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青潟大学附属シリーズ中学編


  作者:舞夜じょんぬ

 

 しめ縄飾りのぶら下がった家の前をたくさん通り過ぎた。朝一番でお雑煮を食べて、それから着換えたから本当だったら、そろそろおなかがすいてもいいはずなのだ。でも、呼吸するたびに左脇のあたりが締め付けられそうになる。時々袖の下から指を入れて緩めてしまいたくなるが、さすがにはしたないのでやめておく。
 昼過ぎということもあってか、だいぶ神社へ参拝客は少なかった。石畳の隙間とおみくじ売り場の辺りに雪がまだらに積もっている程度。美里は数回つま先をとんとん叩いた後、貴史に駆け寄った。
「まだ、賽銭投げてないよね。いくらにする?」
「年玉まだもらってねえもん。十円でも惜しいぜ」
「だよね、一円にしとく?」
「いや、五円。ご縁がありますようにってな」
 なんでそこでつらっとした顔して言うのだろうか。寒い寒いと、手を真っ赤にしながらさすっているのだったらさっさと拍手打ってればいいのだ。まったく、貴史ときたらそういうところが抜けている。
 約束どおり、拍手を打ち、ひとつ願い事をした。
 どうか今年も。
 隣りの貴史を横目で見ると、いかにも適当という感じで、でも賽銭を投げつける時だけは真剣に、手を合わせていた。奴に願い事を真剣に祈るなんて気持ちあるわけない。あるとすれば、今年こそ鈴蘭優のコンサートでいい席が取れますように、ってくらいだ。たぶん。

 二回おみくじを引くのはやはりよくないだろう。貴史もそちらにはあまり関心がなかったらしい。
「と、いうことでだ。美里、ちょっとつきあえ」
 ジャンバーのポケットに両手を突っ込み、いきなりちょっかいを出すのはやめてほしい。当然無視だ。
「おい、こっちを向けよ。なあに無視ぶっこいてるんだよ」
「お正月だもん、どこも空いてないよ。スーパーも」
「ほら、あそこが空いてるだろ。見えねえのか」
 神社から一本道路を隔てたところを指差す貴史。見れば一軒、赤い毛氈を敷いた台にお茶をすすっている集団が溜まっている。美里と同じく晴れ着姿のお姉さんたちだ。たぶん大学生か大人だろう。まだ十分、座る席は開いている。
「さっきあそこを通ったから、覚えてたんだ。百円でお茶となんか食い物が付くんだってさ」
「あんたもずいぶんこまいところ見てるねえ」
 外で座るというのがちょっと気、ひけるところでもある。でもまあ、しかたあるまい。他の商店街を眺めても、みな「謹賀新年」という張り紙を出しているだけだから。いつもたむろするスーパーも、デパートも、髪売りは二日か三日からだ。
「しょうがないよね。じゃあそこでいいよ」
 貴史は返事もせずにすたすたと和菓子屋「時雨屋」に入っていった。ちょっと大ぶりの店で、あんころもちやもなかなどがほとんどだった。全部貴史にまかせていたら、黒いお盆に二人分、最中を載せてもってきてくれた。
「飲み物はないの」
「これからついでくれるってな。美里食う?」
「ううん、持ち帰る」
 着物脱いでから食べたい、そういうのは。美里はすぐに、毛氈の引かれたベンチらしきところに腰をおろした。後ろで走りぬける車にも、小さなしめ縄飾りがぶら下がっている。身体をおとなしくさせると、だんだん氷が身体に張り付いてくる。もうがまんできない、というところで店員さんがお茶をたっぷりついでもってきてくれた。隣りに座った貴史をふたり、物言わずにまずはすすった。熱かったけど、味が濃くてすっきりする。茶道の授業に出ていて抹茶の苦味に慣れている。
 貴史はさっさと最中を一気に口へ押し込んだ。
「さてだ、美里」
「聞きたいことあるんだったら、さっさと言いなよ」
「へえ、聞いていいのかよ」
「ちゃんと答えるかどうかは保証しないけどね」
 茶碗をおぼんに戻して美里は貴史に押し返した。
「じゃあ俺が何を聞きたいかもだいたい、見当ついてるってわけかよ」
「付いてても関係ないじゃない」
 簡単に白状なんて、しない。たぶん貴史がなにやら探り足そうな顔をしていたのは、年末から気がついていたし、数回つっこみをうけた記憶もある。美里はあっさり流していたけれども。たぶん、冬休みに入ってから間もない午後のことについて、根掘り葉掘り追及したくてならないのだろう。でも、美里は一言だってもらしはしなかった。家族はもちろんのこと。ひとりだけ、その時間を一緒に過ごしたあの人だけしか知らないはずだ。
 ──そうね、あの人が貴史にばらしてなければの話だけどね。
 美里は手元にお財布だけ入れていた巾着を引き寄せた。最中をしまった。
「しっかし、奴が好きそうな格好してるよな、美里」
「はあ?」
 貴史も舌なめずりしながらお茶を飲み終えた。
「もしあれだったらな、これからバスに乗ってあいつの家まで挨拶周りしたらどうだよ」
「ばか言ってるんじゃないの。あんな僻地までだあれがひとりでいけるっていうのよ! 貴史あんたも知ってるよね。あの人のうち、バス停からさらに十分くらい歩くのよ。今から行ったらどうなんの。日が暮れてあぶない人に襲われてってしゃれにならないことになるようなとこよ」
「ほほお、どうしてそこまでお前しってるんだよ。お前、あいつのうちに行ったことあるのかよ」
 ──しまった。しくじっちゃた。
 失言後はまず、黙る。美里の回避策である。貴史にまた変なことを口走ってしまったらアウトだ。
「そんなのあんたと関係ないでしょうが」
「実は結構大あり」
 湯のみ茶碗を打ち合わせて、もう一度貴史は顔を上げた。たくらみ顔。着ているものが紺ばかりだから、妙に顔が赤く見える。もしかして、酒なんて入ってたんじゃないだろうか。
「お前、立村の家に行っただろ」
「なんでそういう話になるのよ!」
「ついでに言うなら、終業式の後だろ」
「だからなんで無理やり話をくっつけるのよ!」
「その日何の日だったか、お前分かるよな」
「関係ないでしょ!」
「だから関係あるんだって言ってるだろ!」
 語尾を強め、貴史は美里にしか聞こえない特別発声でささやいた。
「なんか、隠さねばなんねえこと、おじさんおばさんに言われたのか? 美里」
 橙色の巾着を握り締めた。視線はそこに落とすだけ。時間稼ぎしたくてむりやり最中をひっぱりだして一気食いした。飲み込んで咽を通った時、やっぱりみぞおちがちくりとした。食べるんじゃなかった。片手で胸を押さえた。貴史がびっくり眼で顔を覗き込む。
「おい、食いすぎたのかよ。ばかじゃねえの一気食いなんて」
「違うの、もう、なによ貴史。なんでそんなに早く気付くのよ!」

 いつものことだ、隠せない。
 両親にも、姉妹にも、こずえにも、立村くんにも。
 隠してきたつもりだった。
 でも、貴史にだけはいつも答えの合鍵を渡してしまう。
 最初がちゃがちゃ鍵穴をほじくっているくせに、いつもかちっと音がして開いてしまう。
  ──そうだよ。悪かった? どうせ立村くんから聞いて知ってるんでしょ。
 鍵をかけなおすのも面倒で、美里は立ち上がった。
「ここじゃまずいから、歩きながら話すよ。だったらいいでしょ」
 隣り側にまた新しい顔ぶれの晴れ着お姉さん集団が現われた。ごもっともといった風に貴史は頷いた。ジャンバーのポケットから取り出したじゃら銭を数え、、
「とりあえず、今日は俺がおごってやる。あとで倍返しな。場所換えだ、俺はとにかく寒い」
  ──当たり前でしょ。ももひき一枚で尻出して歩いてるんだからね。 
 貴史の後について、美里は乾いた道を探し探し歩いた。今度はしずしずと、お上品に。ちゃんと貴史も歩調を合わせてくれている。目的のためにはレディーファーストも意識するらしい。

 

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