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関崎副会長のその後 関崎副会長と立村評議委員長に50の質問 立村評議委員長のエピローグ

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水鳥中学生徒会シリーズ


 作者:舞夜じょんぬ

 十五分くらい経ったけれどもふたりは戻ってこなかった。最初のうちは気にしていなかった。女子のトイレがいくら長いからといって、ちょっと引っ張り過ぎるんじゃないかと感じてはいたけれども。もっともおとひっちゃんと総田は全く意識していないらしい。男子ってそんなもんだ。川上さんとか、さっきたんの方が心配そうに戸口の方をちらちら眺めていた。僕の顔を見ては何か言いたそうにするのだけど、佐賀さんと杉本さんのいない席で話すのもいやみたいだった。
「今回、青大附中のみなさまがたに見ていただきたいんだけどな」  
  すでに総田もため口叩いてやがる。最初から立村委員長を馬鹿にした態度を取っていた。抗議しない立村も立村だ。穏やかに相槌を打っている。
「うちの学校でも六月くらいに一度、おたくの学校みたいに劇をやりたいなあって話が出てるんだ。青大附中と違って、金もかけられないし、所詮臭い内容の学園ドラマになっちまうけれどもな。一応、適当に台本を選んでおいたんだ。その辺でちょっと、ご意見をいただきたいなあと思ったとこでさあ」
 隣りのおかっぱ髪女子が、目立たぬように立村をつついている。僕には見える。
「ああ、大体の話を聞かせてもらえれば、参考になるかどうかはわからないけれど、意見は言えると思う。どういう内容なんだ?」
 総田には話しずらいのか、おとひっちゃんに声かけている。おとひっちゃんもまだ、僕の手直ししたすさまじい台本の内容を知らないはずだ。
「いじめ問題を通じて、友情の素晴らしさを描いた話なんだよな、雅弘」
 急に僕に振ってくるなって。無視を決め込もうとした。
「佐川くん、関崎くんが呼んでいるわよ」
 さっきたんが小さな声で割り込んできた。やけにうるさい。
「台本、今別の部屋にまとめて置いてあるんで、今から持ってくるけど、いい? おとひっちゃん」
 やはりこういう場では、おとひっちゃんを立てておかねばならない。
 僕が立ち上がると同時に、いきなり立村が右腹を押えるようにしてテーブルの上にかがみ込むような姿勢を取った。額をつけるくらいに一度、うつむいた。
「ちょっとだけいいか」
 顔をわずかにしかめている。腹が痛いらしい。盲腸でもがき苦しむ、という痛みではなさそうだ。その辺の見分けは男子なら大抵つく。たぶん、あれだ。
「腹、壊してるんだろ」
 にやつきながら総田がつっつく。さすが男子連中はよおくわかっている。立村も少しはにかむようにして笑みを作っている。相当きわどいところじゃないだろうか。男子の場合、大きい方と小さい方を判断して、どちらのトイレに入るかを決めなくてはならないというさだめがある。学校で大きい方をするってことは、男子にとってかなり勇気のいることだ。個室を選ぶってことなんだからいきなり戸を開かれても文句が言えない。屈辱的なまたぎのポーズを笑われるはめになるばかりか、「あいつ学校でくそしてたんだぞー!」という、これまた恥ずかしい事実を語り継がれるはめになる。それゆえ男子としては、できるだけトイレでは小さい方のみ使用するようにしている。もっとも腹の調子の問題だから、必ずしもうまくはいかない。僕もその辺は経験者なのでよくわかる。男子で気持ちがわからない奴いたら、それこそ「人の心がわからない奴」だ。
 昼、なんか悪いものでも食ったんだろうか。立村評議委員長。
「昼に牡蠣フライ定食なんて食べたのがまずかったのかな」
「あれ、立村くん牡蠣フライなんて」
 何か言いかけたおかっぱの女子に、何かをささやきかけた。その子はすぐに黙って、椅子をぐいと机に近づけ、人が通れるよう通路を作った。言う暇ない、一刻を許さない、早くトイレに行かせろってことだろう。情けないけれども男子としてはよくわかる。
「と、いうことで申しわけない」
 かなりせっぱつまった状態で立村委員長は戸口から出て行った。今度は男子連中……おとひっちゃん、総田、内川……あたりから、含み笑いが漂った。
 ──わかるよなあ。よりによって腹下しときたもんだ。
 かわいそうだったのは、立村の隣りに座っていたおかっぱ髪の女子だった。ひとりでふうっとため息をつき、口を尖らせていた。初めての学校で、ひとり取り残されているんだからそりゃあ淋しいだろう。少し長めで、どうかんがえても校則違反でチケット切られそうな髪形だった。青大附中の女子はあまり、細かい髪型を規制されていないみたいだ。
「じゃあ、おたくの委員長が帰ってくるまで待つことにして、佐川、悪いが例のもの、持ってきてもらえねえかな」
 総田がせっかく和んだ場を壊さないように、いなかっぽい口調で僕に声をかけた。 
 ちょうどいいとこだった。僕もそろそろ準備しなくちゃと思っていたところだ。
「いいよ、じゃあ急いで行ってくるよ」
 三階の図書館隣り図書準備室へ向かった。会、終了後のお楽しみが待っている場所だった。  
 ──ジュース、用意しておけばよかったな。あと、お菓子もくすねておけばな。

 僕が生徒会室を出てぐるっと見渡したのは、別に何も考えていたわけじゃない。何となく、右の耳たぶがひっぱられる感覚を覚えたからだった。一気に廊下で冷えた空気が耳の中に詰まった。
 誰かがかくれんぼしているみたいだった。
 男子と女子のトイレが向かい合った中間点で、茶と灰色が混じったブレザー姿の三人を認めた。
 僕が廊下に出たのを気付いたのか、また頭を寄せ合いしゃべっている。何かを言い合っているのだろうけど、具体的な言葉が聞き取れなかった。
 ──あれ、さっき腹下してた奴もいるよ。
 立村評議委員長が、ふたりの女子に挟まれて佐賀さん相手に何かを説明していた。さっきまで苦しそうに右腹押えていたのが嘘のように、冷静だった。大至急すませて割り込んだってことだろうか。
 僕は少し様子をうかがいながら、三階の図書準備室に戻った。誰も入ってきていないことと、南京錠がかけられていないことを確かめた後、脚本を参加者全員分重ね合わせた。
 一度一階まで駆け下りた。呼吸を整えて、降りてきた階段とは反対側の方から昇っていった。まだ立村たちがいるのだったら、後ろから近づいていく形になるだろう。別に襲うわけではない。
 男子トイレと女子トイレが向かい合わせにこしらえられている。挟まれるようにして三人はまだ話し合いの最中だった。僕が階段を上がったところから見通した時、佐賀さんがうつむいているのだけがはっきりと見えた。何か、様子が変だった。
 足音を忍ばせても、階段を昇る気配は感じるらしく、僕がせっかく盗み聞き覚悟で忍び寄ったにも関わらず三人は黙りこくってしまった。黙られたら困る。まずはさりげなく自然な一言を投げかけてみた。
「あれ、どうしたの」 
 立村が無理して笑顔を作っているのがありありと分かった。ポーカーフェイスを保とうとして、うまく行かない、おとひっちゃんに似た顔だった。早く生徒会室に戻れって言いたいんだろう。
 杉本さんが立村の背後に立って、ぶっ壊れそうなまなざしで佐賀さんをにらみつけていた。どうでもいい。僕の関心は佐賀さんの顔しかない。うつむいて指先で眼をこすっているのは、泣いていたからかもしれない。 
 佐賀さんをふたりで泣かしたってことだろうか。
 ──何考えてるんだろ。
 盗み聞きの誘惑には勝てなかった。
 目の前には男子トイレと女子トイレが向かい合っている。木製の扉だ。校内には部活動関連の連中以外いないようだし、よっぽどのことがない限り昇ってくることはないだろう。せいぜい顧問の萩野先生が戻ってくる程度だろう。先生だったらいくらでも言い訳が利く。
「あのさ、悪いんだけど、俺もちょっとトイレ行きたいんだ。これ、持っててくれるかな。ちょっと時間かかるかも、なんで生徒会室へ持って行ってくれると助かるな」  
  暗に言葉へ、「大」の意味をこめた。
 立村は十部弱の台本を両手で受け取ってくれた。
「ああ、わかった」  
  また二人の女子を交互に見つめている。僕は左腹を押えるようにして、トイレに飛び込みわざと個室に飛び込み、思いっきり派手に音を立てて扉を閉めた。今日は誰も使った形跡がない。ことの匂いもない。ってことは、やっぱりあいつ仮病を使って教室抜け出したってことだ。
 今度は音を立てないようにそっと戸を開いた。木造校舎のよさは、露骨にばたばた音が立たないところだろう。足音も立てないようにトイレ入り口の扉に近づいた。壁にもたれ、耳を押し付けた。

 杉本さんの金切り声が一挙に響いた。
 ──この調子だと生徒会室にも聞こえてるぞ。
「立村先輩、私が悪いというのですか」
「悪いもなにも、今ここでけんかしたってしょうがないだろ。佐賀さん、さっきも言った通り、申しわけないんだけど今日は先に帰ってもらえないかな」
 ──佐賀さんを帰すだと?
 立村の声だけが落ち着いていた。杉本さんはさらに食って掛かっている。声に抑揚はないんだけど、興奮しているってのが見え見えだ。相当、やらかしたんだろう。
「先輩、話を逸らさないでください。私は佐賀さんに頭がおかしいとか、病院に行きなさいとか、先輩とおんなじ頭なんだからしかたないんだとか、ひどいことを言われたんです。なんでそこまでののしられなくちゃいけないんですか、言い返すことが悪なのですか。正しいと言うことを言い返したらどうしていけないんですか」
「杉本、あとで落ち着いて考えような。佐賀さん、いろいろ大変だろうけれど、新井林にはちゃんと話しておくし、連絡もしておく。本当に申しわけないんだけど、今日は杉本をひとりにしてやってほしいんだ」
 ──佐賀さん悪いことしてないのに、なんでだよ。
 なだめるように言い聞かせているらしい。佐賀さんの言い分が聞き取れない。しゃべっていないで、ひとりでがまんしているのだろう。
「私、別にひとりじゃなくてもいいです。私、何も悪いことしていません」
「わがまま言うな。今日はお前ひとりじゃないんだから。せっかく来たんだから、することだってまだあるだろ」
 ──することってなんだよ。
 佐賀さんの返事はやはりなかった。やましいことを言っていなくても、言い返せないんだろう。本当のことを言われると返って逆恨みされるって、この前も話していたっけ。こういうことが何度も、本当に小学校時代から何度も繰り返されてきたんだろう。本当のことを伝えても通じない相手なんだって聞いた。自分が間違っていることを認めようとしない最低な女子なんだって僕は思っている。そんな女子をかばいたてて、正しい佐賀さんを追い返そうとするなんて、立村の奴、男子の風上にも置けない奴だ。ドアを蹴り飛ばして立村の顔をあさがお便器にうずめてやりたくなった。
「私、頭おかしくないんです。なんでそんなこと言われなくちゃいけないんですか。私、先輩と同じような病気なんかじゃないって、あれだけ言ってるのに」
「ほら、佐賀さんはそんなつもりじゃなかったんだろ、な」
 相槌を求めている。でも返事はない。突然立村の声が慌てた。
「杉本、おい、どうした」
 ドアの向こうではじめて佐賀さんの動きあり。僕はさらに壁へ耳をつけた。
「梨南ちゃん、もしかして吐きそうなの?」
 さすがに立ち聞きだけではまずいだろう。僕は仕方なくトイレから出た。

 杉本さんが背を丸めて、手を口に当ててしゃがみこんでいた。佐賀さんもしゃがみこもうとしたのを、立村が片手で制している。片方の腕に僕の持ってもらった脚本を、もう片方の手で背中をさするようにして、
「大丈夫か、苦しいのか」
「……大丈夫です。ひとりで大丈夫」
 しぼりだすようにつぶやき、杉本さんは真向かいの女子トイレへ駆け込んでいった。その場ではがまんできたみたいだった。すぐに水道の蛇口を思いっきりひねった水音が廊下まで響いた。うちのトイレは男女問わずくみとり式なので、だいたい誰が何をしているかはわかってしまう難点がある。たぶん、杉本さんは僕の想像した通り、吐き気に苦しんでいたのだろう。かすかにうめく声が聞きたくないのに聞こえてしまう。  
  佐賀さんがあとを追おうとしたのを、立村はまた呼び止めた。
「佐賀さん、悪いんだけど、清坂さんを呼んでもらえないかな」
「あの、私が梨南ちゃんの面倒みます。私、梨南ちゃんのうちまで連れて帰りましょうか、すぐ近くですから」
「いや、いいよ。佐賀さん、本当に悪いけどごめん。あとでちゃんと新井林にもあやまるから、今日のところは申しわけないけどさ、先に帰ってやってほしいんだ」
 いやに立村は、杉本さんから佐賀さんを引き離そうとしている。だんだん口調が命令形になっているのが気に食わなかった。
 ──追い返すのは具合悪くなった杉本さんの方じゃないか。迎える水鳥側だって大変なんだぞ。
 僕がいることなんて忘れているんだろう。この腹下し委員長が。
 背中越しに立村の横顔を覗いてみた。佐賀さんがうつむき加減で小さく首を一度振り、生徒会室に向かおうとしていた。立村の表情は全くもって冷静沈着。動かなかった。
 ──冗談じゃない。佐賀さんを追い返そうだなんてさ。

  もちろん僕も、短い間だけど考えなかったわけじゃない。
 佐賀さんと杉本さんがトイレ近辺で言い合いをしていたのは疑いもない事実だろう。
 本当に腹を下したのかどうかは別として、立村もトイレ前廊下で激しく言い合っているふたりを見つけて、仲裁に入ったんだろう。佐賀さんの言う通り、立村は杉本さんのことをえこひいきしているってことが、よおくわかった。いじめたのが佐賀さんだと勘違いして、杉本さんを追い返そうとしたのだろう。
 ──公平に見ろっていうんだ。
 でも、ここでうっかり僕が口出ししようもんなら大変なことになるだろう。立村は僕と佐賀さんが隠れて会っていることを知るよしもない。今日会ったのが初めてだと思っているだろう。  おおっぴらに佐賀さんをかばうことははばかられた。
「あの、杉本さん大丈夫かな」
 僕はおずおずと、声をかけた。やっと気が付いたのか、立村が同じ無表情のまま振り向いた。黙って脚本の束を差し出した。受け取って僕は続けた。
「具合悪いようだったら、保健室に連れて行こうか?」
 あくまでも、親切心でってところを崩さない。はっとした表情で立村は眼を見開いた。返事はなかった。
「吐いちゃうくらいだからそうとう苦しいと思うよ。ジュースくらいだったら持っていってやるしさ。おとひっちゃんだってそのくらいのことは大目に見てくれるよ」
 まじまじと見つめ返す立村の表情は猫のようだった。
「保健室、空いているのか」
「うん、具合悪くて本当にだめだったらすぐに帰ってもらったほうがいいけどさ」
 どう出るか。僕はわざと幼く見えるように、おずおずと申し出た。佐賀さんも振り返り、僕の言うことを聞いていた。生徒会室にはまだ入っていない。
「悪い、そうさせてもらっていいか」
 もう、喜んで。杉本さんの顔をもう見ないで済むんだったら。空気もきれいになる。  

 佐賀さんの後をついて生徒会室に戻ると、おとひっちゃんがすっかりご機嫌斜めで口を尖らせていた。おとひっちゃんは人に待たされることを極端にに嫌う。短気な奴なんだ。損気なんだけど。 廊下の修羅場に気付いていたのかどうかはわからなかった。総田たちが様子をうかがうように僕と佐賀さんに口をあけた。
 僕はテーブルの上に脚本を置いて、おとひっちゃんにだけごめんのポーズ、両手を合わせた。佐賀さんは、おかっぱ髪の女子に近づき、何かをささやきかけていた。びっくりしたのだろうか、声がとんがっていた。
「え、杉本さんが」
「本当は私が残りたかったんですけれど」  
  泣きそうな顔をした。どうして立村の奴は、佐賀さんの善意を素直に受け取らなかったのだろう。腹が立ってくる。もっともあれ以上杉本さんに引っ張りまわされるのはたまったもんじゃないし、佐賀さんが戻ってきたこと自体は正しいと思った。
「わかった、行ってくるね」
 軽く一礼して、おかっぱ髪の女子は小走りに出て行った。
「どうしたんだよ」
「杉本さんがトイレの手洗い場で吐いちゃったらしくてさ」
 その通りのことを言った。
 思いっきり川上さんが顔をしかめた。
「デリカシー持ちなよ、かわいそうじゃん」
 ──意外だなあ。あの川上さんから「デリカシー」なんて言葉、出てくるなんてさ。
 そこんところは無視しておいた。総田も特別コメントを入れずに、両手を組み合わせて伸びをした。
 さっきたんが隣りで僕をじいっと見つめてきた。重たいまなざしで、居心地悪かった。
「佐川くん、さっきの人、大丈夫そうなの?」 
 僕より先に佐賀さんが答えた。すうっと自然に割り込んでくれた。
「本当は私も心配なんですけど、立村先輩が清坂先輩に代わるようにって言われてて。きっと、今朝から体調が悪かったんだと思います。でも無理していたんだと思います」
 ──無理してくることないのに。
 もともとの原因が佐賀さんだけではないということがわかって、僕も罪悪感がだいぶ薄くなった。
「じゃあ青大附中の彼はまだか」
「保健室に行ったみたいだよ。一石二鳥ってとこみたいだよ。腹下りの薬ももらってきたいんじゃないかな」
 噂の主、立村評議委員長が戻ってきた。うつむいて、すっかり疲れた顔をしている。青大附中限定の悪い病気でも流行っているんじゃないか。伝染病なんじゃないだろうか。いきなり拍手で迎えたのは総田だった。ふくみ笑いで場が和んだ。
「間に合ったか?」  からかうように総田が声をかけた。薄笑いを浮かべ、立村は周りがら空きの席に腰掛けた。
「おかげさまで、助かりました。恥かくかと思った」
 ──嘘つけ!
 僕はゆっくりと立村の伏せた眼を覗き込んだ。隣りで佐賀さんも気がついたらしく、一緒に同じことをした。ふたりの視線でぴんときたんだろう。立村はゆっくりと僕たちを見返した。何も言わなかった。
 女子がいなくなっても話は通じる。おとひっちゃんと総田は簡単に、水鳥中学の生徒演劇上演計画を説明し始めた。「友情は音色とともに」あらすじをひとくさり。

「佐川さん、私、どうしたらよかったんでしょうか」
 僕にしか聞こえない声で、眼を伏せたまま佐賀さんがささやいた。  テーブルに張り付くようにして聞き返した。
「あの人と話、してきたんだよね」
「梨南ちゃん、わかってくれなかった」
 ──話の通じる奴だったらとっくの昔に片付いていたよな。
 わかりきっていることはつっこまずに、相槌を打った。
「どういうこと話した?」
「私が梨南ちゃんを救いたいんだってこと、このままだったらみんなに嫌われてしまうから、私が梨南ちゃんを守ってあげたいんだってこと、話したつもりだったんです。だって、あのままだと先生にも嫌われて男子にも無視されて、それからクラスの女子にも」
 うるんだ瞳から涙がこぼれそうでこぼれない。もっと言いたいこと言って痛めつけたのかと思ったけど、違ったみたいだ。
「きっと、みんなから無視されるというのが、私わかっているから。だからなんだって」 
 ──だからなにをさ。
 僕が尋ねる前に、佐賀さんは教えてくれた。
「私が、評議委員になるのよって。そうすれば、先生や男子たちを私が押えてあげられるし、梨南ちゃんもこれ以上嫌われないですむのよって。だから私、代わりに評議委員になって、梨南ちゃんを救ってあげたいのって、そう言ったんです。本当は小学校の頃からそうするべきだったんだけど、梨南ちゃんが怒るからできなかったんです。でも無理しても、私が梨南ちゃんをかばってあげて、言いたいことを言って守ってあげなくちゃいけなかったんだって」
 ──女子ってやっぱり、わかんないな。
 冷たい奴なのかもしれないけど僕は全然杉本さんに同情することができなかった。
 ふたつおいた席で、立村だけが何度も僕と佐賀さんをちらちらと眺めていた。たまたま隣りだからしゃべってるだけなんだって顔をし続けた。別にやましいことしてないんだから。でもちょこっとやましくならないといけないことも、話さなくちゃいけない。
「佐賀さん、さっさと帰れって言われてるんだから、終わったらさっさと帰るふりしなよ」
「さっさと帰るって、でも私」
「帰ったっていいんだよ、俺も一緒に生徒会室出るからさ」
 立村評議委員長は必死に追い返そうとしていた。奴が杉本さんびいきなのは、さっきの廊下の一件でよくわかった。目障りな佐賀さんにはさっさとは退散してもらいたいんだろう。それから。
「詳しいこと、その時に聞かせてほしいんだ」
 僕と眼が合い、佐賀さんはこくんと頷いた。

 側でさっきたんがきょろきょろそわそわしていた。僕に何か話し掛けたさそうな顔をしていた。佐賀さんに軽くあやまってから僕はさっきたんの顔を見た。
「佐川くん、青大附中の人たち、保健室に行ったの?」
「たぶんそうじゃないかな。そうした方がいいよって言ったんだ」
 ちょっと誇らしげに答えてみた。佐賀さんも隣りで頷いてくれた。
「そうなの」
 さっきたんは少し首をかしげていた。僕と佐賀さんの顔を交互に見つめながら立ち上がった。
「私、様子見に行ってみるわ」
 いつものようにさらさらした声で、はつかねずみのすました表情でだった。
「私も行きましょうか」
「ひとりで大丈夫。ごめんなさいね」
 佐賀さんにも同じくきょとっとした顔で返事して、さっきたんは音を立てないよう教室を出て行った。おとひっちゃんだけがちらっと戸口を見た程度で、別にさっきたんがいてもいなくてもかまわない雰囲気だった。生活委員ひとり、生徒会室だとやっぱり居心地悪かったのだろうと、ちょっとかわいそうな気がした。
 僕の隣りには佐賀さんだけになった。ほんの少し声を立てても大丈夫そうだ。

 すでに総田とおとひっちゃんは、僕のこしらえた脚本を広げて、簡単にあらすじの説明を行っている。真面目に読みつづけているおとひっちゃんもさることながら、みな水鳥中学生徒会連中は真面目ぶりっこに専念している。あの総田すらも「さむいぼでるぜ」と言っていた脚本を真剣に語っているじゃないか。笑い出しそうになる。
「青大附中のみなさんと違ってうちの学校は所詮公立。公立だとお涙頂戴かもしくは民話とか、そういう一同寝ろ!ってタイプの話しかできないすよ。どうせ枠にはめられているんだったら、とことん枠の中でやっちまおうということで、今回は社会問題となっている『学校でのいじめ問題』を取り上げたってわけです。先生たちがいないから言えることですが、まあ、原作は死ぬほど臭い。こんなことでみんな目覚めたら世の中ラッキーだぜって言いたいくらいです。けど、あまりにも白々しすぎるゆえにギャグになるということもあるし、ギャグの中にも真実があったりすると。今回俺たち水鳥中学生徒会としては、そういう意味でこの薫り高すぎる作品を選んで、俺たちなりにアレンジしたってわけです。まあ今回台本をいじってくれたご担当の、佐川がそこにおりますんで、作品アレンジに当たっての思うところなんぞをいくつか、おい、言えよ」
 ──おいおいなんだよ、俺にいきなり振るなよな。
 総田の奴、にんまり笑いながら僕に話し掛けるのはやめてほしかった。鋭い奴のことだ。僕と佐賀さんが語り合っているのをうすうす勘付いていたんだろう。おとひっちゃんがずうっと脚本に没頭しているのとは違う。隣りで川上さんも鼻膨らませて笑っている。ど真ん中の内川会長も鷹揚に頷いてやがる。
「すごいアレンジですよね。佐川先輩、お忙しいところ申しわけないんですがお願いします」
 ──忙しいってどういうことだよ!
 肝心のおとひっちゃんの方を見ると、ようやく顔を上げて一言、失礼なことを言いやがった。
「あとで俺が誤字脱字訂正しておくからな。安心しろ」
 しかたない。僕は立ち上がりぐるっと生徒会室の面々を見下ろした。立村評議委員長だけがまだ脚本に目を通している最中だった。別にこいつに何思われようがかまわない。
「では一応、ストーリーなんですけど、総田副会長の言う通り、今の時代に合わない話だったら、みんな寝ちゃうのは当然のことだと思ったのと、たまたま友だちから似たようないじめの話を聞いて、これは使えるぞって思ったからなんだけど。つい最近、青潟市内の中学で起こったことらしいんだけど。やっぱり本当のことを書いた方がうけがいいかなって思ったんだ。ピアノよりもエレクトーンの方がいかにも今時って感じだし。俺が聞いた話もやっぱり、エレクトーンが弾ける子をいじめたってネタだったんだ。けど、最後にはいじめられていた女子の方がみんなに認められて、いじめっ子よりも上の立場になったんだって。ざまあみろって思えるよなあ。先生たちにも受けて、俺たちもカタルシス、っていうのかな、そういうのを味わえれば最高だなって思ったんだ」
  佐賀さんをちらっと見た。僕が「エレクトーン」という語句をゆっくり繰り返した時、わかってくれたみたいだった。何度見ても飽きない佐賀さんの髪型、正反対だった。僕の隣りでまた、耳に手をあてて髪の毛を直している。ふたっつに束ねたちっちゃな犬の髪型みたいだった。するんとして手が滑りそうだった。思わず触れてみたくなった。
「俺、この台本書いててほんっと思ったんだけど、自分ができないからって言って、できる人にやっかんじゃう性格の女子って、ほんっと最低だなあって思ったよ。ほんとにこの脚本でやるかどうかわかんないけど、僕だったら終りの方でいじめっ子が救われるなんてこと、必要ないと思うんだ。それだけ悪いことしているんだから、当然叩かれて当たり前だよ。思いっきり不幸にして、それで終りにすれば本当は俺たちすっきりするんだけど。けど先生たちがうんと言わないよなあ。このいじめっ子にも事情があるんだ、かわいそうなんだって言い張るだろうから僕も入れたけど。でも、こういう奴、やられて当然だよな。とことんやり返されて不幸になって、みんなに笑われて終り、ほんとはそういうラストが本当なんだって思うんだ。どう思う? おとひっちゃん?」
 あえて振らせていただいた。おとひっちゃんに。杉本さんがいないのがたまらなく残念だ。  
  予想通りおとひっちゃんはくそまじめな顔でしっかと頷いた。がしっとした瞳で持って答えた。
「そうだな雅弘。俺も今読み終わって思った。人間として、いじめなんてする奴は心の弱い、最低野郎だ。これは男子女子関係ねえよ。こういう奴がいたら」
「いたら?」
 エキサイトするおとひっちゃんに投げつけた、いつもの読みが当たった。
「俺なら、舞台の上でぶんなぐってやるな。最後の助ける奴もろとも怒鳴りつけてやるな。雅弘、お前、才能あるよなあ。すげえよ。見直した」
 総田と川上さん、内川会長が訳知り顔でにっこり笑っている。ちゃんと僕の指示が隅々まで浸透している証拠だ。惜しむらくは、ここにぶんなぐられるべき対象の女子がいないことだった。

「佐川さん」
 席について、ジュースを飲み干した。佐賀さんの前で思いっきりクッキーにかぶりついた。。
「あの話、私のために」
「今は内緒だよ」
 もごもごとごまかしながら、僕はそおっと佐賀さんの瞳の奥を探った。
 ちゃんとわかってくれている。やっぱり、本当に頭のいい人の顔していた。泣きそうだけど、泣かない。そんな瞳だった。
 今日の杉本さんの顔と唇が異様さでいっぱいだったことを思い出した。うちの母さんが参観日の時にしてくる顔とおんなじだ。きっと、校則違反の化粧してきたんだろう。おとひっちゃんに逢うためにだろう。他の連中、もしくはおとひっちゃんが気付いたかどうかはわからない。ただ、男子代表として言わせてもらえれば「気持ち悪い顔」だった。自覚全然ないんだろう。
 僕は杉本さんのことを悪く思いすぎているのかもしれない。佐賀さんの言い分を鵜呑みにしているだけなのかもしれない。もしかしたらもっと純粋で性格のいい女子なのかもしれない。けど、どうしても思わずにはいられない。避けずにはいられない。いるだけで目障りだと、思わずにはいられない。
 ──おとひっちゃんだって、出迎えた時逃げようとしたじゃないか。
 ──大好きなさっきたんの側に張り付こうとしたじゃないか。
 ──そうだよ、みんなあの顔が気持ち悪いんだよ。

「いいかな、発言して」
 もうすっかり腹の調子も元に戻ったらしい……腹下し野郎と呼んでやろう……立村評議委員長が右手を挙げた。おずおずと、遠慮がちに。
「おう、意見聞かせてくれ」
 おとひっちゃんも、すっかり機嫌よさげだった。どうもおとひっちゃん、この立村って奴とは仲良くなっているらしい。言葉が軽かった。熱く語った後だけに、少し汗が噴き出しているのはご愛嬌だ。
「一通り聞かせてもらったんだけど、たぶんうちの学校のやり方とは正反対だから、あまり参考にはならないかもしれないなってことがひとつ。それともうひとつが」
 膝の上でぱちぱちと金具の外れるような音がした。うつむくようにして膝のあたりを覗き込み、
「もし、よかったら、二年前のビデオ演劇用カセットテープ、持ってきたんだ。ビデオの方は学校から持ち出し禁止だからだめだったんだけどさ。カセットテープだったらかまわないってことでダビングしてきたんだ。台詞ばっかりの劇だったから、たぶん雰囲気はつかめると思うんだけどさ。よかったら聞いてもらえるかな」
 立村の表情は揺れてなかった。たぶん脚本の話を、思いっきり眠い気持ちで聞いていたんだろう。120分のカセットテープを机に載せ、すいっとおとひっちゃんの方へ滑らせた。ナイスキャッチ。片手で止めたおとひっちゃんは、立村に向かってからからっとテープを振ってみせた。
「演劇なのか」
「そう、『忠臣蔵』やったんだ」
 ──『忠臣蔵』ったら、時代劇だよ。
 しゃれでも冗談でもないらしく、立村は大真面目おとひっちゃんと総田に頷いてみせた。僕には一切振り向かないのがしゃくだった。川上さんと内川がまたにこやかに棚のあたりを探り出してうるさい音を立てていた。
「関崎先輩、ラジカセありますよ。モノラルだけど、音量をめいっぱい大きくすれば十分ですよ」
 英語の授業でたまに先生が持ってくる、大きくてやたらとスピーカーが場所取っているという、古臭い奴だ。生徒会室には意外なものが転がっている。知らなかった。
「そうか、あったか。悪い、内川、コンセント入れてくれ。すぐにこれから聴こう。立村、実際何分くらいなんだ」
「裏表二時間入っているけど、全部聴かなくたっていいだろ。だいたい雰囲気分かればさ」
「いや、あとついでに聞きたいんだけどなあ」
 にやつく総田がテーブルに腹ばいとなり、頭だけを立村に向け尋ねた。
「あんた、『忠臣蔵』の何役やったわけ?」
「……浅野内匠頭」
 総田、ぶぶっと顔を伏せたまま受けるのは、一応交流会なんだしやめた方がいいと思う。
 僕の隣りで佐賀さんも、にっこりした。
 上品に笑ってくれるのはひとりだけ。芦毛の王子様立村評議委員長は、おとひっちゃんだけをにらみつけるようにして、しばらく唇を噛んでいた。笑われるような事実を言うから、受けただけのことだ。おとひっちゃんも遠慮なく爆笑していた。
「ってことは、『江戸城松の廊下の刃傷沙汰』も当然、入っているんだな」
「いいだろ、そんなの」
 さっきまで沈着冷静で佐賀さんを追い返そうとしたり、委員長の顔したりしていたくせに、結局は蝋人形のうすらぼけに戻ってしまう。やはりこの男は、変だ。  おとひっちゃんがカセットテープをセットし、テーブルの真ん中に置いた。わざわざ立村にスピーカーを向けた。またむくれたようにうつむく立村。比較対照して、笑いをこらえる総田たち。

 ──此間の遺恨覚たるか!
 まだがりがり削られていない男子の声が、ラジカセのスピーカーから流れた。
 『江戸城松の廊下の刃傷沙汰』らしい。
 テーブルを叩いてもだえる総田・川上・内川たちと、同情を禁じえない顔で見つめているおとひっちゃん。そっぽ向いている立村評議委員長。さっきたんが一度戻ってきて、青大附中ふたりの荷物をかかえて出て行った。行き際に立村へ何かをささやいていたけれど、僕にはそんなのどうでもよかった。生徒会連中がテープ鑑賞に熱中している間、僕は佐賀さんとふたり、おとなしくお菓子をつまんでいた。
 クッキーがおいしすぎて、困った。だって、食べれば食べるほど、甘くなるんだから。  


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