BACK★ 晴れ着とはっぴのごあいさつ 5★
青潟大学附属シリーズ中学編
鼻をぐすぐすやっていると、背中の帯あたりをとんとん叩く音がした。ドア越しに誰かがノックしているようだ。
「おおい、美里、まだでてこねえのか」
──貴史だ。
「ごめん、すぐ出るから」
裾を脇でたくし上げながらでると、貴史がいらいらした調子で、
「ほら、外で待ってる人いるだろ、早くしろよ」
まだテーブルの高さもないくらいの男の子とお母さんが申しわけなさそうな顔をしていた。どうやら、待たせてしまっていたみたい。
「ごめんなさい。どうぞ」
親子は頭を下げてトイレに入って行った。あらためて貴史の方を見ると、
「お前、腹壊したのかと思ったけど、そんなこともなさそうだな」
「なわけないでしょ。そんなことじゃないってば」
──けど、このままで歩いて帰れない、どうしよう。
こう言う時、相手がこずえだったら気軽に相談できるのだけど、でもどうしようもないだろう。仕方ない。裾を押え押え歩いていくしかない。前の方はなんとか押えが聞くけれども、後ろ側の裾がどうしても上手に上がらない。貴史に追いついて歩けない。貴史は結構歩くのが早いのだ。先に帰ってもらったほうがいいかもしれない。
思い切って切り出した。
「貴史、今日なんだけど、先に帰ってていいよ」
「はあ? どうせ俺もお前のうちに挨拶しようと思ってたとこだから一緒に行くけどな。どうした」
「いいよ、いいってば」
「なにむくれてるんだよ。ったく、美里、さっきからいきなりしおらしくなっちまってどうしたんだよ。立村のことでも考えてるのかよ」
「そんなんじゃないってば!」
思い出してしまう。立村くんの家で美里は精一杯普通に振舞ってきたけれど、どこかで裾が落ちてしまっているようなこと、してなかっただろうか。ちゃんと、トイレはきれいに使っただろうか。食事もきちんと上品にできただろうか。なによりも、立村くんへのプレゼント、やっぱり貴史の言うとおり、勘違いしてしまったもんだろうか。
「お前、なにべそかいてるんだ? いや、別に、聞かれたくねかったら聞かねえけどな」
首をかしげて、じっと美里の瞳を捕らえ、思い出したようにぽんとテーブルを叩いた。
「さっきお前、着物ずるずる状態だったけど、それか?」
「なんで気付くのよ」
「いや、なんかさ」
片手で床につかないよう、必死に押えているのを見られているとは思えない。なんで貴史はこんなに勘がいいんだろう。
「美里、今にも着物脱ぎそうな格好してるんだけどなあ。うちの母ちゃん見てても思うけど、まじで歩いてたら着物脱げるって感じなのか?」
「そんなんじゃない!」
でも、腰のところの紐がどうしても縛れない。ゆるゆるになってしまう。どうしていいかわからないなんて、男の貴史には言えない。
「いいよ、じゃあゆっくり歩いてよ」
美里は立ち上がった。と同時にまた裾がぺたんとついた。床はだいぶ人の足跡と雪の雫が交じり合ってどろっぽくなっていた。すでに黒ずんでいるのは確認済み。母にさんざん叱られるのも決定済みだ。
──とにかく、なんとか、歩かなくっちゃ。
貴史もあらためて美里の全身をなめまわすように見て、
「じゃあとにかく、出るぞ」
周りの人がじろじろ見ているような気がする。自動ドアを貴史が開いて、その後すぐに美里が出た。入り口マットをまたいだとたん、足がずぼっと水たまりに入った。雪が昼になってだいぶ溶けてぬかるんでいるのに、気付かなかった自分が馬鹿だ。当然、裾が直角三角形型に黒っぽく染まった。
──どうしよう、もう歩けないよ。
五メートル先を眺める。歩くべき道を探す。空の陽射しがぬくぬくしているのを見た。まぶしくて、足が冷たくて、また涙が出た。
「美里、早く乾いたとこ歩けってば」
「わかってるって」
べそをかきながら、貴史に追いつこうとした。今度はアキレス腱の辺りがずるっと下がった感覚あり。前ばかり上げていたけれど、しっかり後ろもぬれてしまったということだろう。両手でたくし上げ、大股で貴史の立っている道へ向かった。もう隠せない。泣いている顔を露骨に見られた。
「ははん、そういうことかよ」
「ばかみたい。もうやだ。なんで」
すれ違う晴れ着姿の参拝客たち。誰も草履をきちんと見せたまま、ずるずる下がらない晴れ着姿で笑っている。さっきまでは自分がそうだったのに。どうしてこんな格好になっちゃったのか、自分でもわからない。救いだったのは、うちまでだいたい十五分くらい歩けば大丈夫ということだろう。みっともないところを、もしかしたら小学校時代の同級生たちに見られるかもしれないけれど、がまんするしかない。とにかく家にたどり着いて母の雷を覚悟しなくてはならないだろう。
「美里、ほら、こっちこい」
いきなり貴史が羽織の振りを引っ張った。
「ほら、こっちコンクリートだから、そこまで歩けるだろ。歩けねえなんて言わせねえよ」
小さくしゃくりあげながら美里は言われる通り、ファーストフード店すぐそばの小路まで歩いた。さらに裾がぬれてしまったけれども、もうどうしようもない。開き直るしかない。
貴史は美里がコンクリートの道路までたどり着いたところで、またじろりと眺めやった。幸い通りは向かいの歩道のみたむろうのみ。細い小路で近所には古い民家ばかりだから、あまり出入りもないのだろう。
「そっか、美里歩けねえよな、それじゃあな」
「いい、歩く」
「だからお前、肝心要のところでどうして俺になんも言わねえんだよ」
「男子に言ったってわかってもらえるわけないもん! 着物、って、なんかわけわかんないんだもん」
なんで貴史にまた叱られなおししなくちゃいけないんだろう。情けなくてまた泣きたくなる。
「ほらほら、美里べぞべぞすんなよ。簡単じゃねえか。家に帰りてえだけだろ」
いきなり貴史が慌てたように顔を覗き込む。美里の泣き顔がそんなに面白いんだろうか。横を向いたけれどさらに突っ込まれた。
「お金持ちだったらタクシーで帰れって言うかもしれないけど」
「まさかだろ。そんなこと言うわけねえだろうが。美里、ほらほら、そんならそうと」
両手を腰に当て、ふんぞり返って貴史はつんと済まし、言い放った。
「俺に負ぶさって帰れば簡単だろ」
──はあ? 貴史、あんたなに言ってるの。
裾をたくし上げる手が止まった。別に驚きもしないみたいで、貴史はそのまま大きく頷いた。
「どうせ美里、小学校の頃より太ってるってことねえだろう」
「失礼な!」
「じゃあ大丈夫だ。ほら、背中に捕まれ」
さっそくしゃがみこんで背負いのポーズを取る貴史。
「そんなあ、なんでそんなこと思いつくのよ」
そりゃあ、小さい頃何度か貴史に背負ってもらったことはあるし、だいたい背中の感触も知っている。でもさすがに中学に入ってから、そういうことはない。第一、十分以上も背負いつづけられるわけがない。いくらなんでも貴史の背中は細すぎる。美里も体重がそんなにあるほうだとは思っていないけれども、でも無理だ。
「いいよ、貴史、そんな無理しないで」
「大丈夫だって。俺、これでも結構力あるっての」
しつこく背中を使うように要求する貴史。なんだかこだわっているみたいだった。なんとなくだけど、美里を心配しているだけじゃないという気がしなくもない。別に理由があるのかもしれない。
──そっか、だったら、いいか。
もう一度鼻をすすり上げると、美里はそのまま貴史の背中に胸をつけた。思いっきり足を開いてふくらはぎを引っ張ってもらった。ちょっとだけ動きが止まったのは、体重がかかったからだろうか。裾がつかないようにぎゅっと貴史が引っ張り直していた。
「あ、余裕余裕。じゃあ美里、絶対手、離すなよ。全速力で行くからな」
全く予想できなかった。
美里が貴史の背中で見た光景が、どんどん遠くに飛び去っていく。しゃかしゃか言うのは雪を蹴散らしているんだろうか。数人、すれ違った時にけったいそうな顔で見られたのは覚えている。でも走りつづける貴史の背、あまりにも早すぎた。来た時の大通りではなく、細っこい、猫専用の通路みたいなところを潜り抜け、ふつうのうちが立ち並ぶところをすり抜け、最後に雪のずぼずぼいう積もった雪野を飛びまくり、気が付けば美里の家の前に立っていた。小学校の頃に背負ってもらった時とは違う、肩の厚みと抜けない腕。美里がずっと貴史の肩にかじりついていた時はもっと、ひょろひょろしていたはずだ。髪の毛も少しだけ汗の匂いが残っていた。
「ほら、ついたぜ。おりろよ」
「うん、貴史、あの」
「どうせ俺も一緒にあいさつするからな」
要するにお年玉が目当てなのだろう。わかっている。でも今は助かる。貴史がいればそれほど怒鳴られないですむし、すぐに引っ込んでしまえる。美里の母はそういうところ、見栄っ張りでもあるのだから。
「うん、貴史、あのね、私」
「お前くらい背負えねえで、今年のみこし担げるかって」
「はあ?」
貴史は両手を軽く振りながら力こぶしをつくろうとした。ぜんぜん、だめ。
「今年さ、言われたんだ。もし俺がもう少し力あれば、担がせてやるかもよってな」
──なんだ、貴史、要するに自分の力を自慢したかっただけなのね。
「あっそ、ありがとって言いたかっただけ」
「美里背負えるくらいなら余裕だぜ、俺だってな」
にんまり笑ったのがなんかいらいらして、美里はもう一度裾をたくし上げた。下の白い裾よけが丸見えだがもうかまわない、ドアを開けて黙って入った。どうせ玄関物音したら、誰か降りてくるだろう。
「美里、あんた、なんってかっこうして帰ってきたのよ! もうせっかくきれいにおめかししたのに、台無しじゃないの!」
貴史が一緒にいても、効果なかった。母にいきなり悲鳴をあげられ、さらに裾の泥つきまで発見されてさっそくねちねち攻撃が始まった。
「もういい、着替えてくるから!」
これがいやだったのだ。貴史が目を細くしてにやけているのがむかつく。あとでめいっぱい首しめしてやるから。美里は草履を脱ぎ捨てて自分の部屋へ上がっていった。
「まあ、こんなに草履も泥だらけにして、まったくねえ。たあちゃん、ありがとうねえ。ほら、上がってってね、ちゃんとたあちゃんの分のお年玉、用意してあるんだから」
たあちゃんこと貴史は、お年玉をもらうことに特別異存もなかったらしく、さっさと上がったらしい。居間でおしるこを振舞われているに違いない。
──ああ、やっぱりお母さんに叱られちゃった。もう。着物なんて大っ嫌い!
妹は友だちのうちに出かけたらしく、部屋には姉だけが普段着に着替えてベットへ寝そべっていた。
「あんた、たあちゃんとまた、いちゃついてたの?」
「そんなんじゃないってば!」
「さっき窓からのぞいてたら、美里、しっかりたあちゃんの背中に負ぶわれて帰ってきたじゃないの。中学二年のくせに、あんたずいぶん、男泣かせだねえ」
「やらしいこと言わないで!」
「まだあれもないのにねえ」
「お姉ちゃんうるさい!」
かっとなってしまう。痛いところばかり付く姉の言葉が悔しい。たぶん窓から下を眺めていたのだろう。下手に言い訳すると、姉の場合、まったく身に覚えのないことをでっち上げて母に報告するのだ。もしかしたら美里が必死に隠していることをかぎつけているかもしれない。
羽織を投げ捨て、次に帯揚げ、帯締めと称する紐の数々を解くのに時間がかかった。帯もちょうちょ結びなのに、やたらと紐が使われていていらいらする。やっと晴れ着本体を脱ぎ捨てることになるのだが、完全に腰のところの紐が、お尻の一番太いところまで落ちてきてしまっていた。
──こんな紐ばっかりで縛り上げる着物なんて大っ嫌い!
同時に胸からぽろんと、抹茶色のハンカチが落ちた。拾って机の上に置くと、姉にもう一度声をかけられた。そろそろ自分の部屋に戻るつもりらしく立ち上がりながら、
「そのハンカチ、美里の趣味じゃないよねえ」 「悪かったわね!」
「たしか、クリスマスイブの時から、あんた後生大事に持ち歩いてなかった? それ」
「そんなんじゃないってば」
なんでそうかぎつけるのだろう。姉にもちゃんとやるべきことをどんどんやっている彼氏がいるのを知っている。今年はとことん姉のプライバシーを調べ上げて、またチェックしなおさなくては。洋服を貸してもらったり、女同士いろいろ工作したりと、あるのだから。でも、このことだけは絶対に言えない。うん、絶対に。
「お姉ちゃん、早く出てってよ」
「美里のストリップなんて見たくなんてないから、さっさと行くってば。ちゃんと彼には言っときなよ。まだ美里はあれがないんだから、キスまでしかできないってね」
最後に、ご丁寧に、襟のした。ちょうどさっきまで帯がかかっていたあたりをつんつんつついて。
「まだ、パイもちっちゃいし」
──お姉ちゃん、なによ、そんなの関係ないじゃない!
「もう早くいっちゃってよ、もう」
普段の姉妹げんかだったら思いっきり殴りかかったりひっかいたりするのだけれども、まだ長じゅばんを着たままの美里にはそれもできなかった。しかも下には貴史がいる。見るのは慣れているだろうけれど、響くのはいやだ。
──もう関係ないよ。あれとかこれとか、もう。
ドアが閉まり、部屋が静かになったとたん、力が抜けた。
抹茶色のちりめんハンカチを手に取った。
──今日の私、絶対変。このハンカチが悪いのかな。呪いかかってたのかな。立村くん、呪いかけたりなんてしてないよね。 クリスマスイブを意識していたのは美里だけじゃなかった。
──これ、清坂氏の好みに合うかどかわからないけど、たぶんこういうのがいいんじゃないかって知り合いの人が言ってたんだ。気に入らなかったらごめん。別のに代えるかなにか、するから。
ちょうど食べるものも食べ尽くして、テレビドラマを観ながらなにか話していて、途切れた時、立村くんがポケットから取り出したものだった。たぶん部屋に戻った時に、かくして持ってきてくれたんだろう。
──開けてみていい? ありがとう!
──俺のうちクリスマスとかやらないから、どういうのがいいかわからないし、ほんとにもし趣味に合わなかったら、ごめん。
何度も頭を下げて、美里の顔をじっと見つめてくるから、うそでも
「わあ、ありがとう、すっごくうれしい!」
と答えるしかなかったじゃないか。なんか陰気臭くていまいち気に入らないなんて、言えないじゃないか。
美里も小さな電卓を用意しておいた。これは絶対に立村くんには必要なものだと思ったから。学校の授業で使うのは問題かもしれないけれども。ふだん、評議委員会の間にばたばたやってたら、大変だと思ったから。
──これ、電卓?
──そう。立村くん、そういうのあった方がいいかな、って思ったの。
──清坂氏って、俺のことすごく見てくれてるんだなあ。なんか、驚いた。あ、気に入らないとかそういうんじゃなくて、あの。
──うれしかった? ちゃんと、代わりに聞いてあげたのだ。あらためて立村くんは 、
──うん、ありがとう。うまくいえないけれど、本当にありがとう。
そう答えてくれたのだ。
貴史に相談する必要なんて、なかったはず。なにを考えて貴史は、根掘り葉掘り聞き出そうとしたのだろう。立村くんも美里との午後については一言も話していなかったようだし、どうせその後は立村くんのお父さんがやってきておひらきになったのだ。やましいことなんてなんにもない。本当に何にもない。
──まさかと思うけど、あいつ告げ口なんかしてないでしょうね。
美里は慌ててピンクのフィッシャーマンセーターとデニム地のタイトスカート、焦げ茶のタイツに着替えて部屋から出ようとした。階段は一階から吹き抜けになっていて、下の居間から話す声が聞こえてくる。貴史と母が、なにやら語っている。階段を中ほどまで下りたところで、足を留めた。
「まあそうだったの、たあちゃん」
「うん、そう言ってた」
わざとらしく驚いた声を出すのはやめてほしかった。
母が貴史に何かを聞きだそうとしているらしい。
──貴史、何言ってるんだろ。
耳を済ませて、階段の手すりから身を乗り出した。
「なんか変だと思ったのよ。あの美里がねえ、何にも言わないから気になってねえ。たあちゃんにだったら話してくれるかなって思ったんだけどねえ」」
ぞっとした。まさかとは思ってたが、まさか。血が昇る。顔と、手に。
「ううん、どうせ俺と一緒に行ったんだから、悪いことなんもねかったよ」
「そう言ってくれればねえ、こっちも心配しないのにねえ。たあちゃんとだったらかまわないのにねえ」
いきなり母がほっとしたようにため息をつく気配あり。
──たあちゃんと一緒って何よ何、貴史ってばなに言ってるのよ。
「いやねえ、ほら、たあちゃんと同じクラスの男の子いるでしょ。ほら、品山に住んでいるきれいな子」 「きれい、ってか。わらえるぜおばさん」
本当に笑いこけている。むっとする。
──あんたよりはずっときれいだと思うぞ、貴史。
「どうなの、あの男の子とたあちゃん友だちなんでしょ、美里とも仲いいらしいんだけど、美里ってば何にも言わないのよ。なにかやましいことしてるのかしらって、お母さんなら思うでしょ」
「ああ、立村のこと言ってる? おばさん」
ひいひい受けまくったのち、貴史は声を低くした。かろうじて聞き取った。
「俺、あいつとすげえ仲いいと思うよ。見た目女っぽく見えるけど、クラスのこととか、委員会とか、すげえ一生懸命だし、真面目だよ。品山になんで住んでるか知らねえけど、ほんっといい奴だと思うよ」
「そうなの? 品山ってなんか、こう、柄悪いでしょ」
「他の品山出身者知らねえからわからねえけど、立村はすっごくいい奴だよ」
怒ってはいない。軽く受け流すような感じだ。母のつっこみだけが、ずいぶんねちっこい。たぶん貴史もその辺は気付いているらしい。
「そうなの、それならいいんだけど。まあ、今はクラスにたあちゃんがいるから、ひと安心ね。たあちゃんと一緒だったら、ふたりっきりでデートしててもなんも文句言わないんだけど、やはり、品山の」
品山の悪口連発にだんだん美里も腹が立ってきた。言い返したい、住んでるところで情けない悪口を垂れ流すのはやめろよお母さん、とわめきたい。でも、そうすると立村くんとのひと時がばれてしまう。
それに、貴史はいったい何を言ったのだろう。
美里は階段を下までおりた後、黙って居間のふたりをにらみつけた。
背を向けている貴史が気配を悟って振り返った。目が合った。
二回、ぱちくりと瞬きした。
──貴史、もしかして。
真面目な顔だった。
「なあ、美里、この前の二十四日のことなんで言わねかったんだよ。ははん、俺と一緒だったら、なんも自慢できねえって思ってたんだなあ」
「一緒って」
言いかけたところをすぐに遮られた。何度も椅子の背を叩いた。
「どうせお前、彼氏もいねえんだろう、かわいそうにって思って、わざわざ誘ってやったのにさ。お前、修道院あたり行きたがってたから、せっかく俺が汽車使ってついてってやったのになあ。ほら、アイスクリームもあの寒い中俺、おごっただろ」
「あ、貴史」
口が開いてしまう。でも貴史は瞬時瞬時に真剣な表情を取り混ぜながら、しゃべりつづける。向かいにいる母には気付かれていないらしい。
「ま、今度はうちの母ちゃんに、鈴蘭優ちゃんのコンサートチケット取りに行く時につきあえってことで言い訳、手伝えよ。俺はわざわざ彼氏なしの美里に、つきあってやったんだからなあ」
「そうよ、美里。あんたみたいなはねっかえりをこんなに心配してくれるのは、たあちゃんくらいなんだから。おんぶまでしてくれるなんてねえ」
母は機嫌がすっかりよくなったらしい。どうも、貴史から、大嘘のクリスマスデートのいきさつを聞かされて、信じてしまったらしい。
「ほら、あんたも一緒におしるこ食べなさいよ。美里、たあちゃんの隣りに座って。それにしてもたあちゃん、ほんと、男らしいわねえ。今年のお祭り、しっかり御輿、担ぎなさいよ!」
「おう、がってんだ!」
胸を叩いて反り返る貴史。美里は隣りの椅子に座り、すっかり薄汚くなった貴史の顔を見つめた。母が台所へ立ったすきに、思いっきり貴史の膝を叩いた。
「いってえ、なんだよ」
「あんたと私が一緒にデートしたってことになってるの?」
「そういうことにしろよ。おばさん、相当、反立村同盟作りたいみたいだぜ」
「けど」
嘘ついてしまったのが、なんか苦しい。スカートが短いことに気付いて、裾を数回引っ張った。
貴史が小声でささやくのが聞こえた。
「だから、最初から俺に言っとけっていったんだ。わかったか」
──悔しい!
けど、美里は言い返すこと、できなかった。
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