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水鳥中学生徒会シリーズ


  作者:舞夜じょんぬ

 ネグリジェとシーツを指先で触れ、もう一度身を起こし腰を浮かしてみた。
 修学旅行用に持参し、結局一枚も使わなかったポーチから用品を取り出し、きちんと本に載っている通りにあわせて使用したつもりだった。万が一のために壁側を向いたのに、気が付いたら天井のローエングリン様を見上げていた。そうだ、ローエングリン様たちに見られてしまうなんていやだ。
 ──固まってる。
 付いてだいぶ経ったのだろう。梨南は恐る恐るシーツをなぞってみた。保健の授業で習ったことが正しいならば、血液はヘモグロビンですぐに固まるはず。シーツにも固まった後が残っているはずだ。真っ白いフリルのついたネグリジェにも、きっと残っているはずだった。
 ──どうしよう。洗わなくちゃ。
 七時、目を覚ます時間だった。母はすでに起きているだろう。いつものように、
「梨南ちゃん、お食事作るの手伝ってね」
 と呼び出されるだろう。もちろんお手伝いに異論はない。お料理も洗濯も、家事一式は大好きだ。でも、今このまま降りていくことはできない。ネグリジェを着替えて、夏向きのワンピースを選んで、ハイソックスを選び、おめかしして階段を降りなくては。丸いアンティーク式のテーブルには、母の買って来てくれた百合の花が一輪飾られている。匂いが強いけれども気になるほどではない。オレンジ色の花粉が花の奥に散っていて、汚れているように見えた。
 ──私みたいだ。
 ──汚れている。
 梨南は百合の花弁をじっとにらみ据えた後、素早くネグリジェを脱いだ。鏡を見ないようにして、背を向けた。いつもだったらお気に入りの、柔らかい半そでフリルブラウスに、膝より長めの緑色のフレアスカートを選ぶ。よその女子たちにくらべて、長めのスカートの方が梨南は好きだった。
 長い髪も、きれいにポニーテールにと結い上げよう。
 顔の輪郭をはっきり出して、日焼け止めのクリームだけ塗って。
 夏は焼けない肌の持ち主でいたかった。
 ──今日一日、隠さなくてはならないわ。
 ネグリジェはまず、ベット下のシーツ入れに押し込んだ。シーツも大至急はがして新しいのに入れ替えた。昨日洗濯したばかりなのだ。母に怪しまれたくはないけれど、証拠を見られるよりはましだ。最後にすっかり汚れてしまったであろう下着を、ポーチの中にたたんでしまった。こちらはお風呂に入った際、きれいに洗って何気なく部屋の隅に干しておけばいい。
 ──どうか、一日、持ちますように。
 梨南はポーチの中に納まっている、真四角の包みを数え直した。手のひらに乗るくらいの小さなものだった。かしゃかしゃと音がして、中の空気を抜こうとすると音が派手に鳴った。  
  二週間前の修学旅行中、強引に担任の指示で持たされたものだった。
 女子だけ別に体育館へ集められ、「もし始まったらすぐに先生に言うように」と言われたことを、梨南は覚えていた。クラスの女子たちはこそこそと、自分の状態についてえげつない会話を続けていた。隣りにいたはるみには、
「そういうことを語り合うなんて下品だわ」
 と一言、ささやいた程度だった。ただし万が一のことを考えて、使い方だけは百科事典で調べておいた。一種のおむつのような、針金の入った下着にくっつけて、つけるものらしいと書いてあった。母が嫁入り時に持ってきた百科事典だから、かなり古い。でも時代と現実がそう変わることもないだろう。梨南は知識だけきっちりと詰め込み、ポーチのチャックを閉めたつもりでいた。就学旅行の夜も、他クラスの女子が布団を汚したとかで騒ぎになったと聞いたけれども、自分には関係ないことだと思っていた。
 ──お母さんには、知られないようにしなくてはならない。
 梨南は改めて、心に誓った。
 どんな犠牲を払っても、知られないようにしなくては。  

 幸い、一日分の包みはまだありそうだった。ポーチのまま持ち歩くのは何か抵抗があったので、ティッシュケースの中に二枚ずつ詰めておき、もう二枚を別ポケットに入れた。今日は体育がない。着替えないですむ。それに土曜日だ。なんとかなるだろう。
 帰ったらすぐ、洗濯の機会をまとう。一日、母がいるのだったらしょうがないけれども、もしいないようだったら大至急、洗面所で洗濯しよう。シーツはたぶん、血のついたところをもみ洗いすれば大丈夫だ。
 ──あとそれと、昨日のスカートをどうしようかしら。
 慌ててスカートも隠した。こちらの方がまだ重傷だった。五時間目の途中、いつものようにはるみに付き合ってお手洗いに行った時……はるみにはしている時の音を聴かれたくないので……外で初めて異変に気付いた。まさかスカートの後ろに大きな染みが出来ているとは思わず、慌てて前に回した。ゴムの、前後ろ分かりづらいものでよかった。お気に入りの真っ白いワンピースでなくてよかった。持っている限りのティッシュを重ねた。でも気持ち悪い感触は抜けなかった。
   ──うちに帰れば、あの手付かずのポーチがあるからいいわ。
 あと十五分、どうやって持たせようか考えていたら、運良くはるみの入っていた個室トイレに、生理用品の忘れ物があった。はるみはよくわかっていなかったようだけど、梨南にはすぐに見当がついた。
 人のものをすぐに使うのは気がひけるし、非常識だ。
 でも、あれさえあれば、少しは楽になるかもしれない。
 教室に戻り、スカートにまた染みを作らないよう腰を浮かせ、少しずつずらしたりしているうちに、担任の吉久先生に当てられた。
「杉本さん、どうしたの、さっきから落ち着かないみたいね。おなかでも、痛いの」
 ──嫌味な教師だわ。
 おなかが痛い、イコール、あなたは月経が始まったのですか?
 そういう意味に違いない。そうやって馬鹿男子の前で、恥をかかせようとしているのだ。
 ──私のことを、目の仇にしている。ろくな授業もしないくせに。青大附中受験に向けて勉強したいのに、いつも授業中くだらないことばかり話しているなんて、おかしいわ。
 ここで復讐しようとしているのだろう。
 許せなかった。
「おなかは、痛くありません」
 決して、こんなところで認めたりなんてしたくなかった。
 だけど、足の間に挟まっているティッシュがずれて、こぼれるんじゃないかと次の瞬間思った。
 ──落としたら、死ぬしかない。
 ──あの馬鹿男子たちの前で。
 ──新井林健吾の前でなんて。
 梨南は覚悟を決めた。
「先生、お手洗い、行かせてください」  
──あれを、使おう。

 昨日はなんとか誰にも気付かれずに済んだ。授業が終わってから大急ぎで家に帰ったので、たぶん染みは見られていないだろう。誰にも、決して気付かれていないだろう。はるみはたぶん、どういうことになっているのか想像すらしていないだろうから、大丈夫だろう。もともとはるみは、梨南の言葉にいつも素直に頷く子だった 。  
  ──きっとはるみも、あれになっていないはず。
 ──一度だってそういう話、したことないからわからないはずよ。
 女子たちが可愛い下着だとか、文房具だとかに盛り上がっていても、はるみは梨南の言うことを素直に聞いて、決して混じったりしなかった。きっと梨南の考えを全面的に支持してくれているのだろう。きっとそうだ。六年間、そうだった。
 ──はるみは私がいなくては、何もできないのよ。あの馬鹿男子たちにいじめられないためにも。
 ──だから、いつもお手洗いにつれて行ってあげているのよ。
 ぶるっと震えた。思い出したくない瞬間が目に焼き付いている。
 
 五年の三月。卒業式間際のこと。
 梨南はあの日も、となりでコンパスを使って算数の問題を解いていた。水道の蛇口が壊れたような音が隣りでした。少し冷えていた教室に湯気が立った。何が起こったのか、瞬間わからなかった。
「ばかやろう! 早く保健室行け!」
 前の席にいた新井林健吾が、いきなり立ち上がり、はるみに向かって怒鳴りつけた。
 はるみが膝の上で両手を握り締めたまま、窓ガラスに跳ね返りそうな声で泣きわめきだした。
   まだ水道の壊れたような音は続いていた。梨南は初めて、はるみが座っている真下の床に水がこぼれていることに気が付いた。どんどん、周りに広がっていき、梨南の足元にも一筋、つうっと流れてきた。
 ──はるみ、いま五年生よ。高学年よ。大人なのよ。なのになんで。
「いいかげんにしなさい新井林。馬鹿男子はどきなさい。はるみもどうしてトイレに行かなかったの。早く、立ちなさい。保健室に行きましょう」
 目に浮かぶのは、あの時のはるみが、あられもなく足をばたつかせて泣きつづけていたこと。そして周りの男子たちが
「やーい、佐賀しょんべんたれたー!」
と騒いでいるところ。
「きたなーい」
とささやく女子たち。最後に新井林が、はるみに向かってひとりで出来ないことを要求していること。ひとりで保健室になんて、この状態で行けるわけがない。  
──私が、はるみを助けなくてはいけないのよ。
 梨南は机の前にかけてあった雑巾を片手に、まだ量が増えつつある水たまりに手を突っ込んだ。白いきれいな雑巾だった。色が赤かった。自分の知ってる尿の色とは違っていた。よく検尿で「血尿」が出た場合に呼び出しがかかるという。その理由としては、ほとんどが「腎臓」に関する病気だと家庭内の医学本に書いてあった。
 ──はるみ病気なんだ。そうでなくちゃ、五年生なのに、トイレに行けないなんてことないわ。
 ──一刻も早く、病院に連れていかなくちゃ。保健室に行けば、救急車を呼んでもらえるわ。  
  腕を引っ張り、体の硬直しているはるみを無理やり立たせた。
「はるみ、一刻も早く、保健室に行くのよ」
 新井林が聞くに堪えない罵り文句を続けている間に、梨南ははるみをひっぱって廊下へ引きずりだした。まだ泣いているのは、きっと膀胱破裂したからだろう。血が出るくらいだ。相当、病状、重いに違いない。はるみを助けてあげられるのは、自分だけだ。馬鹿男子にからかわれる前に、助けなくては。一刻も早く。
 結局あの日は、はるみのお母さんがやってきて、なだめて着替えさせたらしい。ずっとズボンを脱ぐ事を拒否していたのは、きっと保健室の下着類……あるらしい……を使いたくなかったのだろう。人の身に付けた下着を、洗濯したからといって身に付けるなんてこと、どれだけいやなことか想像はつく。プライドがあるならば、当然だろう。梨南はしばらく様子を眺めていた。カーテンを閉じられて、はるみのお母さんが、
「もうだいたいわかったからね。さ、ズボンとパンツ、一緒に脱ごうね。ちゃんとはるみの大好きなスカート持ってきたから、これに着替えちゃおう! ほーら、立ってね」
と、声をかけているのを聞いていた。
 ──はるみが病気だからこんなにおばさんはやさしいのね。
 ──もし、単にがまんできないだらしないだけならば、きっと思いっきりしかりつけたに違いないわ。よかったわ。叱られないですんだんだから。でも早く、救急車呼ばないと、はるみ、死んでしまうかもしれない。そんな甘いことしてないで。なんで保健の先生、そんな流暢なことしていられるんだろう。

 心配したほどのこともなかったようだった。はるみが持ちきれないだろうということで、書道ケースだけ持って帰ってあげようとした。しかし、いきなり後頭部を殴りつけられ、新井林に書道ケースを奪われた。思いっきり腰から蹴られた。
「どけ、てめえがすべて悪いんだ、ざっけるんじゃねえ」
 手加減をしないけり方だ。あとで父に伝えて訴えよう。暴力は許しがたいことなのだから。
 ──なぜローエングリン様は、ああいう醜い人間の姿に生まれ変わったのですか。
 立ち上がる寸前、新井林健吾の姿を見つめながらつぶやいた。

 あの時からだ。
 五時間目が始まってちょうど二十分たった頃。
 時計の針が、蛇口の壊れた音と新井林の怒号と重なるたび、はるみの泣き声と足下から滴る赤い水。次の日、夢で見た。身体の中が壊れたようになり、どうしようもなくお手洗いに行きたくなった。ちゃんと済ませた後なのに、どうしてだろうか。自分でもわからずお手洗いに飛び込む。
 ──はるみは病気だったんだ。だからなんだ。私もいつ病気になるかわからないのよ。
 ──だから、五年生なのに、膀胱破裂してしまったのよ。きっと。
 今まで梨南は、お手洗いの失敗というものを一度もしたことがなかった。幼稚園の頃から、自分のしたいことはきっちりと伝える習慣だった。正しいことだといつも両親に言われていたからだった。きちんと身なりを整え、自分の求めることはきちんと伝えることが礼儀だと思っていた。休み時間にはきちんと行くべきところに行って済ませるのも大切だ。常識というものなのだ。低学年のうちはしかたないけれども、自然に高学年になったら、お手洗いの失敗はなくなるはず。一度もお手洗いの失敗をした子を、梨南は見たことがなかった。どんなにせっぱつまっても、決して自分もそういうことはないと、信じていた。
 でもはるみは、五年生なのに、水浸しにしてしまっている。
 ふとももをさすったり、貧乏揺すりしたりしていなかったのに、いきなりだった。
 ものすごい量だった。三年の時、理科室の水槽を誰かがひっくり返して水浸しになったことがあったけれど、それより多かったような気がする。あんなに身体の中に、尿が溜まるなんてありえないだろう。やはりはるみは病気だったのだ。病気だったら、いつ自分もかかってしまうかわからない。いつ、自分もお手洗いの失敗をしてしまうかわからない。新井林の前で、あんなことにならないとも限らない。
 時計の針があの時刻を刻むと、身体が激しく揺れてくる。
 お手洗いに行きたいんじゃない。
 水道の蛇口になったはるみが目の前に浮かんでくるだけ。
 あの時刻が近づくとはるみだってはにかみながら声をかけてきた。
「梨南ちゃん、私、また、行きたくなっちゃった」
と。

「梨南ちゃん、おはよう」
 はるみが声をかけてきた。他の女子たちがまた、昨日のテレビ番組のことで盛り上がっていた。梨南の顔を眺めて、いつものようににっこり笑って、
「杉本さん、大丈夫?」
 言っている意味がわからない。いつものように丁寧に「おはよう」と一声かけた。馬鹿男子どもの、
「尻、赤いくせにい」
 とつぶやく声を一切無視した。自然現象を物笑いにするなんて、そんなことよくできるものだ馬鹿男子どもよ。母にもいつも言われていることだ。
「人前で不愉快な思いをさせないためにも、お手洗いは気付かないうちにすぐに済ませるようにするのよ。汚いものは見せないようにするのがエチケットなのよ」
 その通りだと梨南も思う。だから、いつもはるみに付き合って五時間目途中、抜け出すようにしているのだ。
 ──お手洗いに行くなんて、見苦しいことしちゃいけないの。
 最近は女子たちへの圧迫を男子たちも認識してか、休み時間、女子トイレ前でたむろって、入りづらくしようとしている。平気ですたすた入ることもできるのだけど、せっぱつまっていると思われるのだけは許せない。どうせ五時間目に抜け出せばいいのだから、少しだけ、こらえればいい。

「昨日、具合悪そうだったのね。梨南ちゃん、大丈夫だった?」
 はるみの隣りに座り、教科書とノートを取り出した。宿題をはるみに見せた。いつもは梨南のノートをそのまま丸写しするはるみなのに、めずらしかった。顔を覗き込み、桃色のハートがたくさんあしらわれたシャープを取り出した。趣味がよくないけれどはるみは好きらしい。
「なんでもないわ」
 ──やはり、お手洗いって言ったのがまずかったのかしら。
 ──おなかが痛いから保健室に行くと言った方がよかったのかしら。
 ──でも、あの場で「おなかが痛い」って言ってしまうと、他の人たちみな、あのことにつなげるに決まってるわ。
 濃い色のスカートを選んできたので、きのうみたいにはっきり染みが残ることはないだろう。フレアスカートだから前と後ろの区別もつかないはずだ。ただ心配なのは、ポケットの用品をこれからどうやって仕入れるか、だ。他の人たちに見られないように、今日の放課後は遠くのスーパーに行って、 「お姉さんのです」 と言って買ったほうがいいだろう。隠し場所もこれから考えなくては。机の中を整理して、箱をひとつ置いて、誰にも見られないようにしよう。誰にも気付かれないように自分で始末しなくては。

 一通り必要と思われるものだけ購入した。世の中には、生理用品と呼ばれるものがたくさん存在していることを改めて知った。保健の授業で習った「ナプキン」というもの。その他アイスキャンディーに似たもの、下着専用の洗剤などなど。お小遣いのことを考えると大量に買うこともできない。一番小さい包みを買った。防水下着もパックに入って並んでいたけれど、値段が高すぎる。手が出なかった。なんとかして、あと一週間、気付かれないように乗り切りたかった。

「梨南ちゃん、お帰りなさい」
 母の変わらない声。たぶん気付かれてない。台所で昼ご飯を作ってくれている。
「お昼は、そうめんにするわね」
 助かる。さらっとしたものの方が梨南は嬉しかった。昨日の夜は少しおなかがごろごろして気持ち悪かった。あまり油っぽいものが食べられなくて半分からあげを残した。不思議がる父にあいまいな返事を返して、すぐに自分の部屋へ戻った。
 とりあえずは、スーパーのビニール袋をまとめて隠そう。ベットの下には汚れ物を押し込んである。母がいない間を狙ってお洗濯しなくては。たぶん石鹸を使えばすぐに洗えるだろう。専用の洗剤でなくとも、大丈夫だろう。ヘモグロビンの跡が残るのではと心配だった。
  しっかり窓と扉を閉め、そろそろとベット下の引き出しをひっぱった。
 軽くなっていた。 
 すきまが出来ていた。
 ──ない。どうして。
 一気に鼓動が高まった。今朝、きちんと見えないように隠したはずだ。
 ネグリジェも、シーツも、昨日つけていた下着も消えていた。
 ──隠したところ別だったのかしら。
 もうひとつの引き出しも確かめた。やはり無かった。シーツはけさ、梨南がしき直したのできれいな状態だけど、ヘモグロビンが固まっていたものは消えていた。
 震える手で、洋服たんすを覗いた。昨日はいていったスカートを確かめた。
 ──ないわ。 
 握りこぶしくらいに染みのついた、うす茶色のスカートもワードローブから消えていた。
  そっと階段を降りて、洗濯機の中を覗いた。もう終わったのだろうか。籠の中にはなにもなかった。
 ──ちゃんと私、自分のものは自分で洗っているのに。
 おなかの右側がちくちくひっぱられるような感じで気持ち悪かった。
 裏口の資源ごみを見た。いつも「燃えるごみ」「燃えないごみ」をより分けて出している母は、回収日がくるまでここに置いている。まさかとは思ったけれども覗き込んだ。
 見覚えある茶色のスカートとシーツがそのまま無造作に、放りこまれていた。

「梨南ちゃん、お食事よ。のびちゃうから急いでね」
 ──気付かれてる。どうしよう。  
  答えられず、梨南は黙ってそうめんをすすった。
 母の表情はまったくいつも通り、変わらなかった。そうめんのつゆに半分だけめんをつけて、
「最近の六年生って、だらしない子が多いらしいわね。梨南ちゃんはそういうことないと思うけど」
 いきなり目をそらしたまま、母は早口につぶやいた。
「梨南ちゃんは偉いわね。いつもきちんと自分の身の回りのことはきちんとしているんだものね。よその子は自分のお洗濯全然しないんですって。めったに下着も着替えない子が多いんですって。信じられないわよね。汚い下着を身に着けているなんてことは、人間としての恥なのよ」
 ──だから捨てられたのね。
 また着替えたくなった。どんなに着替えても、生臭い匂いがベットの下から抜けない、そんな気がした。テーブルの上の百合の花、花粉の散った黄色い跡がにじんでいたことを、梨南は思い出した。
   

 ──終──
 
 


   

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