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「想い花を届けに」は「その花の名は〜番外編企画」に参加中です
★ 葉牡丹の花 サービストラック 1
想い花を届けに★NEXT
水鳥中学生徒会シリーズ
うちの母さんは庭いじりが大好きだ。太陽が照っている時はちゃんと日焼け止めを塗って、完全防備の格好で小さな庭にしゃがみこんでいる。窓から見えるのはまだつぼみの気もない桜とか、雪で埋もれて単なるひつじと化したつつじとか、あと葉牡丹の鉢植えとか。
「杉本さん、好きなの言ってよ。切ってあげるからさ」
後ろでめずらしく杉本さんが、私の後ろでじっと立ちすくんでいる。この子はいつもだったら、私を押しのけるような格好で庭の片隅にしゃがみこみ、
「私、あの花が気品あってよろしいような気がします。あの薔薇の花とか、あの椿とか、あのマーガレットとか」
大きくてつややかな瞳で私の顔をずうっと見つめる。そんな子だ。
でも今は大人しかった。
──杉本さんも、こういうとこもっと見せてあげると、男子みんな悶絶するのになあ。 もともとおっぱいもおっきいしな。
男子からとことん嫌われている杉本さんだけど、私の眼からするととてつもない可愛い子だ。女子と男子の「可愛い」という概念はかなりずれてるみたい。今日着ているケープ風の白いコートと、裾がたっぷり見える紺色のワンピース……上はわからないけれど……は、たまらなくどこかのお嬢様って感じで、もう抱きしめたくなっちゃうほどだった。言っておくけれど、私はレズなんかじゃないからね。
「古川先輩」
かすかな声、波の立たない杉本さん独特のしゃべり方だ。
「あまり手間のかからない花って、どれですか」
「手間?」
いつも突拍子もないことを言い出す杉本さん。すべすべした白い肌が、ピンクのお粉をはたいたみたいに赤らんでいた。表情は相変わらず硬いけど。
「うーんとね、今の時期だと、葉牡丹なんかがいいって聞いたけどね。ほら、杉本さんの足下に転がっている鉢あるでしょ。そこの、キャベツみたいな奴」
これ、全部うちの母さんの受け売りだ。母さんは園芸大好きなくせにめんどくさがりだから、できるだけ手抜きのできる花を選ぶ。暖かい時期だったら私と弟、プラス父さんをこき使って手伝わせるんだけど、二月の末、くそ寒い時期、しかも期末試験前。こんな時期に一発インフルエンザにかかってしまいそうなこと、誰がするかって。だから、母さんもあきらめて、冬の間投げっぱなしでも大丈夫な花を中心に植えるようになった。その一つが、赤と白入り交じった葉牡丹だった。夏に種から育てて、少しずつ葉っぱも増えていって、一時期単なる野菜に化けると心配していたけど、なんとか花っぽくなった葉牡丹だ。なんとなくサツマイモの皮に近い色合いをしている。
母曰く
「紅白にならべたらきれいでしょ。お正月の花としてもいいしね」
ちょっと、センスが悪いと思う。弟も、父も私の意見に賛成してくれた。
「葉牡丹、ですか」
「うん、なんかねえ、花っていうか、葉っぱ。野菜だよねえ。でもさ、こうやって赤、白、赤、白って四鉢ならべたら、見栄えもいいしさ。ほら、市民会館の花時計にも、今の時期葉牡丹使ってるって聞いたよ。杉本さん見たことある?」
「わかります」
杉本さんはスカートとコートをうまく膝に巻き込んでしゃがんだ。四鉢の葉牡丹勢ぞろいを眺めて、指先でちょっと触れた。雪が葉の間に少し詰まっていた。
「なんかねえ、この花、温かいとうまく育たないんだってよ」
「そうなんですか」
思いっきり母からの受け売りを私は続けた。
「うちの母さん手抜き命だから。化粧以外はね。だから外に投げたままにしていても、この葉牡丹はしっかり根生やしておがるでしょ。たぶん手入れも楽なんじゃないかなあ。でね、そうそう、うまく冬を越えると菜の花みたいな花が咲くんだって」
「菜の花って、あぶらなのことですか」
さすが杉本さん、歩く百科事典。一年の学年トップ。
「そう。油菜。要するにサラダ油の親戚よ。まあね、葉牡丹の花からサラダ油が取れるかどうかはわかんないけどね。黄色い可愛い花らしいよ」
「らしい」と付け加えたのは、うちの母さん、無事に四月、冬を来させたことがなかったからだ。やはりつめが甘いのだ。
「そうなんですか。だったら」
前髪をきちんとまゆ毛のちょうど隠れる下でそろえている。瞳と髪の毛の黒さが重なって、ちょっと重たくみえる。可愛いのに損だ。せっかくだったら私がもう少し、前髪そいであげるのにな。
「古川先輩、このお花、ひと株、いただいてよろしいですか? 」
ちゃんと指差している。先にはサツマイモ皮カラーの葉牡丹の真ん中を。
「え、この花って、葉牡丹だよ?」
「ええ、葉牡丹です」
杉本さんの顔は大真面目だった。唇をぎゅっとかみ締め、覚悟を決めたって感じだった。
──まさか杉本さん、この花を、持ってくつもりなわけ?
お家の庭に植え替えたいとか、そういう理由だったらもう大喜びでプレゼントしちゃう。うちの母さんも杉本さんのこと知ってて大好きだし、今日だって母さんにお伺いを立てたら、
「ああ、梨南ちゃんにね。いいわよ。好きなお花プレゼントしてあげなさいよ。もしよかったら鉢ごとあげちゃっていいわよ」
太っ腹なお答えをいただいた。あげちゃうことがまずいんじゃない。
「杉本さん、あのさあ」
一呼吸おいて、私は杉本さんと同じところを指差した。
「今、何をするか、わかってるよね」
答えない。可愛いなあ。だんだんほのかに灯りがほっぺたへともってきている。一年下だからなおさらなのかもしれないけど、ほんとに素直でいじらしい。
「あの人に、渡すんだよね」
また目をじっと花へ向けた。やっぱり幼い。冗談で切り返すって手もあるのに、それをしない。ただ、じいっと、お目当ての花へ想いを向けている。
けど、私も杉本さんの先輩だから、きっちりアドバイスしてあげなくちゃいけない。
「杉本さん、あの人にこれからなんていうか、練習してみな」
言葉が出てこない。なかなか簡単にはいえない言葉だけど、あらためて杉本さんに意識してもらわなくちゃいけないと思った。だって、花を誰の手に渡すのか、もしかしたらわかってないかもしれないんだもの。私がこういう時に、あいつに渡すとしたら、決して葉牡丹なんて使わないよ。そう言いたかった。
「この花を、私だと思って大切にしてくださいね、って言ってみなよ。葉牡丹の鉢、持ってみて」
両手ですくうようにして、杉本さんは赤い葉牡丹の鉢を持ち上げた。きっと軽いのに驚いたんだと思う。箸より重いものを持ちたくない母さんの主義で、できる限り軽くするように心がけている。なあんてことは言わない。
「この花を、私だと、思って」
途切れ途切れにつぶやき、言葉にまたふうっと酔っ払いそうになりながらそっと覗きこむ杉本さん。寒さで赤らんでいるんじゃない。ひとことひとこと、本気の思いだからなおさらなんだって、恋する私にはわかる。好きにならなかったら、こんな言葉単なるギャグとして流せるのに。ああ、私だって、一度真面目に言ってみたかったのになあ。
せっかくのビロードワンピースのスカートの上に、鉢を載せるのはもったいない。
「ほらほら、汚れちゃうよ、下、毛虫とかわらじ虫とかいるかもしれないんだよ。杉本さん、降ろしなよ」
私の声なんてきっと聞こえていないに違いない。かすかに唇が震えている。
ほのかな赤が刺さっているのは、きっと色つきのリップクリームを用意したんだと思う。今日は日曜だから多少お化粧したって目立たない。色白の杉本さんに、この真っ赤なリップクリームは引き立った。
──こんな可愛い、純情な、いい子なのにな。
だからなおさら、私は言わなくちゃいけなかった。
「杉本さん、好きだって言うのにこんな花を渡したら、変な子だと思われちゃうよ」
「古川先輩、けど」
花の端をそっと触れ、しゃがみこんだまま杉本さんは、それでもしっかり言い切った。
「男子でも、ちゃんと育てられる花のほうが面倒でなくていいと思うんです」
頭がよすぎる杉本さん。確かにうちの母さんでもからさずに育てているんだから、男子でも問題ないとは思う。冬場、庭にほったらかしにしておけばいいともわかっている。
でも、それとこれとは話が違うと思う。
「杉本さん、もし杉本さんを好きな男子からさ、菊の花を渡されたらどうする? それと一緒だよ」
「いえ、菊は上品できれいです。たまたま縁起が悪いと言われてますけれども、花に罪はないのです」
また抑揚のない言葉を続ける。
「それに私、何度も教室の机に、白い菊を置かれました。ちゃんと持ち帰って、母に生け直してもらいました。だから菊は好きです。可愛いです」
──杉本さん、菊を机に置かれたって意味、わかってないよね。
ため息が洩れる。けど、本当の意味を解説したって、切なくなるだけ。
今の杉本さんに、切ない気持ちを味わってほしくなかった。
ただ、少しでも希望をもってほしかった。
大好きな人に思いが伝わるってことを、信じてほしかった。
結局、杉本さんは葉牡丹の鉢をそのままもっていった。さすがに抱きかかえていくのはまずいので、うちで溜め込んでいたビニールの手提げ袋に入れてあげた。
三鉢、白、赤、白。赤の葉牡丹が抜けた庭。ちゃんと間を詰めた。
──本当にいい子なんだけどなあ。
これから杉本さんが、学校に戻って、大好きな人に告白しようとしている。
いろんな妨害が入っているけれど、私をはじめ何人かの女子たちが協力し、応援し、祈っている。馬鹿男子連中の嫌がらせなんてぶっとばしてほしかった。 だから、想いの伝わりそうな花を持たせてあげたかった。
──でも、葉牡丹だったら、やっぱりまずいよ。
色つきキャベツの花だと不気味がられるかもしれない。第一、重たい鉢植えなんて、まず同年代の男子で喜んで受け取りそうなのは、約一名しかいない。嫌がられることは確実かもしれない。外でたくましく咲いているところや、遠めで華やいでいるところなんかは見栄えするけど、がっと真っ正面でかかえると怖い。ほんとだったら、かすみそうとか、薔薇とか、それこそたんぽぽとか、椿とか、いろいろあっただろう。
でも杉本さんは、あえて葉牡丹を選んだ。
理由はひとつ。 「男子でも育てられる花」だから。
一瞬で枯らしたくない、そんな恋だから。
青空のまんま、白い雪がちらついてきた。
青に白の花びら。早く、春の黄色い花が咲けばいいな。
葉牡丹だって、可愛い花が咲くってこと、教えてあげたい。
──終──
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