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〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
とらぶるめーかーず」 番外編

蘇る過去の記憶 1★NEXT


   作:空露 澪さま


 

 一九九七年正月、俺は実家にも帰らずマンションの自室でひたすらパソコンとにらめっこをしながらキーボードを叩いていた。
 これでも、ホームページを開設しているのだ。競馬……俺が大学時代、熱を上げて応援していた馬、現在は種牡馬となっている…… メジロライアンを応援するホームページだ。名付けて、メジロライアン大事典。
 メジロライアンとはクラシックでは一番人気になりながらも、惜しくも勝ちきれなかった競走馬だ。しかし、翌年の宝塚記念でそれまでの鬱憤を晴らしたのだ。
 その後、故障により引退し、昨年の阪神三歳牝馬ステークスでは初年度産駒、メジロドーベルが勝ったし、ラジオたんぱ杯三歳ステークスでは メジロブライトが勝った。今年のクラシック、牡馬も牝馬も有力馬が出て非常に楽しみだ。 今の日本の競馬界は輸入種牡馬全盛の時代で、内国産種牡馬で成功する馬は少ない。そんな中、メジロライアンは内国産種牡馬期待のエースとして周囲の期待を 良い意味で裏切ったと言っても良いだろう。
 ライアンの活躍で、俺のホームページも徐々にアクセス数が増え、初年度産駒であるドーベル、ブライトのファンも訪れるようになった。
 年末は仕事が忙しく、掲示板のレスも出来なかったので今、こうしてレスをしているところなのだ。
 一つ一つ、レスを返す。掲示板荒らしでもない限り、書き込みをするのはライアンや産駒たちのファンなので、 俺もそれなりに丁寧にレスは返す。
 そんな中、初めての訪問者であるHollyhockさんという人の書き込みがあった。
 しかし、インターネット初心者なのか? 普通、こんな事書くか? といったプライベートな事柄を書いている。
 自分が獅子座のA型の女性とか、元彼がメジロライアンのファンだったとか、京都に住んでいるだとか。メールならまだ俺だけが読むのだから良いのだが、 掲示板に書くのはちょっとまずいだろうという内容。しかも、俺がどこに住んでいるのかまで尋ねている。
 悪いが、パスワードを打ち込んで……削除、と。
 しかしながら、Hollyhockさんの書き込みログを取っておいて、メールを出す事にした。
 失礼の無いように、タイトルは「申し訳ありませんが、あなたの記事を削除いたしました」とした。
 本文を打ち込む。
===========================
 hollyhockさん、初めまして。メジロライアン大事典のライアンの息子です。
 この度は、うちのホームページにお越し頂きまして、有り難うございました。
折角、掲示板に書き込んで頂いたにもかかわらず、不本意ながら削除せざるを得ませんでした。
 理由は、hollyhockさんのプライバシーが公表される事を恐れたからです。
あの書き込みの内容では、hollyhockさんが独身女性だというのが一発で分かってしまいます。
元彼の存在を書くというのはかなりまずいと思います。 今は彼氏がいないのかと考える悪意ある連中が肉体関係目的で、hollyhockさんに近付く事を危惧するのです。
 それと、滋賀県に近い京都市というのも住所を特定する手がかりになってしまいます。
 実は、俺の実家はもろ、滋賀県に近い京都市です。
もし、元彼と連絡を取っているなら俺に紹介して欲しい、一緒にメジロライアンの産駒を応援したい、 と言いたいところですが、多分無理ですね。この俺も昔、学生時代に結婚まで考えた彼女が居たのですが、 向こうの両親の反対に遭って泣く泣く別れました。それ以来、彼女に会ったのは一度きりです。 彼女は俺の親友との婚約が決まっていましたし、今頃はもう彼の奥さんになっていると思います。
 メジロライアン及び、メジロブライト以外のプライベートな話題はメールでした方が良いと思います。
 けれども、これに懲りずにうちのホームページには遊びに来て下さい。 俺はhollyhockさんと一緒にメジロブライトを応援したいと思っています。
実は、この度チャットを設置しました。今のところ、荒らしの被害に遭わないように、隠しページにしています。
良かったら、午後11時以降にチャットに訪れてみて下さい。その頃に、俺も顔を出すつもりです。
 それでは、この辺で失礼いたします。

 ライアンの息子 mejiroryanjunior@xyznet.or.jp
「メジロライアン大事典」 http://www.xyznet.or.jp/~mejiroryanjunior/

P.S. チャットの直通URLです。
http://www.xyznet.or.jp/~mejiroryanjunior/cgi-bin/chat/index.cgi
===========================
 メールソフトの送信ボタンを押した。上手く、送信されたようだ。
 次の日の夜、俺は自分のチャットに入室し、何気なしに独り言を打ち込んでいた。
 暫くして、「Hollyhockさんが入室されました」というメッセージが出た。早速俺は挨拶を打ち込み始める。
──こんばんは!(^^)>Hollyhockさん
 スマイルの顔文字を入れるのは、歓迎の意味を込めてである。
──こんばんは、お邪魔します>ライアンの息子さん
──もしかしたら、メールでお気を悪くされたのではと思って心配していました。
──いいえ、こちらも申し訳ありませんでした。
 言葉遣いからして、多分大人なんだろう。いつだったか、渋谷で若者向けの店に入った時、店員がタメ口だったのには閉口した。
──Hollyhockさんはいつ頃からメジロブライトのファンに?
──デイリー杯からです。実は、ちょっとミーハーな理由で(^^;;
──ミーハーな理由って何ですか?
──実は、中学の頃に騎手を目指していた同級生が居ました。でも、それから大きくなって諦めたそうです。
 騎手か……俺だってそんな事考えていた時期もあったよなあ。
──中学生の頃は、急激に男子は身長が伸びますからね。俺も中2の頃から急に背が伸びて、今は178の70ですからとても騎手なんて無理です。<身長と体重
──騎手は50キロぐらいじゃないとなれませんからね。
──ところで、Hollyhockさんに体重を尋ねるのはさすがに失礼なので、身長はどのくらいですか?
──私は157です。
 ところがこの後、どういう訳か、荒らしが進入してきた。しまった、チャットのパスにダミーのインデックスページを入れ忘れた。
 しかも、この荒らしめ。この俺ですら、ネットでは書かないような卑猥な言葉を書き込み、Hollyhockさんをナンパしている。
 それで、俺は彼女をチャットから退室するように指示して、それと共に、設置したチャットを丸ごと削除した。
 不特定多数の者に見られるから、むやみに個人情報は書くべきではない、というのを俺は身をもって知った。
 けれども、俺はHollyhockというハンドルネーム、彼女の個人情報でまさか、という考えが頭をよぎった。
 もう、二度と会ってはいけないと思い、必死に忘れようとしていた俺の学生時代の恋人だった彼女が……。
 星田葵(ほしだあおい)。
 ハンドルネームのHollyhockとは日本語に訳したらタチアオイと辞書に書いてある。獅子座のA型、家が京都。 元彼はメジロライアンのファンだった……って、元彼って俺の事だが。
 葵の両親は医者で、しかも総合病院を経営している。俺との結婚を反対されたのも、俺が経済学部に在学していたからだった。 そこで知った、葵の両親の本音。
──葵には医学部に在学する幼馴染で俺の親友でもある神城康行(かみしろやすゆき)と結婚して欲しい。
 Hollyhockさんには泣く泣く別れた、とメールに書いたのだが、実際の所は猛反対されて俺が激昂し、 俺の両親もプライドを傷つけられて怒り出したし、俺自身も葵の両親、そして葵自身をも憎んだ。
 その後、葵は寂しさから康行と寝て、それを知った葵の両親は康行と婚約させたのだ。康行の卒業を待って結婚するという話らしいが、 俺は康行には悪いものの、葵を祝福する事は到底出来ない。結婚するときには康行に祝いは送るものの、式には出席しないと伝えた。 康行は深く事情を問いただす事もなく、俺の気持ちを察してくれたのか了承してくれた。
 葵から離れたいと思い、就職先に東京に本社がある企業を選び……後に実家の店を継ぐ予定だがいわゆる武者修行だ…… 卒業と共に上京した。それから一年ちょっとして、長期休暇で帰省した際、康行から葵の両親が俺に話があると伝えてきた。
 葵が勤務先の上司と不倫をしていると……。
 康行が医師国家試験の勉強に追われている時に、ふざけんなと葵に言ってやりたかった。あいつは滅茶苦茶お人好しで、 とんでもない堅物だが、葵の事は大事にしているのが……それが、恋人同士という関係じゃない時でも……この俺の目から見ても解る。
 葵の両親に会って、話を聞いた。葵を説得して、不倫を止めさせて欲しいと俺に頼んできた。最初、俺は冗談じゃないと思い、断った。
 散々うちの両親を馬鹿にして、こんな事態になったら俺を頼るのかと言い返したかった。実際の所は、丁重に断ったのだ。 本当なら、怒鳴り返してやりたかったが、いい歳して文句も言えまい。
 断って葵の実家をあとにしたものの、帰りに葵が中年男と腕を組んで歩いているのを見て、俺はやめておけばいいものを、つい追跡してしまった。
 その結果、その男の嫁さんも出てきて、葵をせめて修羅場になるし、俺は結局仲裁に入るなり、葵をひっぱたいたのだ。
 結局、その後、俺は葵とは会っていない。康行とも連絡を取りづらくなり、年賀状の義理厄介的なやりとりしかしなくなった。
 学生時代の俺と葵との関係はまさに紆余曲折であった。くっついたり、喧嘩したり、時には別れたり……。
 医者の娘、しかも男兄弟無しの長女でありながら、諸事情により医学部に進学しなかった奴だが、 当時の俺は、葵には俺がいないと……などと思っていた。一人っ子ではなく妹がいるから、妹が病院を継げばいいぐらいに俺は考えていたが甘かった。
 プロポーズした頃、丁度バブル経済が破綻した時期で不景気のこのご時世にスポーツ用品店なんかに嫁にやれるかと言われたのだ。
 兄貴はいるが、実は俺のいとこで養子なので今は銀行マンとなり、オクテの兄貴が大学時代に一目惚れした俺の元同級生、 綾織遥(あやおりはるか)と結婚した。遥は今は主婦業の傍ら、大学院に在学しながら司法試験の勉強をしている。
 俺はHollyhockさんにチャットを削除したお詫びと、京都金杯でオフしようという誘いのメールを送った。
 一月五日、正月休みの最後の日だった。メールに書いた通りのスタジャンにジーンズ、それでもって、雨降りだったものだから 傘を差してパドックの前でひたすら彼女を待った。一方的に俺が日時と場所を指定したが、彼女からの返事はこの日までに来なかった。
 ただ、メールのレスが来なかった事からも想像出来るように、俺は待ちぼうけを喰らい、馬券は的中させたものの 一人でウイナーズサークルに現れた前年の皐月賞馬、イシノサンデーを見る羽目になった。
 しかも、この年の一月五日は日曜日であった為、車で競馬場まで来た俺は大失敗。G3レースでありながら、 さながらG1レースの如き帰りの駐車場の混雑ぶり。駐車場から府道に出るまでですら、一時間半ほどかかったのだ。
 二度と重賞開催の日は車では淀へ来ないと運転席で誓う俺がそこにいた。
   

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