえて邪魔するかっこうでの電話ときた。ただいまは俺たちも、打ち上げ二次会で盛り上がっている真っ最中。多少酒の混じった形でのご質問もご容赦願いたい。
いらだっている様子はない。さてはまだ、猫耳が生えたままの状態か?
俺の前に注がれたビールをぐいと飲み干し、携帯電話でもってささやく。
「今日の御礼はお前の奢りでたっぷりやってくれるんだろうなあ」
──もちろんですよ。ほんと、今日は楽しく過ごせました。ありがとうございます。
さっき別れる時にも同じこと言われた。あれだけ泣き喚かれるわ噛み付かれるわされても、あいつにとっては大満足の展開だったらしい。一次会で新井林が一言、
「俺、普通の結婚式でよかったってほんと思いましたよ、本条先輩」
とつぶやいていたけれども、俺も同感だった。俺らしくないと言われるかもしれないが、それなりに親族も呼んで、しっかり和装の神式結婚を執り行った立場としては。
──略式で終わらせるのもまずいかなと思ったんですが、やはり、うち、親戚付き合い少ないですから。
「まあな、四人兄弟の末っ子だった俺よりは、しがらみも少ないよなあ」
──そうですね、先輩の結婚式は司会席からとっぷりと眺めさせていただきましたけれども、本当にあの先輩にしてはまじめで堅いやり方だったし、本当に驚かされました。
悪かったな。俺だって本当は嫁さんをハワイかどっかの無人島に連れて行って二人っきりで「愛」を誓いたかったさ。衣装を何度も替えたりとか、水色のスーツ姿で受けを狙ったりとか、そんなことしたくなかったさ。
──それでもやっぱり先輩の結婚式だなあとは思いましたよ。テーブルの上でキャンドルサービスの時、ポーズを取って横たわる人がいたのには。あとやっぱり、予告なしで上半身裸のままネクタイ締めて踊る集団とか。やはり先輩はすごいですよ。
いまだに嫁さんの実家では、「あんな非常識な男のいる家と、親戚づきあいするなんて!」とぐちぐち言われているらしい。これはしかたないよな。嫁さんの性格からすると「まあいいじゃないの、私は好きよこういうのり」ですませてくれるんだが、世の中甘くない。
まあ、俺からしたら、立村のように「私立高校の英語教師・度真面目を絵に描いたような男」が、「自分の嫁さんをOK取る前に、猫に変身させて無理やり披露宴を行なう」ということ自体、「すごいな」と思うのだが。世の中本当にわからない。
目の前で、ようやく気付いたらしい新井林と南雲が、興味津々で俺の携帯を眺めている。
相当飲んでいるはずなのに素面同然の顔をしている南雲。
ビール瓶一本空けて、いきなり南雲に「結婚とは?」と議論をふっかけている新井林。
「先輩、誰にかけてるんですか?」
南雲が話し掛けてくる。俺は唇の端をちょいと上げて、それなりのアクションをする。
「もしや、新郎新婦ってことっすか?」
さよう。親指を立てる。新井林がひょいとテーブルを押しのけるように顔を近づけ、声を聴きだそうとする。無理だって。そりゃこの店、それほどうるさくないけれども、立村はそんなに声がでかくない。あとでてきぱきと説明してやるからそれまでまて、と俺は手でふたりを制した。
──今、誰かと一緒なんですか。
「ああ、きれいどころと一緒」
──本条先輩、そんなことしたらゆみえさんにあとで何されるかわかりませんよ。
「悪いな、お前と違ってうちのゆみえは、出来た女房だからなあ」
目の前で吹き出す二人がいる。
──本条先輩からそういう言葉が出るとは思いませんでした。
「お前だってそう思うだろ?」
──否定はしません。本条先輩をそこまで変えられた人がいるとは、俺も思いませんでした。
ずいぶんしみじみと語る立村だ。まあこのあたりはノーコメントとしておこう。無理やり話を変えてやる。
「ところでだ、お前の嫁さん、どうだ。耳、引っ込んだか?」
──まだまだです。
あれだけでかい耳が頭に生えていたらそう簡単に消えるとも思えないが。
「じゃあ今、どうしてるんだ?」
普通の新婚初夜の場合は、実際の行動が初夜であろうがなかろうが、することは決まっている。立村の場合は即、ホテルに連れ帰ったらしいから、もしかしたらその真っ最中とも考えられるのだが、どんなもんだろうか。
──今ですか? 少し一息ついてます。
「一息ってことは、もう、いたしたのか?」
いきなり目の前の二人が、さらにテーブルの向こうから顔をにゅっと出してくる。
耳の穴全開状態、それでも間に合わなくなったのか南雲は立ち上がり、俺のテーブル隣に陣取った。新井林は空になったビール瓶を抱えて反対側から回ってきた。
──いたしたって何をですか。
「とぼけたって無駄だっての。立村、お前だって大の大人が、初夜になにをするとかしないとか。そりゃあ初めてとは思えないがしかしだなあ」
──本条先輩、やっぱりそうですか。
一秒置いて、ため息を吐く様子。
「りっちゃん、そうとう疲れてますね」
「もう一回戦終わったのか?」
新井林じゃないが、「一回戦」というところに重みありってとこだ。俺もあの旧姓・杉本梨南と男と女の関係になるなんて行為は、想像できない。新井林も、おそらく南雲もこの意見には同意してくれるものと信じている。
「違うのか?」
──まあ、これから大仕事が待っていることは確かです。
「そりゃあそうだわなあ。あの杉本を押し倒すのは、猫状態だったらまだしもだ、人間に戻してからどうなるかってなあ、お前もさっきの結婚式でずいぶん、手の甲がバンドエイドの嵐だったろ。今度は全身が引っかき傷だぞ。怖いぞこれは」
隣でうんうん頷くのは新井林だ。
「肝心要のところをやられたら、再起不能になるだろし」
さすがにそこまで俺も言えない。
「じゃあ何か、ただ今全身を透明保護肌ローションでも塗って、保護してだなあ、それから、いざゆかんってことか?」
──本条先輩、SF小説の読みすぎですよ、それは。
またひとつため息だ。電話の向こうから伝わってくる雰囲気からすると、おそらく夜の戦は始まりを告げた可能性ありだ。男たるもの、惚れた女を我がものにした以上、しっかり自分の烙印を押して逃がさないようにしなくてはならない、そう思うだろう。女どもが喜ぶ恋愛小説に出てくるような、優しく守ってくれる、なんて大嘘だ。とにかく、征服。山に登る、宝物を奪う、女を従順にさせる。必ずしも俺ができているとは言えないにしてもだ。
「それともなあ、お前、今、真っ最中だったとか?」
また顔を寄せてくる二人組。こいつらも相当の、好きもんだ。
──何言ってるんですか。
立村はもう一度派手なため息を吐いて後、続けた。
──今、俺がそんなことしたら、人間として許せない行為になってしまいますよ。
「人間として許せない?」
──当たり前でしょう。まだ猫の耳生えたままで、いったい何やれっていうんですか。
「やっぱり引っ込んでいないんだな」
──たぶんですけれど、今夜中は無理でしょう。
「そうだな、猫と人間とだったらなあ。でも今日の杉本は、耳だけだっただろ? 猫化していたのは」
──性格以外は。
ごもっとも。性格は動物本能をかなり刺激されてしまったのか、かなり凶暴化されていた。
脇でくっくと笑いをこらえる二人を、俺は両肘でつつきながらさらに続けた。
「で、今夜はどうするんだ? 一仕事はあきらめるのか?」
──することはありますよ。先輩の想像しているようなことではないですけれど。
いきなり自信ありげなお言葉だ。俺は思わず両隣の二人に、近づくよう手でかこうように合図した。
「俺が想像しているようなことでなかったらなんなんだ」
──当ててみてください。いわゆる、慣用句のひとつです。
「慣用句?」
南雲がポケットから「電子辞書」を取り出した。新井林がさっと紙ナフキンとボールペンを取り出した。
「ヒントをよこせ」
──これ言ってしまったら答えそのものですからね。
「何も言わないならなおさらわからなんだろ。俺の携帯だってそろそろ電池切れそうなんだ」
大嘘だがフェイントをかけてやる。少しあせったようだ。すぐに落ちた。
──わかりました。ヒントは「鈴」です。
「鈴?」
ぴこぴこと音がするのは、南雲が「慣用句」→「鈴」と打ち込んで、それにまつわる言葉を検索しているからだろう。すぐに見つかったらしく、さっと俺の前に機械ごと差し出した。
「猫の首に、鈴を、つける、か」
──ご名答です。
満足そうな響きがした。
つまり何か? あいつは猫化したままの杉本にでっかい鈴のネックレスでもプレゼントするつもりなのだろうか。婚約指輪の代わりに。
「りっちゃんらしいなあ」
「けど、付けられるのか? あいつに?」
二人の参謀の意見も踏まえ、俺はさらに仔細を要求した。
「おい、猫のうちはいいぞ猫のうちは。でも人間にもどったらどうするんだ?」
──どうもしませんよ。次のステップに進むだけです。
「次のステップってなんだよ」
──本条先輩のご想像にお任せします。
「じゃあ、繰り返すがこれから何をするんだ?
──だから先輩のお答え通り、猫に鈴をつけるんです。あ、すみません、梨南が目を覚ましたようなんで、これで失礼します。また後で電話します。
受話器がうまくがっちゃり切れなかったようで、かすかに様子がうかがえる。俺の電話の電池はしっかり充電してあったのが幸いだ。
──こら、梨南、ほら、すみっこに逃げないでこっちおいで。ほら、お菓子も食事も、まだ食べていないだろ?
──食べられるわけないではないですか! 詳しい説明をこれから一日かけてしっかり行なうのが、先輩としてのつとめではないですか!
──だから、これからたくさん話をするつもりでいるよ。でも、まずは食事だろ。
──さっきもそうおっしゃいましたよね! 立村先輩、そうしたらいきなり、私の首に赤いリボンつけようとしたじゃないですか! 私猫ではありません!
説得力のない科白だ。どうみたって、今の杉本は「猫」だろう。テーブルを叩いて二人、笑いこけている。
──だから、猫じゃなくなったら、また別のものあげるから。
──今だって猫じゃないんです! 失礼なこと、言わないでください。
──梨南、さっきのことはあやまる。あやまるから、ほら、一緒にベットの端に腰掛けてくれないかな。もう怖いことしないから。ほら。
──知りません。いきなりスプーンで私に餌付けするみたいに食べさせようとしたりとか、いきなり膝に抱き上げて首輪させようとか、そういうことをしないって約束してください! それに先輩、どうして気付かないんですか!
いきなりがっちゃりと、受話器の切れる音が響いた。どうやら杉本の方が受話器の浮いていた状態を見抜いたらしく、大慌てで受話器を置き直したらしい。
「さ、最高……!!」
「なんか泣かせるってか笑えるよなあ、立村さん」
遠慮なく俺も腹抱えて笑わせていただいた。注文を取りに来たお姉さんが怪訝な顔をしてビールを追加していった。
あいつもできれば、今夜を「猫に鈴つけ」でなくて、次のステップに進みたいところなんだろう。「餌付け」みたいなことをするとか、抱き上げて首輪をつけようとか、どうもあいつの欲求不満な態度が見て取れる。早く、猫の耳が引っ込んで、早く目的に達することができるかどうか、そのあたりは未知数だが。
「まあはっきりしているのはだな、諸君」
二人の両肩を抱くようにして、俺はそれぞれにもう一杯ずつ、ビールを注いだ。
「新婚初夜らしく、あのふたり、一睡もできないってことだろうな」
ふたりとも、大きく頷き合い、自然と乾杯のやりなおしとなった。今夜は長いぞ。朝まで飲むぞ。それからだ、締めはやっぱり。
──確認のため、明日の朝一番でまた電話だな。
──終──
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──終──