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青潟大学附属シリーズ  高校編


  作者:舞夜じょんぬ

高校一年一学期 18


 結城先輩の家から午前様で帰り、その後三時間の睡眠を取ったのち「みつや書店」へ急ぐ。
 二杯分のいちごミルクが消化されていないのか、やたらと腹の調子が悪い。それでも身体を動かしてい るうちにだいぶこなれてきたものの、やはりいつもの調子とは言いがたい。
 三時間の仕事がこれだけ長く感じられたのも、今日が初めてだった。

 それでも片付けるべきものは片付け、だるさが残る中まっすぐ青大附高へと向かった。今日は幸い、規 律委員の週番当番ではなかった。職員室前の廊下で朝から集まらねばならないのだが、それは考えなくて もよかった。運動部、吹奏楽部の朝練が終わり教室へ戻ろうとする連中にまず挨拶をし、乙彦は一年A組 の教室へと向かった。
 ──地震か?
 やたらと足元がぐらぐらする。
 ──まあ地震だったら、緊急放送が流れて外に出れって言うだろう。
 考えるのもおっくうだった。頭を何度か振り前を見やると、藤沖が窓辺によっかかる格好で待っていた 。
「よお」
「おはよう」
 昨日、結城先輩の館へ案内してくれたはいいが、全速力で逃げ出していった、実は結構とんでもない奴 だ。一言言ってやらねばなるまい。乙彦は藤沖の顔を軽く手で方向変換させた。もちろん、自分の顔真っ 正面である。
「お前なんで俺をあんなところに置きっぱなしにした?」
「怒るな。実際結城先輩とはそれなりに語ったんだろう?」
 それは事実である。認める。
「夜十一時近くまで話を聞いた」
「そうかそうか。どうだった?」
 また藤沖特有の、押し付けがましい兄貴風を感じて乙彦は、顔を逸らした。もちろん手も藤沖の顔から 外した。
「どうもこうもない。真面目に今後の青大附属高校についての見解を聞かせてもらっただけだ」
「もちろんBGMは『日本少女宮』でか」
 その通りである。結局あの後、結城先輩は今まで発売された『日本少女宮』のアルバムを次から次へと レコードプレーヤーの上に重ねていったのだから。
「で、当然、いちごミルクでの杯を交わしたというわけか」
「杯ではない。ビアマグだ」
 全く反省することもなく、藤沖は膝を叩きつつ、声を出さずに笑った。
「では、円満に話し合いは行われたというわけだな」
「そういうことになるだろう」
 話をしているうちにまた、地震らしき地響きを感じた。二回目だ。やはり、これはなにかあるんじゃな いのか。
「藤沖、今、地震がなかったか? 震度3くらいのようだが」
 確認の意もありまずはたずねてみた。目の前の藤沖はわけがわからないとばかりに足を二、三度踏みし めた。
「地震なんてないだろう。お前なんでそんな」
「さっきも揺れたようだぞ。二回も余震があるということは、これからまた大きな揺れがきそうな気がす る」
 まったく意味不明とばかり、藤沖は首を振った。
「関崎、地震があったのはおそらく、結城先輩の部屋でだろう」
「いや、それはなかったと思うが」
 言われた意味がわからない。昨日の夜は特に地震が起こった記憶もないが。
「それはそうと、関崎、来週の実力試験の準備はしているか?」
 話の矛先を変えられた。しかたなく乙彦もそれにつきあった。
「しているが」
「実力試験が終われば今度はゴールデンウイーク明けに新歓合宿だが準備もいろいろ必要だろう」
 あまりそのあたりは考えていなかった。
「一泊二日か。確か学校の合宿施設を使うと聞いていたが」
「その通りだ。今年は費用削減でずいぶん安上がりだ」
 藤沖はやはり、詳しいことを聞いているらしい。乙彦が耳に入れていたのは、新歓合宿が一泊二日らし いということだけだ。行き先も実は確認していなかった。もし泊り込みになるのならば、バイトを休まざ るを得ないだろうという予想はしていた。
「それについても後でいろいろと、話し合いたいところだ。実力試験についても、まあいろいろあるから な」
「わかった」
「何かあれば聞いてくれ」
 言い返して面倒なことになるよりも、まずは足元のぐらつき……あの後もまだ続いているような気がす る……で少し酔いそうな感覚がある。気のせいなのだろうか。まずは席につきたかった。

 他のクラスメートたちと挨拶を交わした後、乙彦はかばんからものを出す前に顔を押し付け、まず目を 閉じた。
「悪い、寝させてくれ」
「仕事疲れかよ」
「そんなところだ」
 しかし簡単に言うことを聞くような連中でないのも承知していた。背中を突っつくわ、脳天になぜか拳 骨を押し付けられるわ、耳元に息を吹きかけられるわで結局寝られるわけもない。むかつくことに藤沖も それに加わっている。肩を揺らすようにして、
「ここで寝るとまじで授業中起きられなくなるぞ。目を開けろ」
 またいつもの兄貴分感覚で声をかけてくる。
「起きたいのは山々だが、今は死ぬほど眠いんだ」
 毎朝四時半に家を出てバイトに専念し、腕をつねりながら授業中目を開け、その後の予習まで目を覚ま したままで過ごした二週間あまり。
 中学の頃、陸上部に入っていた時ならばそれはたいしたことな いとも思えるのだが、やはりしんどい。でもそれを言ってはならない。男ならば決して、それを許しては ならない。
 とはいえ……。
 眠い。どうしようもなく頭が痛い。
「関崎、ならばこうしよう」
 藤沖は乙彦のわき腹をつんつんつっついた。
「お前が居眠りしているようなら、俺が叩いて起こしてやろう」
「なぜだ」
 眠気に襲われつつも乙彦は生返事を返した。
「お前は今、寝るわけにいかないだろう?」
「ああ?」
 また見下ろすような口調で言う。
「実力試験のためにも、そうだろう?」
「確かに」
 返事はしたけれども、すでに意識が朦朧としている。
「安心しろ、お前がちゃんとついていけるようにしてやるから」
 ──その「やるから」ってなんだ。
 ぴりぴりする苛立ちすら、もう感じることすらできないほど、眠い。
 
 ──そりゃあ、実力試験も、なんとかせねばならないのはわかっている。わかっているからそうしてい るんじゃないか!
 藤沖にまた説教されるのはいらいらするが、正論だからしかたがない。
 入学前のオリエンテーションでもいろいろと麻生先生から話を聞かされていたけれども、外部生の場合 どうしても最初の実力試験では割を食うことが多いという。もともと授業のカリキュラムが公立中学と異 なっていたことやその他いろいろな遅れの問題もあるから、しょうがないといえばしょうがない。でも、 最初からみそっかすのまんまでいるつもりもない。もちろん学年トップになることは難しいかもしれない が、せめて五番以内、いや十番以内には入りたいのが情というもの。水鳥中学で一度もトップを譲ったこ とのない乙彦にとってそれは絶対に、許しがたいことである。
 ──だから、寝てられないってのはわかってる。
 わかってないのは、自分の瞼だけだ。さっそく始まった数学の授業中、乙彦の開いた教科書の文字がや たらとゆがんでみえる。内容は「数学I」とあるけれども、途中どこかすっとばされたような問題ばかり で、授業だけではついていけない。ここでは答えだけを必死に写し、放課後の補習で確認をするように心 がけている。ただし、一度でも聞き逃したら終わりだ。解き方が理解できないまま流されてしまう。これ はまずい。
 ──まずい、どこまで進んだ?
 先生の顔と黒板の文字が二重線に見える。目をこすり、腕をつねり、また背を伸ばす。その繰り返して いるつもりだった。いきなり首筋にとんがったものが刺さった瞬間、また目が開いた。首筋を撫でてみる とシャープの先でつついたらしい藤沖のあと。
 ──善意なのはよくわかるが。
 振り返り藤沖に礼を伝えるのが、また面倒だ。

 しばらく藤沖が乙彦を起こすべく、こまめにシャープ芯でつぼを押してくれたおかげで一時間目、およ び二時間目まではなんとかなった。休み時間に廊下で深呼吸をしたりラジオ体操の最初の一部をしたりす ることで、だいぶ目もさえてきた。
「次は現代社会の授業だが、あれも眠くなるな」
「確かにそうだ」
 先生の一方的な語りの授業ほど退屈なものはない。むしろ数学のように解き方や方法などを細かく説明 してもらう授業の方が睡魔に教われずにすむものだ。藤沖に言わせれば社会の授業とは、定期試験の際に 出てくる問題を読み取るだけのものだという。
「大丈夫だ、俺が山かけしてやるからな」
 別に頼んだわけでもないのだが。それに言い返すよりもなによりも、ただ眠い。
 休み時間も終わり乙彦は教室に戻った。四時間目までなんとかがんばれれば、五時間目は体育だ。さす がに体育だったら寝ているわけにもいかないので強制的に目も覚める。
 席に戻り際、最後列で顔を上げている立村と目が合った.
 ──結城先輩の言う通り、立村とは距離をおくべきなのか?
 考えたくもないことを思い出してしまった。舌が思い出すいちごミルクの味わいだった。

 何度も首筋に藤沖の自称「愛の鞭」が飛ぶ。
 乙彦もなんども目をこすった。
 ──まずいな、これは。
 ほとんどノートに文字が意味をなさない状態だった。その一方で頭の中によぎる言葉。
 ──一緒に話をしているだけで、相手の運を吸い取るなんて、そんな奴がいるわけないだろう?
 結城先輩の語った言葉が脳のどこかをちくちく突き刺す。そんなこと考えている余裕なんてない、実力 試験でそれなりの結果を出すことが自分の義務のはずなのに。
 ──ネガティヴな発想にひっぱりまわされるほど、俺が弱弱しい人間にみえるのか。そんなことはない 。
 ──だが、確かに……。
 朦朧とする頭の中で、また何かちくりと首がひりついた。と同時だった。
 斜め後ろの方で誰かが立ち上がる気配がする。

「先生、よろしいですか」
 ──立村の声か?
 同学年にしては礼儀正しすぎる、それゆえに距離を感じる言葉遣いだった。
「どうした立村」
「関崎くんが気分悪そうなので、保健室に連れていってもいいですか」
 藤沖のいる方を慌てて向いた。憮然としたままシャープを握り締めていた。その後ろで立村が、さほど 響かぬ声でさらに続けていた。乙彦にちらと視線を投げかけながら。
「ここから見ていて、関崎くんがかなり体調を崩しているように見えたので、保健室まで連れて行きます 」
「関崎?」
 あわてて乙彦は、先生の顔を見上げた。
「気分が悪かったのか」
 ──いや、ただ眠いだけですが。
 そう答えようとした。が声が出ない。瞼と同時に頭の上の方でわんわんと何か鐘の音が鳴り響いている ようだった。
「体調が悪いのなら、保健室で少し休んだほうがいいが、立村、お前保健委員でないだろう? 保健委員 に連れていってもらいなさい」
「はい」 
立村は素直に席へついた。同時に関崎をちらと見やり、こっくりと頷いた。すぐに保健委員の小折が入 れ替わり乙彦の側に寄り、
「余計なこと言うな。とにかく外へ出ろ」
 半ば強引に腕を持ち上げられ、
「せば、関崎を連れていきます。まじですげえ熱なんで」
 はったりとしか思えない言葉を残し、教室から引きずられていった。先生も何も文句を言わなかった。

 A組の保健委員男子に付き添ってもらう形で乙彦は教室を出た。
「単なる寝不足なんだが、それでもいいのか」
「ああ大丈夫、お前さ、昼まで寝てろよ」
 保健委員の小折は乙彦の足取りをちらちらみやり、小声でささやいた。
「立村も言ってたけどお前、ほんと、死にそうな顔してるぞ。こういう時はみな、暗黙の了解で保健室で 寝てもいいことになってるんだ。藤沖はあんましこういうの好きじゃねえみたいだけどな。立村がうまく 手を回してくれるからその辺大丈夫だろ」

 ──立村が手を回してくれた?

 戸惑いながらも乙彦は聞き返した。まだ眠気覚めやらぬ中、小折の言葉は信じがたい形で耳に流れ込ん できた。
「そ。さっき三時間目始まる前あたりにさ、立村から一言声かけられてたんだ。関崎がぶっ倒れるかもし れないからそんときは保健室へGO!だってな」
「三時間目か」
「そうそう。立村ってさ、ほんとこまいところ目が利くからなあ」

 ──目が利く以前に、なんで俺を?

 乙彦にはやはりわからなかった。保健室に連れてこられて、すぐに体温計を渡され計った段階で小折が つぶやいた言葉がこたえだった。
「やっぱしなあ。三十八度近くも熱だしてたら、そりゃあ、眠いわな」
 即刻、保健室のベットに寝るよう養護教師から指示を出された。昼まで寝てみて、それから体調によっ てはや引きすることを考えろ、とのことだった。
「じゃあまあ、先生に言っとくよ」
 保健委員の小折はふむふむ頷きながら、保健室から出て行った。
 
 ──また、地震かよ。
「先生、揺れてますか。今朝から二回くらい地震があったようなんですが」
 目を閉じる間際にまた激しい揺れを感じた。保健の先生に尋ねたら即答された。
「地震なわけがないでしょう? 関崎くん、あなたのめまいのせいよ。余計なこと考えないで、まずはさ っさと寝なさい!」
 

 

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