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青潟大学附属シリーズ


  作者:舞夜じょんぬ


20

 

   なんと羽飛と清坂氏コンビが同じ喫茶店に入って、僕たちと同じように三時間近くしゃべりっぱなしだったとは思わず、かなり内密な話をしまくった。聞かれてなければいいが。
「大丈夫じゃないの。席だって離れてるし」
「バスのことはやっぱり聞かれたらまずい内容だしな」
 それ以外の話題はたいしたことじゃない。ばれても困らない。一言で言うと、古川さんの下ネタトークを僕が一方的に聞かされたにとどまる。いつものことだし、しゃべるのは向こうだから楽でいい。そういう点からいくと、僕としては古川さんとコンビを組ませてもらって楽だったといえるのかもしれない。
 そろそろハンバーガー屋へ移動しようか、と立ち上がり、結局自分の飲んだり食べたりした分だけ割り勘にした後、例の「不思議の国のアリス」ポスター前を通りがかったところ、
「あっ!」
 ふたり絶句しているじゃないか。僕から見ると、ふたりともかなり慌てている様子だった。
「あんたら、私とか立村とか、ネタにしてたでしょうが」
「そんなことないよ!」
 清坂氏が必死に弁明する様みると、想像どおりと思わなくもない。
「ま、その辺はな、美里に後から教えてもらえよ、立村」
「羽飛も、俺のことまた変なこと吹き込んだんじゃないのか」
「おたがいさまだろが、さ、せっかくだから四人で座ってようぜ」
 いつものことだがやっぱりごまかされたような気がする。ただ、同じ喫茶店にこれ以上居座る根性僕にはない。無理やり二人を立ち上がらせて、精算を済ませた。それにしてもこの二人、パフェ、マフィン、その他いろいろずいぶん食べまくったもんだ。残っている皿の枚数に唖然とした。  場所替えして例のハンバーガー屋でしゃべった内容は当り障りのある内容ではない。いつも学校でネタにしていることあり、評議委員会のことあり、いろいろだ。ただ僕もなんだか疲れ気味だったこともあって、途中で少し居眠りしてしまった。三人とも元気な人たちである。

 ──バスの中の大事件、か。よくぞ、情報が流れなかったよな。
 ──けど女子はやっぱり複雑で怖いよな。
 僕がもし、同じバスの中にいてその状況を観察していたとしたら、清坂氏以上の行動を取ることができただろうか。いくら僕がぼんやりだからといって、女子たちの羞恥心を想像できないほど無神経ではないつもりだ。反対の立場だったらどうするんだ、の一言だ。
 ──なるほどな。バスの前方に男子を固めて、後ろの座席に女子か。
 ──身動き取りやすいし、万が一の時もばれないですむだろうしな。
 しかも、男子連中が歌を……鈴蘭優のシングルってのがご愛嬌だが……歌って状況がリアルに流れてくるのを押えるようにした演出力。青大附中評議委員会が演劇をやたらとやりたがる伝統は、もしかしたらこういう芝居じみた問題解決策として役に立つのかもしれないと思う。
 つくづく、清坂氏はすごい。
 だが古川さんの言う「言葉で他の女子を追い詰めた」というところには、首をひねるところもある。僕だって女子の気持ちがわかるわけではない。性を別にして考えると、言葉ひとことによって傷つけられることはあるし、相手の善意が……例・三年D組の担任など……相手を強く追い詰めるってのは経験済みだ。清坂氏としては、精一杯励ましたつもりなのだろうけれども、古川さんの言う通り、「そんなのは関係ない」のだろう。
 ──プライドを傷つけられたってことだよな。まあな。できれば闇で片付けてほしいよなってとこか。
 仮に、僕が清坂氏だったとして考えてみる。女子評議としての想像だ。
 女子四人が尿意の限界を訴えていて、休憩所も間に合わない。となるとたぶん僕も清坂氏と同じく、その女子たち四人をこっそりと後ろの座席に、なんらかの理由をつけて移動させるだろう。
はっきりと「トイレに行きたい人」と全員に尋ねるのではなくて、他の女子たちからの情報なども踏まえて、「車に酔っているようすなんでバケツといっしょに移動してください」みたいなことを言うだろう。問題は僕がそういうことを言える状態かどうか、車酔いで死んでないかどうかだが、その辺は保留にしておく。
 古川さんが言うには、友だちのバックを利用したということだが、これについては僕もしばらく絶句するしかなかった。というか、もうそのバック、使えないだろ? 清坂氏はともかく、奈良岡さんがいまだにそのビニールバックを使用しているということに猛烈なショックを受けた。古川さんは何も言っていなかったけれども、それこそ過去の恥ずかしい記憶を思い起こさせる媒介になってしまうんじゃないだろうか。僕ならやっぱりバックではなく、素直にバケツを使用しろと命令するだろう。
 いや、しかし、僕としては何よりも怒りを覚えたのは、うちの担任だ。
 結局そこへと行き着いてしまう。
 ──そこまで騒ぎになっていて、なんで移動先変更をいきなりやらかしたんだ、あの男は!  去年とは違い、僕も感情を押えるよう心している。それこそ羽飛じゃないが「前科持ち」だからな。担任といえども所詮この男は二十九の若者なんだ、と無理やりにでも自分に言い聞かせて。その一方でなぜ、狩野先生と年齢が一緒なのかが僕には全く理解できない。この差はなんなんだ。  一番の悪はやっぱり、菱本先生につきると僕は思う。もちろんいいところがあるから連れていきたい、いろんなところを見せたいと思う教師心、それはわかる。しかし、ただでさえ長時間バスに揺られて酔った奴だっていただろう。清坂氏が直後のクラスミーティングで、
「あんなにたくさん酔った人が出たのは、途中の変更のせいです!」
 と叫んでいたけれども、まさにその通りだ。女子の生理的な問題は僕もわからない。でも、「あともうちょっとでホテルに戻ってトイレに行ける!」と祈っていた女子たちがいるのに、なぜ長時間、しかも渋滞にぶつかる可能性の高い変更をやらかしたのか? 僕からしたら、教師のエゴに他ならない。もう一年前のことだし、今更蒸し返す気もさらさらないけれども、やっぱりあの担任、根本的に何か間違っているような気がする。清坂氏だってもちろんパーフェクトとはいえないだろうけれどクラスの女子たちの面倒を見たわけだ。男子たちを説得するために、自分の失敗まで打ち明けたのだ。
 ──そうだ、一番驚いたの、そこだ。
 ──清坂氏、強いよな。
 ちらっと羽飛から「小学五年の時、女子同士のいざこざが原因で、清坂氏が教室でトイレの失敗をさせられたことがある」という話を聞いたことはある。「絶対、美里には言うなよ」と念を押された。この辺は事情がいろいろあるらしいがあえて聞かなかった。トイレに行きたい時にはちゃんと手を挙げるタイプだろうし、そういうぐちぐちしたことを僕みたいに考える人ではない。きっと過去の失敗なんてさらっと流しているんだろうと思う。
 でも、古川さんも言う通り、清坂氏からしたら、忘れたい過去だろう。
 言いたくないに決まってる。
 それを打ち明けてまで、男子たちに席移動などのお願いをしたわけだ。
 はっきり言うけど、僕にはそこまで出来ない。自分のプライドを捨ててまで、過去の間違いを言い放って、頭を下げることはきっと無理だろう。
 ──それだけの修羅場があったにも関わらず、俺の部屋に来て、なんでもないような顔してくれたんだよな。大人気なく俺も口げんかやらかしたけど、もっと早くわかっていれば。
 ちらっと薄目を開けて、清坂氏を覗き込んだ。目が合った。
 ──理由はどうであれ、清坂氏のこと、なんとかしなくちゃな。
 僕はまた目を閉じた。

 夕方四時半には旅館に戻る予定に組んでおいた。実際は五時半なのだが、その前に評議委員会を三十分くらい男子限定でやっておきたかったし、風呂にもさっさと入りたかった。あの問題教師・菱本守が堂々と自分の醜い物体を見せ付けつつ、
「な、立村、お前人より成長遅れだって落ち込んでるんじゃないか、ほら言ってみろ」
 と勘違いしたことを聞かれるのはごめんだった。いつになったらユニットバスに入ることができるのだろう。明日の一夜こそ、唯一の自由かもしれない。
 わやわやしながら同じ旅館に到着し、まずは担任にスタンプを見せて、報告を行なう。
 まさか午前中ですべてのスタンプを集めたなんて、知る由もないからあっさり終わる。
 その後は男子部屋に戻り、三日目用の部屋に移動する。昨日は評議四人組だったけれども、今日は南雲たちと一緒だった。そう言えば南雲とは余りこの旅行でしゃべっていない。何となく淋しい。自由行動も別だ。あとでどんなもんか聞いてみよう。
「ああ、南雲な、なんだか奈良岡さんのことでやたらと走り回ってたぞ」
「水口も一緒にな」  何かあの仲良しカップルに異変が起こったのだろうか。同室の男子連中……基本として南雲チーム……に聞くと、少し眉をひそめるような感じで教えてくれた。
 なにはともあれ、まずは風呂に入って、そこからすぐに評議委員会だ。
 ちゃんとのりの利いた新しい浴衣と、本格的な兵児帯を持って風呂場に向かおうとした矢先だった。ちょうど、男女の風呂場境に当たる場所だった。
 
「ばかやろう!」

 なぜか人だかりが出来ている。聞き覚えのある男子の声が響いている。
 ──誰だよこの疲れきったとこにさ。
 僕もさりげなく野次馬顔でそっと近づいてみた。
 制服姿のふたりが、やはり浴衣一セットを抱えたまま激しく言い合いしている。人垣の陰からのぞきこむと、やっぱりいつものお二人だった。だからみんな和やかに観覧しているわけだな。
 ──公衆の面前でさ、いくらなんでも痴話げんかするのはやめろよな。
 難波がめがねを鼻までずり下げる格好で、目をとんがらせていた。
 見返す霧島さんも、髪の毛を完全に解ききったまま、ぎらぎらする目で見返している。
 ──昨日の今日だってのに。やりあうなら別の場所選べよ。先生たちに観られたらどうするんだよ。
 まったく懲りない連中だ。清坂氏の話にも出ていたけれども、この二人のやりあいで、どれだけの男子女子が心を痛めているのかきっと知らないんだろう。ちらっと見たところ、C組とB組の野次馬はほとんどが男子だった。女子たちはC組の子たちが後ろの方で心配そうに固まっている。D組はと見ると、どうやら僕だけだ。
「更科、何があった?」
 当然止めに入る予定の更科を見つけて、僕は隣に無理やり入り込んだ。
「いつもの大騒ぎ。まあ様子みて、仲裁しよっか」
 なんてのどかな奴なんだ。さりげなく笑顔が洩れていたところみると、それほど心配するなよ、てことだろう。少しほっとして、僕も穏やかにお手並み拝見することにした。

 難波の様子だけが妙にエキセントリックだった。むしろ霧島さんの方が挑戦的だ。
「お前、自分で何しでかしたのかわかってるのかよ!」
「なんで難波に断りいれなくちゃあいけないわけ? ばかじゃないのあんた」
 どうやら元の出来事から派生する怒りらしい。
「さんざん頭の軽い奴にちやほやされたってお前のレベルったらあんなもんだってのがまだわからねえのかよ!」
「失礼ね、見もしない人を罵ってる暇あったら、もう少しあんたも女子を誘ったりなんなりしてみたら? 何にも行動取れないくせに、ただひたすら怒ってるなんてただのばかじゃないのよ」
「まったくなあ、お前、あいつらがどういう風に見ているのか、知って言ってるのかよ」
「わかってるわよそのくらい。でも、しょうがないのよ。そうしてほしいって言ってるんだから」
「だからお前は能無しっていうんだ! いいかげん過去の経験から学習しろよ。お前、ほんっと学習能力ねえよな。何度同じこと繰り返したら気がすむんだ? こんなこと繰り返してたらな、三度目の正直で」
 その時はまだ、ぴんとこなかった。聞き流していたけれど覚えていた。
 ──三度目の正直。
 難波の手が上から振り下ろされ、ぴっと人差し指を霧島さんへと向けた。
「また、スカートの中に手、突っ込まれて脱がされるぞ! 何度やったらわかるんだ!」
 風呂場近くの湿った湯気が、空気に混じって揺れていた。
 一瞬だけ静まり返り、C組男女たちの塊から、何かひそやかな言葉がゆっくりとこぼれてきた。聞き取れず僕は、隣の更科をつついた。
「今、難波、何か言ったろ」
「……立村、止めに入ろう。これはまずいよ」
 さっきまでの脳天気な笑みが、更科から消えている。
「止めるって?」
「後で説明する、立村、難波の後ろにまわってくれないかな。俺はキリコをなだめる」
 ──いきなり、なんだよいったい。
 僕もわからぬなりに、更科の言う通り難波の背に回った。更科の動きの方がさらに早かった。二人の間に割り込み、またあの小型犬風の笑みを浮かべ、
「まあまあ、これから評議委員会あるし、少しおちつけよ難波、霧島姐さん」
 両手を広げて笑顔で制しようとした。うっとくる難波に僕も肩を軽く叩いてやり、
「先生たちに見られたら面倒なことになる。風呂上がったら評議やるからその時にしろ」
 ささやいたつもりだった。けど、難波は利く耳を持たなかったようだ。コナン・ドイルの描いた名探偵シャーロック・ホームズは沈着冷静なはずだが、その似姿を求める難波とは思えない言葉の羅列が続く。
「うっせえ、お前なあ、一度だけならともかくなんで二度も同じことされて、気付かねえんだよ!」
「写真取らせただけよ。何勘違いしてるのよ」
 ぎらついたまなざしが変わらない霧島さん。堂々としている。
 むしろ難波の方が理性を無くしかけている。
「霧島、写真取る男ってのは何考えてるか知ってるのか? 知るわけないよな。お前の写真を全部保存して、スケベなことばかりに使ってるんだってこと、想像しろよ! お前、誉められてることとなめられていることと、区別できねえくせに、簡単に写真なんか取らせるんじゃねえよ!」 「あんたたちが喜んで見ているエロ雑誌なんかじゃないわよ。難波、あんたほんっとスケベなのね」
 ──写真?
 このあたり、僕もよくわからなかった。難波にも、更科にも、もちろん霧島さんにも聞けやしない。
「いいか霧島! いいかげんお前も覚えろよ!」 
 僕はまだ、難波が何を口走ろうとしているのか想像をすることすらできなかった。
 更科がなぜびびりまくっているのか、なぜ、いきなり天羽が野次馬をかきわけて難波の真ん前に立ったのか。そしてなによりも、
「お前にそんな隙があるから、あいつらはパンツ下げて手を突っ込もうとするんだぞ! なんでそんなとこにお前、自分から飛び込もうっていうんだよ!」
 難波の言葉の意味がわからなかった。
 繋がりが見えない。
 ただ、あまりにも具体的な言葉の羅列に動けなかった。
 僕がただ息を詰めたまま難波の後ろに立っている間に、真中へ割って入った天羽が物言わず、思いっきり張り手を食らわせた。とんがった張り手の音に、僕は思わず一歩後ろへ下がった。よろめいた難波がぎゅっと唇を噛んだまま、振るえつつ霧島さんを見つめている。
 霧島さんの目もぎらついている。そのままだった。片手が握りこぶし。おろおろする演技でもって更科がなだめようとしている。でも僕たち評議三人の存在は、たぶんこのふたりにとってどうでもよかったんだろう。霧島さんは燃え尽きそうな瞳のままで告げ
「よく調べたわね。小学校の連中から聞いた?」
 返事が出来ずにいる難波をさらに見据えた。かすかに震えているように見えた。
「ひとつだけ間違い言っとくわ。下げたのは、私の方からよ」
 静かに風呂場へと向かった。周囲の喧騒がテレビドラマの中のように思えて、僕はただ、難波がうつむいたままこぶしを握り締めているのを見つめていた。

「立村、悪い。あとで弾劾を要求するわ」
 天羽が僕の耳にささやいた。当然難波も聞いているはずだった。評議男子四人の中でのみ交わされる会話をどう受け止めればいいのだろう。言いかけた言葉を天羽は遮った。
「詳しい理由はこれから説明する。これから風呂に入るだろ? つきあえ」
 ──こんなとこまで裸の付き合いかよ。
 女子には聞かれたくない内容なのだということくらい気が付いた。
 
 ──難波、ゆいちゃん相手にすごいこと言ってたよね!
 ──ゆいちゃんちっとも悪くないのに、酷いよね。

 ──やっぱりあの噂本当だったんだな。霧島も、やっぱりやりマンだったんだなあ。
 ──あの顔であの性格だから、まずねえよって思ってたけどなあ。
 ──顔だけだったら清純派なのに、結局は男狂いかよ。

 どういうことかわからなかった。裸のままで天羽から話を聞くのには抵抗があったけれどもしかたない。僕は更科、天羽と一緒に男子風呂へと向かった。
 
「しっかしなあ、性格が出てるよなあ」
 そそくさと汗を流して、三人、風呂場の湯船に陣取ることにした。ここの男風呂はかなり広々していてのんびりと手足を伸ばせる。ひとりだったら何の抵抗もないのだが、隣に天羽、更科が全身堂々と伸びているのを見るとつい膝をひっこめたくなる。
「なんだよ、じろじろ見るなよ」
 視線がなんだかいやらしい。男の裸見て何が楽しいっていうんだ。
「立村は性格と身体が同じだよな、ほんっとガキだし」
「悪かったな」
 似たようなことを昨日、おとといと菱本先生に言われた。トラウマになりそうだ。
「更科はガキのように見えて肝心要のところはしっかり生えてるしな」
「へへ、その辺やっぱ俺も大人ですから」
 そういいつつ僕をまたにやにやしながら見るのはやめてほしい。僕は顔を数回洗った後に二人へわざとしずくがかかるような感じに振った。
「のぼせる前にさっきの話、さっさと言えよ」
 ちらっと天羽の全身も眺めた。この前聞いた話が頭にこびりついているせいか、顔も身体も完璧に大人だと思った。
「その前に言っとくがな、この話をもしばらしたら、お前らの一物千切るからな」
 天羽がまた目線を湯船の中の物体にそれぞれ走らせながら言う。
「それは天羽、お前もそうだろ?」
「まあな、立村、これでいいか?」
 秘密にするに決まっている。本当だったら難波も含めてその辺聞きたかったのだけれども仕方ない。僕は膝を抱えて首まで湯に浸かった。
「ややこやしい話なのか」
「まあなあ。二部構成と考えてくれ」
 天羽は僕たちを角に、角にとおびき寄せるようにして、膝に手ぬぐいをかけ、湯船の縁に腰掛けた。心持盛り上がっているように見えるのは気のせいだろうか。
「まず第一部、いくわな」

 きっかけは去年の秋頃に流れた噂だという。
「うちの学校に来た俺らの学年のある女子が、男子たちに『お医者さんごっこ』されていたらしい、という話が一時期流れたんだよな。立村、お前聞いたことねえか?」
「『お医者さんごっこ』ってなんだ?」
 話にならないという顔をする天羽。更科に振る。
「更科はわかるよなあ」
「ああ、あったねそんな噂。すっごい可愛い女子がいて、自分の方から身体をさわらせてくれる、いわゆる『させ子』みたいなことをするってさ」
「悪い、更科、『させ子』ってなんだ?」
 二人顔を見合わせるのはやめてほしい。僕はただ訳がわからないから聞いているだけだ。
「このお子様委員長、こんなことまで説明しねえとなんねえのか。つまりだな、立村、こういうことをさせてくれるわけだ」
 天羽はぽちゃんと湯船に飛び込み、いきなり腰のあたりへ手を伸ばそうとする。目的の場所がどのあたりかはわかるんで、思いっきり逃げた。
「ま、こういうことだ。わかったか立村」
「ちょっと待てよ。つまり何か? うちの学校の女子に、いくらでも触らせてくれる奴がいるってことなのか?」
 頭の中が混乱してきた。霧島さんの話のはずなのに、繋がらない。
「簡単に言っちまうと、霧島が小学校五、六年にかけて、クラスの男子たちにおさわりをやらせていたらしいという噂が、内の学校に流れたってわけだ。立村は知らなかったんだなあ」
「そんなの聞いたことあるわけないよ。けど、噂だろそれって」
 言葉が湯気の中でくぐもっているみたいだった。もう一度顔を洗い直した。
「そう、噂だ。だからさっさと消えた。第一なあ、霧島のあの性格を知っている人間が、信じるわけねえだろ? その噂にもあったんだが、その『させ子』はすんげえおとなしくて素直で言われたことは何でも言うこと聞くタイプの子だったらしいんだ。それ誰って感じで、誰も信じる奴はいなかった」
 更科もこくこく頷いた。
「全く持って大嘘もいいとこ。C組の男子たちもさんざん大受けしてたけど、絶対ありえないと決め付けてそれはそれで終わったんだよな」
「あの、いいか天羽」
 僕はもう一つ、少しずつ確認した。
「さわらせるって、肩とか顔とか髪とか、そこらへんか?」
 まさか、と頭の中を整理したかった。
「立村、お前の最初に想像したとこだ。噂の内容がもし本当だとしたら、警察もんだぜ。っていうかな、かかわった男子連中はみんな補導されるぜ。『集団暴行』か『少女わいせつ』のどっちかだ」
「わいせつ?」
「そうだ。あんまりにもあんまりな話だったんで、かえって信じたくねえって気持ちがあったのかもしらねえ。なにせあの霧島だぜ。あんなことこんなことされていたら、キャラクターもこういう感じにはならなかったんじゃないのか? もっと暗くなってるぜ。ってな」
「確かにな」
 頷いてみるのだが、どうやら話の繋がりからすると、それもありえないらしい。
「けど、ここで話になるってことは、まさかなのか?」
「そう、そういうことだ」
 更科と目を合わせて、大きく頷いた。
「よりによって、シャーロック・ホームズ様がいらしたからな」
 ──難波か?
 咽に温泉の湯気がからまってきたようだ。風呂の湯がかなり熱いはずなのに、身体の中が冷えてくる。更科が僕の顔を覗き込み、
「やっぱり、立村ショックだよな。そりゃあそうだよな。第ニ部まで聞いたらこいつ倒れるんじゃないか」
 天羽にご注進する。余計なお世話だ。額を思いっきりひっぱたいてやった。なんで天羽もそう素直に頷くんだか。
「立村、この話はまだまだ先があるんだが、かなりグロだぞ。ほんとに聞く気あるのか」
「あたりまえだろ!」
 これだけでもかなりグロテスクな気がするのだが。

「噂を耳にした難波ホームズ氏は、さっそく情報集めをしはじめたんだ。俺たちが霧島の性格を知っているために絶対ありえねえ、と決め付けたことをひっくり返したいって感じだったな。最初俺も、スケベネタの一種として知りたいと思ってたし、ホームズを応援していたってわけだ。ところが、ホームズの奴、霧島の小学校時代の友だちにまで取材を敢行しやがって、とうとう真相を突き止めた。ほら、一時期難波が五十番くらい成績落ちたことあっただろ。期末試験あたりだったか。あの時だよ」
 僕が一学年下の評議たちに関するごたごたに巻き込まれていた頃だ。申しわけないが、同学年の恋愛沙汰まで目に止まらなかった。
「冬か」
「そう、難波の奴、口も利けないほど落ち込んでたんだ。かなわぬ『日本少女宮』つぐみちゃんへの恋煩いかと俺は軽く見ていたんだがな。元気出せってことでやらしい本をコンビニで仕入れて、ぽいっと渡したわけだ。そしたらな」
 更科が割って入った。
「そん時俺もいたから覚えてるよ。『見たくねえよそんなもん!』ってすっげえ剣幕で怒鳴ったんだよな。信じられないだろ? まあかなりエロな本だったしな。けどストレス発散には一番いいことじゃないかって思ったのに」
「そうそう。でもって俺も、難波の様子が単なる恋わずらいではないってことに勘付き、何度となくあいつを締め上げたってわけだ。これも最初は堅物ホームズを柔らかくしてやっかっていう友情のしるしだったんだがな。今年の二月くらいになってあいつがとうとう、口を割った」
 ──口を割った?
「あれは本当のことだった、ってな」
「ちょっと待てよ天羽、俺にも言わせろよ」
 難波がなぜそこまで調べる気になったのか、その辺がわからない。この前、霧島さんに関する話し合いの結果、難波は恋愛感情に近いものを持っているらしいということはわかった。でも、その前にやらかした行為はどう考えても、行き過ぎだ。なんで小学校にまで行く必要がある?
「難波、なぜそんなことをしたんだよ」
「あれはどうしようもねかったんだって言ってた。ホームズが元祖・シャーロックホームズとしての行動力および洞察力を発揮することができたのは、霧島に関することだけなんだって俺も思ったよ。あいつ、霧島のことになると、自分でもどうしていいかわからないくらい動いちまうらしいんだ」
「動くってなにをだよ」
 更科に目隠しされ、すぐ離された。
「つまり、気になるってことだよ。キリコ情報限定のアンテナがぴぴぴと反応するんだ。推理小説の途中『読者への挑戦』ってあるだろ? あんなのまっとうに解いたことないくせにさ、キリコにだけは別なんだ」
「けど、そこまでしてなぜ知りたがる? だってさ、もしもだよ、それが本当のことだったとしても、今の霧島さんには決して言われたくない過去だと思う。何かの偶然とか、事情があって、誤解されただけかもしれない。本当のことだとしても、今の霧島さんはそれを素直に反省して今のようにやっているのかもしれない。難波がそんな、調べる権利ないだろ」
「立村落ち着け。とにかく難波は、霧島に関する情報を一式手に入れた。で、あいつが『おさわり』を小学五、六年の頃に、クラス男子全員の前でやらせていたという事実だけは確認したんだ」
 天羽が自分の股間を手ぬぐいの上から何度か叩くしぐさをした。
「ちくしょう、落ち着けっての」 
「立村、お前も鼻血出すなよ」
「出すかよ! けど、それ知ってどうするんだよ? 仮にそれが本当だったとしても、難波にはどういうメリットがある?」
 背筋が寒くなった。難波のめがね面が浮かび、思わずむかっとくる。
「真実をとにかく知りたかったと難波は言ってた。俺たちもそこまで言ったからには全て教えろって要求したところ、以下のような事情が判明したわけだ」
 上半身と下半身の反応は、気持ちとは裏腹だ。僕はさらに膝を抱えて、湯船の中から話を聞いた。
「まず、小学校時代の霧島は今と違ってめちゃくちゃおとなしいお嬢さまだったらしいんだ。おつむの程度は相変わらずだったけどな、やっぱりロリコンチックなあのお顔とかがかなりみなさん気になってしまったらしくって、しょっちゅう髪の毛引っ張って遊んでた。ていのいいいじめってやつか? 難波の調べた相手によるとほのぼのとした感じで『ああ、いわゆる好きな子をいじめるって奴かなあ、懐かしいなあ』というお言葉だったらしい」
 ──人間として最低じゃないか!
 僕も思い当たるふしがある。ちょっかいかけるほうがもしかしたら善意かもしれないが、されるほうからしたらたまらなく迷惑だ。そんなこともわからないのか。
「とにかく霧島はそういう特別な存在だったってことだ。そしたらある日、知らん男に声かけられて、写真を取ってくれるというのを信じきって、その男のアパートに通うようになったんだそうだ。その男、いわゆる『少女写真』ってのが好きな奴だったらしくて、近所の小学生女子たちにお菓子を与えては、ねらい目の女子を引きずり込んでお写真撮りまくりだったらしい。霧島はそいつに目をつけられたんだ。クラスの女子たちを言いくるめ、霧島をひとりでアパートに通わせるように言い、おつむの弱い霧島は素直に写真撮影を喜び、いつのまにかやばい写真が山のよう。結局そいつは別の事件で捕まったんだが、その時に大量のやばやば幼女写真が出てきたんだそうだ。その中でも一番すごかったのは」
 天羽は言葉を切った。
「嘘だと思うだろうが、難波は現物見たからな」
「なんだよそれ」
 更科も決まり悪そうにうなだれる。
「霧島の写真集が、青潟限定の裏ものとして出回っていたらしいんだ。それこそな、霧島タイプの女子が好きな集団のために、ちゃんと製本して、立派な感じで、エロ本用の自動販売機に並んでいたんだそうだ」
 ──嘘だろ?
 信じたくない。グラビア写真集の中にいる女の人たちは、写真の中だからこそ妄想できるけれども、もしそれが生身の人間だったとしたら? しかも、知っている女子だとしたら? 
「内容は、どんなだったんだ」
「いわゆる、『不思議の国のアリス』。ふわふわした服きて、帽子かぶって最初はきゃいきゃいと花を摘んだりしているらしい。最初のうちはいわゆる、うちの子の記念写真集って感じだったらしい。ちっともエロでない。ところが、奥に行けばいくほど、すごいことになっていって最後には!」  息を呑んだ。
「難波曰く、『スカートをそのまんま持ち上げてすっぽんぽんのところを取られている』写真があったらしいんだ。その他尻捲り上げて野ションしているところとか、野原で寝てるところとか。俺ロリコンでないしわからねえけど、そういうの好きな奴はよろこぶかもな」

 難波がさっきわめいた言葉。
 ──また、スカートの中に手、突っ込まれて脱がされるぞ!
 あの時は単なる八つ当たりにしか聞こえなかった。
 ずいぶん露骨なこと口走るな、と思った程度だった。

「そういうことだったんだ」
 それしか言えず僕は一度、膝を抱え直した。
「そ、とにかくその事件に巻き込まれたってことは、キリコは被害者なんだ。あいつがもう少し回りを見ていればとか、親になんで相談しなかったのかとか、さんざん攻め立てたらしいけれども、なにせキリコだろ? どうやら全然覚えていなかったらしいんだ。なんでも、『私何にも悪いことされてないよ。お兄ちゃんと一緒に写真撮っただけ。パンツ? 脱いだ方がすぐおしっこできるからいいって言われたから脱いでそのまんまだったの。お兄ちゃんといるといつも、おねむになるの』みたいなことを警察に言ったらしい。あ、この辺の情報は後日、キリコの弟くんから聞いた」
「被害者に決まってるだろうが!」
「けど、結局キリコは何にも自分のされたことに気付いてないんで、どうしてロリコン野郎が捕まったのか理解できない。一方キリコの家族は、自分の娘がやらしい写真を撮られたっていう証拠があるのに、なぜ娘が頑なに嘘言うのかわからない。このあたりかららしいよ。あのうちの家族の葛藤は」
「証拠があるんだな。それは本当なんだよな」
「あたりまえ。だから警察はロリコン男をさっさと捕まえたんだよ」
 更科は大人びた口調でさらに続けた。
「けどさ、なんっていうか、やっぱり俺たちから見ても、全ての発端はキリコが馬鹿だったことに尽きるなって感じだろ? 小学一年のガキだって、知らないおじさんについてっちゃだめだってこと、わかるだろ? それを小学四年だぜ。しかも自分が何されてたかなんて全然気が付いてないなんてさ。被害者かもしれないけど、もう少し身を守る方法あっただろお前、ってつっこみたくなるよな」
「どんな相手だったんだそれ」
「知らねえよ。たぶんお前の父さんがらみの『週刊アントワネット』の青潟女子児童わいせつ写真事件あたりを探してみたらわかるかもしれねえよ。難波は青潟市外の図書館に行って調べたらしいがな」
「な、なんでそんなことする?」
 難波の執念がわからない。
「さあな。とにかくキリコは写真こそバリバリ撮られたものの、無事保護されたってわけ。けど近所はやっぱりなあ、キリコがどういう教育されてるのかとか、頭が弱いんでないのとか、いろいろ言われ続けたってわけ。キリコ本人よりも、親だな。なによりも。一番まいっちゃったのがお母さんらしくってな。弟くん言ってたよ。キリコのせいで家族がばらばらになったって」
 ──恨みか。
「キリコがもう少し常識もっていれば、さらにあんなこともなかったろうってな。これから第ニ部」 「まだあるのかよ!」
 思わず大きな声を出してしまい、向こう側でたむろっていた奴らがこっちを見た。天羽に思いっきりはたかれた。

「何はともあれ、問題は片付いた。霧島もふつうの生活に戻った。けど、噂はあっという間に広がっちまって、あいつは救いようのないおばかな被害者として扱われるようになったと。その辺は異存ないな。自分の方からエロ写真撮られに行ってるわけだからなあ」
「いや、本人がわからなかったんだったらしょうがないよ。それを責めたらかわいそうだろう」  僕の反論を全く無視、天羽は膝に手を置いた。
「立村、お前もしだぞ、クラスの女子、たとえば清坂あたりが同じ目に遭ったとしたらどう思う?」  ──どう思うって。
 口篭もる。答えを強要はしなかった。
「もちろんかわいそうなことになったなあって思うけどその一方で、どういうすっぽんぽん写真だったんだろうって気にならねえか?」
「それは侮辱だぞ天羽!」
 声が荒立った。まあまあ、と更科が泳ぐように割って入る。
「例えだ例え。とにかくだ。霧島と同じクラスだった男連中はそういう想像に燃えてしまったわけだ」
「じゃあ一種のいじめなんかしだしたのか?」
「もっとたち悪い」
 天羽は一緒に肩まで浸かり、更科の側でささやいた。
「話がここで戻るんだ。『おさわり』をやらせてもらえないかと要求し、叶えられたという、そんだけ」
 お互い、何を想像していたのか。僕は膝を抱え直すと同時に、激しく後悔した。  ──おさわりって、まさか。
 ──嘘だろ? そんな叶えられたって?
「五、六年までそれは続けられたんだと」 「けどあの霧島さんが、いくらなんでもそんなこと許すわけないだろ?」
「キリコはばかだったんだ。ほんっとに救いようのないくらい」
 冷めた口調の更科が補足説明する。
「もちろん、今のキリコはそんなこと要求したら半殺しの目に遭わせると思う。その辺は成長したんだと思う。けど、五、六年くらいの頃のキリコは全然すれてなかったらしいんだ。クラスの奴ですっげえ頭いい奴がいて、うまくキリコに取り入って、そのままはいどうぞ、ってことで自分から触ってもらえるように仕向けたらしい」
「けどそれって犯罪だよな!」
 声を立てられない。自分でもわからずに腹が煮え繰り返る。
「そう見えるけど、キリコは自分からそうしてくれって言ったらしいんだ。俺からするとたぶん、あいつのお得意で勘違いするかなんかしたんじゃないかなあとは思うんだけどさ。けど他の奴らからしたら関係ねえよな。クラス男子のひみつの『おさわり』会は二年近く続けられたらしい。けど、それをキリコ、とうとう告発したんだ」
 当たり前だ。当然だ。僕は声がもう出ない。
「青大附中に霧島が受かって、妙に自信がついてしまったらしくって、いきなりクラスの男子たちを相手に『私はなぜあんなことをされていたのかわからない、どうしてですか!』と、新生キリコが誕生しちまったってわけだ。それまではずっと何も言わないでぼんやりしていて、自分がやらしいことされているかどうかすらわからねかったらしいあいつが、突如目覚めて、本当のことを言い出した。担任も、親もびっくりだ。卒業間際になってすっげえ大騒ぎになったんだ」
「それは当然だよ! 俺だってそんな話聞いたら許せないって思うよ」
「だけどもしかし、それはあっさりと、キリコの狂言なんだって結論で終わったらしいんだ。これ以上の話は難波と、キリオくんからの情報な」
 周りにはまだ男子連中、風呂に入りにきているやつらが少ない。僕は唇を噛みながら、こぶしを握り締めた。

「『おさわり』は霧島自身がやってほしくて男子たちに頼んだのだ、と訴えたらしいんだな。クラスの男子どもは。それをキリオくん、現場で何度か見て確認していたらしい。男子たちももちろん、多少は股間を膨らませたかもしれねえけども、本人がそういう目的なんだからしゃあねえなあってことでしたんだと泣きながら訴えたらしい。それでも霧島側は激しく食ってかかったが、最終的に止めたのはあいつの親だったんだ」
「親?」
 天羽の言うことが理解できない。霧島さんのされたこと……「おさわり」は僕からしたら、どう見てもひどいいじめだ。もちろん霧島さんが騙されたのだろうし、もしかしたらそれは遊びの一種だと勘違いしていたのかもしれない。まだ小学校の頃だったらそういう男女の意識もないかもしれない。それこそ、一緒にプールに入って遊ぶような感覚だったのかもしれない。でも、二年近くも続けるなんてばれないほうがおかしい。僕が男女の差みたいなものを感じたのはやはり五年くらいの頃だったし、もちろんスカートの中に手を入れることなんて非常識以外のなにものでもないと思っていた。全く考えたことすらない。もし清坂氏や杉本が……考えるだけで煮え繰り返らんばかりなんだが……とにかく顔見知りの女子であろうが、顔を知らない子であろうが、同じことされたら僕は同じ怒りを覚えるに違いない。人間として、それはやっちゃいけないことだ。そんなこともわからないのか!と叫びたい。訴えた霧島さんは当然のことをしたのだろう。
「そ、親はせっかくキリコが青大附中に入ったんだから、ことを荒立てたくないと思ったらしいんだ」
 更科も僕と同じように湯船の中で膝を抱えた。
「『お医者さんごっこ』は確かに悪い。けど、それを早い段階でなぜ、『いや』といわなかったのか。そのあたりをキリコはかなり叩かれたらしい。男子側はキリコが喜んでしているからお付き合いしただけであって、もしいやだと言ってくれたら絶対しなかったって訴えたらしいんだ。それこそ自分からパンツを下げたってな。それに例のロリコン写真集のこともあっただろ? ロリコン写真集でいやあんな格好を撮られたことを認めようとしないキリコに、親たちはたっぷり恥をかかせられてきたわけだ。そういうエッチなことに巻き込まれたのが一度だけじゃない、二度も、しかも学習能力ゼロってことをだ、繰り返したわけだ。悪いけど俺も、キリコはほんと、小学校時代馬鹿の極地だったんだなって思ったよ」
「だからか。親はなあなあにしろってったのか!」
 霧島さんの気持ちはどんなだったか、僕にはやりきれないほど伝わってくる。天羽も更科も、「パンツを下げた霧島さんが悪い」と言い張っているけれど、僕からしたらどちらのケースも勘違いから発した出来事としか思えない。もちろん本人に確認したわけではないしする気もない。でも、彼女には彼女なりの言い分があったのだろう。小学校時代の痛みは、いじめではなくて単なる遊び、友情の派手な現れ、そういう言い分もあるだろう。でも、やられた相手にしてみれば殺してやりたいくらいの憎しみが残って当然だろう。周りからは「そんなことくらいで」というかもしれない。確かに今の僕ならばそう言い聞かせることができるかもしれない。でも、あの時受けた悔しさや絶望に嘘はない。善意かもしれないけれど、僕にはどう考えても悪意としか感じられなかった。大多数が「善意」「友情」と訴えるならば、僕はただ黙ってうなだれるしかない。気持ちだけ、引きずるだけだ。
 ──霧島さんも、同じだったんだな。
 今まで僕と一切接点のないタイプの人だと思っていた霧島さん。
 涙がにじみそうになってきた。こんなこと、しばらくぶりだ。感情が高まってくる。
 
 もう止められなかった。言葉が湯口から流れるくらいに太くたっぷり流れ出してくるのが自分でもわかる。
「立村、俺もあいつが哀れだとは思うさ。けどな」
「けどすでに終わったことだったら、知らんふりどうしてしてやんないんだよ。 それ違うんじゃないか? だって許せないだろ、されたのが霧島さんじゃなくたって誰だって許せないよそれは!」
「とにかく学校側も親もうまく話し合って、新生キリコ発言はなかったことになったってわけ。卒業間際だったしね。学校側は問題が大きくならないですんだし、キリコの親は娘がこれ以上恥をかかないですんだし、クラスの男子連中は言い訳ができたし、いいこと尽くめ」  割り込みたい。納得いかないものがある。そんないいこと尽くめなんてこと、あるわけないじゃないか。
「けど親が黙っているってのは絶対変だよな。仮にも自分の子どもだろ? 気付かないうちにひどいことを二回もされてて、たまたまそれが悪いことだって気付かなかっただけなのに、それが悪いから泣き寝入りなのか? そんなんだったら悔しいに決まってるよ。天羽、更科、お前らもそう思わないのか? お前らが親だったら、かばわなくちゃって、思わないのかよ!」
 ふたりが顔を見合わせた後、大きくため息をつき、一緒に顔を洗った。
「霧島さんが馬鹿だっていうなら、難波の方が大馬鹿だ! そんなにまでしていやがらせしたかったのか? 相性が合わないのかもしれないけれど、そこまで相手の辛い記憶をひっぱりだして、そんなにまでしてどうして霧島さんにこだわるんだよ! 好きでないんだったらあっさりと知らんぷりしてやればいいのに、なんで相手が嫌がるようなこと平気でやるんだ? 俺がガキならそれでいいさ。けど難波のやり方は『おさわり』会やらかした連中と同じくらい卑劣だと思うぞ。今の話、難波が仕入れてきたネタなんだろ? そんな知らなくたっていいことを天羽や更科が知っているってだけでも霧島さん傷つくよきっと。難波の奴、一体何考えてるんだよ!」
 口に入ってきた温泉の湯を吐き出しそうになりながら、言い捨てた。

「立村、そう怒るなよ、話聞け」
 天羽と更科は顔を見合わせた。僕もなぜこんなに口汚く難波のことを罵ってしまったのか、わからない。
「それよか『思いっきり破廉恥なことされてるのに全く気付かなかった』キリコの方に腹が立つってのも、あるんだよな」
 天羽は手ぬぐいで隠さずに立ち上がり、ゆっくりと僕を見下ろした。
「ほんとは難波が立村みたいな考え方すれば、すべて納まるような気するなあ。そう思わねえか、更科」
「うん、ほんと、そう思う」
 わけわからないことを言い捨ててここで話は終りにするつもりか。僕は天羽の手ぬぐいを強引に引っ張った。見たくもないものが顔に突きつけられるがそんなのかまやしない。
「もっとわかりやすく言えよ」 「あのな立村」
 今度は更科が側に来て、ぴちゃんと水を頭にたらした。
「ホームズの奴、さっきキリコと言い合いした時、確かに言ってたの覚えてるか?」
「何をだよ」
「さっきキリコに訂正されてたとこ」
 ──また、スカートの中に手、突っ込まれて脱がされるぞ!
 耳もとにささやかれ、またかっとなりそうになる。
「今のキリコはきっと、自覚しているんだと思う。だからあんな風にきっぱり答えたんだな。隠し事する気ねえみたいだな」
「けどそれで言っていいってわけじゃあないだろ!」
「立村、よく考えろよ」
 天羽は、ゆっくりと「また、スカートの中に手、突っ込まれて脱がされるぞ!」と繰り返し、
「難波の奴、霧島が自分から喜んで脱いだなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだ。すべて調べ上げた今でも、あいつ、その考え一切変わってないんだ。ホームズにしては、公平を欠いてる判断だけどな」
 手ぬぐいをひったくると、僕の頭に三つ重ねにしてのせた。
「上がろうぜ、立村。このこと、難波には内緒な。あいつ必死に隠してるけど、霧島のこと、もう俺たちにはばればれなんだ」

 それからどうやって部屋に戻ったのか、正直なところ覚えていない。
 ──また、スカートの中に手、突っ込まれて脱がされるぞ!
 ──ひとつだけ間違い言っとくわ。下げたのは、私の方からよ
 
 ──俺の感じ方って、やっぱりそんなに変なのか? 天羽、更科。
 ──なんで、気付かなかったことが悪いって決め付けられるんだよ!
 ──傷ついたことは同じだってのにさ!
 自覚できなかった傷が後で痛んだとしても、それは付けられたことに気付かなかった自分が悪いんだろうか。

 グラビア写真の中にいる女の人たちは、みな、クラスの女子たちと同じく呼吸している人たちだってこと、どうして僕は忘れていられたのだろう。同室の連中には悪いけれども、その夜、エロ話に盛り上がる気力はなかった。
 
 
 

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