馬に描かれた館HOME
青潟大学附属シリーズ図書館HOME

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21(最終章)


〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
とらぶるめーかーず」 番外編

BACK蘇る過去の記憶 12★NEXT


   作:空露 澪さま


12

 一応、手術の傷跡の方は抜糸も済ませ、管の方も外された。晴れて自由の身になったものの、俺の有給休暇を完全消化出来る期間は 管理入院という形になった。そんな訳で、今回は菊花賞も見に行けない。エリザベス女王杯は退院直後当たりになるだろうから、 病み上がりの身で見に行くのは少々辛いかもしれない。まあ、これはドーベルが出走するかしないかに任せよう。
 会社関係では上司とか同僚が一応見舞いに来てくれたものの、当たり障りのない話だけで終わった。両親だって三日に一度程度だ。 友人関係はみんな仕事を持っているし、遥にしても司法試験が合格しているかどうかというので俺の見舞いどころではない。 そういう訳で、俺が一番顔を合わせるのは毎日仕事を終えてから来てくれる葵だけだった。
 ちなみに、入院以降更新が滞っている俺のホームページ、メジロライアン大事典は葵がHollyhockとして、掲示板に諸事情により 更新ができないのでご了承下さい、とライアンの息子からの伝言として書き込んでくれたそうだ。
 菊花賞二日前の金曜日、葵は仕事を終えてすぐに駆け付けてくれた。土曜日用の競馬新聞を持っているが、G1なので金曜日には既に枠順が発表されるのだ。 当然、一面に書いてある。
「繁、菊花賞の枠順が発表されたよ。メジロブライトは七枠十四番」
「へー、見せて」
 葵から競馬新聞を受け取り、出馬表に目を通す。二冠馬、サニーブライアンは骨折の為に三冠馬になる権利を既に失っているし、 ランニングゲイルも秋はトライアルの時点で回避が決まっている。距離適性に問題のあるエアガッツとかサイレンススズカは別路線に進んだ。 春から知っている有力どころではメジロブライトの他にはダービー二着のシルクジャスティス、皐月賞二着のシルクライトニング、 トライアルの神戸新聞杯と京都新聞杯を連勝して飛ぶ鳥を落とす勢いのマチカネフクキタル、あとはエリモダンディーにトキオエクセレント、 三歳時には大物と呼ばれたものの骨折で泣かされたヒダカブライアン、皐月賞に出走し、セントライト記念を勝ったシャコーテスコ……。後はデビューが遅れた登り馬。 セントライト記念で二着したダイワオーシュウ、京都新聞杯で二着したパルスビートに四着だったステイゴールド……。 けれども、まあ、メジロブライトが恐れるべき相手として指名出来るのは先着を許した事のあるシルクジャスティス&ライトニング、マチカネフクキタル、 残りの一頭は未対戦のダイワオーシュウだ。
「とにかくさあ、ブライト、ジャスティス、ライトニング、フクキタル、そしてダイワオーシュウのボックスでいけ。 菊花賞って騎手の腕が関係するやろ。けど、ここへ来てライトニングが武豊とはなあ……」
「っていうか、ブライトとマチカネフクキタルの馬連一点で良いんと違うの? あたし……悪いけどアンチシルクジャスティスやから。 それに、シルクライトニングは京都新聞杯で六着だったんだよ。あと、ダイワオーシュウなんて知らんもん」
 馬券は好きとか嫌いとかの問題じゃないと思うのだが。
「馬券に情を含めへん方がええと思うけど。やたらとブライトに熱を上げてるけど、要するに恋は盲目ってやつと違うか?」
「あんたに言われたくないっ! 秋華賞でドーベルの単勝を間違えてドーベルとマーチの馬連を買うただけで怒ってた人に……」
「ドーベルは別。変な話、確かに……俺はドーベルに恋をしてるのかもしれへん。お前だってはっきり言うて、恋人はブライトやろ?」
 言い返せず、言葉を飲み込む葵。変な話、『馬なり一ハロン劇場』ではメジロドーベルの活躍のおかげでメジロライアンが親馬鹿馬として登場してくれるのだから、 ホントにメジロドーベルには感謝している。メジロブライトが出てきてもあんまり父、メジロライアンと関係する話がないのだ。
 とにかく俺は、メジロドーベルに対してはやたらと入れ込んでしまうくせに、何故かメジロブライトに対しては少々覚めた目で見る事ができていた。 それが葵の場合、俺とは正反対でドーベルには比較的冷静な見方をできるにもかかわらず、ブライトには本来の実力以上に買いかぶっている。
 もしも、今年ダービーにメジロライアン産駒が出走していなかったら、間違いなく俺はオークスで府中遠征していただろう。というか、実際そうすればよかった……。
 そこへ、看護婦さんが俺の夕食を持ってきてくれた。一応普通食になったものの、相変わらずまずそう……。
「繁、あたしなら気にせんと食べて。お茶、入れてきてあげるよ」
「頼む」
 葵は俺のポットを持って、廊下へと出た。年寄りの為に柔らかめに炊いているのか、やたらべちゃっとした御飯に、 単にキャベツを茹でただけのような煮浸し、焼いた鯖に、豆腐の入ったみそ汁。いくら納豆以外に嫌いな食い物はないと公言している俺でも、 これほどまでに華やかさのないメニュー……食器だって安っぽいプラスチックだ。食い気が張っているとよく言われる俺だが、 これでは食欲も起きない。お約束の如く、味付けは薄すぎる。普通食なのに減塩食じゃないのかと思うような味付けで、 いつも食べ終わって食器をワゴンに返しに行けば、大半の患者が食べ残しをしている始末だ。
 しかしながら俺は手術後で、しかも完治させる為という目的で病院食以外の食べ物を食べる事を禁止されている。 おかげで俺は、今朝、体重測定で体重を量ったところ、六十キロに痩せていた。
 葵が戻ってきて、湯飲みに番茶を入れてくれた。
「サンキュー」
「繁、食べへんの? まあ、仕方ないか。……美味しくないものね」
 さすがに入院経験のある葵は病院食の味を知っている。少々同情気味の表情をしてくれている。
「変な話……できたての温かいおかずが食いたい。でもなあ、差し入れしてもらってばれたら怒られるし……。 お袋はそれ知ってるから、差し入れもしてくれへん。入院前はつい、外食とかコンビニ弁当メインになってしまってたしなあ……。 絶対退院の時にアンケートに書いてやる。おかずを冷めないように持ってきてくれって」
 何気ない俺の愚痴だった。一応食い終えた後の食器は葵が返しに行ってくれて葵はそのまま帰ってしまった。 ただ、少々気に掛かったのは葵がやたらとメジロブライトの肩を持つ発言をした事で、俺はつい茶化してやりたくなってしまった。 その後の葵は平静を装っていたにもかかわらず、かなりムッとした葵の感情を俺が感じとってしまった。
 次の日、土曜日にもかかわらず五時半になっても葵は来なかった。昨日まで、毎日夕食時間の六時前には来てくれていた葵が来ないと、妙に気になってしまう。 やはり、昨日の発言で怒っているのか……。
 看護婦さんが夕食を持ってきてくれた。しかし……殆ど精進料理と言うべき献立だ。
 仕方がない、食べよう……。テレビでニュースを見ながら、虚しく夕食を取る。
 と、そこへベッドを仕切っているカーテンがいきなり開けられた。
 葵だった。いつもは持っていない紙袋をぶら下げながら、カーテンを閉めた。
「繁、もう食べていたんだ。遅くなってごめんね。これ……あたし、肉じゃが作ってきたの。あんまり濃い味付けにしたらいけないと思って、 ちょっと薄めにしてあるけど、冷めへんうちに食べて」
 葵は目の前に座ると、紙袋からパックを取り出してふたを開けた。パックから湯気が出て、肉じゃがの旨そうな匂いが俺の鼻を突く。
 思わず、つばを飲み込んでしまう。
「ばれないように、今のうちに食べて。もし、繁の口に合わへんかったらごめんね」
 変な話、同室の患者さん達は何だかんだ言っても奥さんに差し入れしてもらったりしているし、内緒でカップヌードルを 食べる人だっている。けど、葵の手料理の味付けって……かなり気まぐれな要素が大きい。 けれども、この旨そうな匂いに引きつけられるように、俺は肉じゃがに箸を伸ばし、味わってみる。
 それこそ、万馬券を的中させたような感じだろうか? 俺の口の中に肉じゃがの旨味が広がる。
 一口口にした直後、俺は急に食欲が湧いてきてそれまでとは打って変わって箸を動かすペースが上がった。
「ごちそうさま」
 空になったパックを葵に返した。葵は俺の食器を廊下のワゴンに返しに行ってくれた。
「葵、明日……菊花賞やろ? 俺は馬券は買わんとテレビでメジロブライトの応援だけするわ。 お前は明日、淀へ行くやろ? 精一杯、応援して」
 すると、葵は不足そうにふくれっ面をした。
「それがさあ、あたし、明日休日出勤を命じられたのよ。いくら院長の娘だからと言っても、第一日曜ぐらいは 休日出勤してくれても良いんじゃないかって。ほら、レセプト点検とかあるから……。ダービーの時はパートだったけど、今は常勤社員扱いだから、 休みたくても休めへんのよ……あーあ、淀で生ブライトを拝めると思ったのに、京都新聞杯もおじいちゃんの納骨で行けへんかったし、 あの晩だったよね、繁が入院したの」
「まあ、そうやけど……でも、もうじき退院出来るし」
「いつ?」
「休み明けに最終的な診察があって、許可が下りれば退院」
 そこへ、ひょいとカーテンの外から顔を覗かせたのはどういう訳か白衣を着た康行だった。
「繁、ごめん。なかなか見舞いに来れへんかって。丁度今日、非常勤の当直でこっちに入る事になったから……」
 康行が御見舞、神城と書かれ紅白結び切りの水引がかかった金封を手渡した。
「ああ、すまんな忙しいのに……」
「それはそうと、葵も来てるんやったら丁度ええ。救急の呼び出し喰らったら行かなあかんけど、それまでの間…… 二人にきっちり話しておきたいと思って……。ここじゃ、ちょっとまずいし三人だけになれる場所へ行こう」
 そんな訳で康行が俺達を呼んだのは面談室だった。途中、談話室でそれぞれの好きな飲み物を買っておいた。 大抵、この部屋というのは本人や家族に対する病状、手術の説明などで使われるらしい。 非常勤医師でしかない身分の康行が面談室を私用に使えるというのはやはり、葵の両親と親交があるというのが最大の理由なんだろう。
 ドアの表示を空室から使用中へと変えた康行は、俺と葵を中へと案内した。
「入って」
 テーブルと机と内線電話だけがある至ってシンプルな部屋だ。一応、この部屋の壁紙は淡いグリーンにしてある。
 俺と葵が並んで座り、向かい側に康行が座る形となった。最初に喋り始めたのは康行である。
「俺……聞いてびっくりしたけど……葵、お前、手術して間がない時に繁の所へ行ったんやって?」
「何でそれを……」
 葵が康行を見つめる。とりあえず、俺は二人のやりとりに聞き入る事にする。
「常識として考えろ。手術間もない時に、家族でもない奴が……まあ、これに関しては俺も中二の時、 葵が盲腸の手術をした次の日に繁と行ったから、あんまり人の事言えへんけど、もう二十五にもなって……」
「康行、お前はまだ二十五かもしれんけど、俺と葵は二十六になった。まあ、今になったらどうでもええけど」
 五月生まれの俺に、八月生まれの葵。十一月に入ったので俺と葵は二十六歳になっている。康行は早生まれだし、つい自分の年で考えるからだろう。
「繁、いちいち揚げ足取らんといてよ、あんたらはええかもしれんけど、正確な歳ってあたしはもう、あんまり口にしたくないんやし……」
 葵がふてくされて俺に言い返した。
「どっちにしても……まあ、立派な大人な訳やろ? 何でそんな早い時期から見舞いに行った? せめて、二、三日過ぎてから 行くのがエチケットと違うか? 繁のあの状態みてたら、手術直後に行くもんじゃあらへんって思わへんかったんか?」
 葵は康行に言われ、俯きながら言い訳がましく答える。
「……あたし、前夜の急患のカルテをコンピュータに打ち込んでいて、その中に繁のカルテを見つけたの。 勿論、そんな事はお父さんにも喋れへんし、打ち込みをしていたら、手術とかの内容が書かれていたから、 すごく心配になったのよ……あたし、あの時そんな事までとても考える余裕無かったの。繁、ごめんなさい」
「うーん、まあ、済んだ事やしぶり返してもなあ……けど、お前の想いが通じる訳ねえのに、よく毎日懲りずに来るなあ」
 ホンマは嬉しかったのに、つい悪態を付いてしまう。
 その時、康行のかなり批判じみた視線を感じてしまった。
「……それが繁の答えか? ええ加減にしろ!」
 康行が激昂し、俺は思わず息をのんだ。
「さっき、たまたま看護婦さんの一人から耳にしたんや。看護婦さんの名前は出さんといておくけど、 葵が毎晩繁のところへ見舞いに来てるって。外科病棟の若い看護婦さん連中、繁が入院してるっていうんで 色めき立っていたところへ葵が毎日現れるもんだから、しっかり葵と繁の噂が立っているらしいぞ。 それも、聞いたところによるといわゆる恋愛的な感情ってのは繁の方は見せていないものの、 葵の方は誰が見ても繁が好きだって解るようなものだって。そうなったいきさつとか俺が納得出来るように説明しろ」
「とにかく、身内以外には喋るつもりあらへんかったし。知るのは会社関係とかそんな程度や。 友人関係はまあ、事のいきさつを知ってるお前と、兄貴の嫁さんである遥に知られるのは仕方あらへん。 遥の方は司法試験の最後の口述試験の準備とかで来るはずがないというのは解っていたし、遥はそんなに他人にべらべら喋ったりせえへん。 チーコ、健、翔一、瑞穂、あずさには黙っておいた。いちいち事を大きくする必要あらへんと思ったから。 まあ、葵にはそのうち聞こえると思ってたけど、最初、康行が喋ったんかと思ったで」
「俺は繁の病状が安定してから葵に打ち明けようと思っていた。そう思って喋ったら、とっくに知ってたっていうし……。 それで今日、どうしても内科の当直メンバーが一人足りないというんで俺が借り出された訳や。そのついでに、ちょっと話を聞きたいと思ったんや。 繁、お前……葵の事をどう思ってる。正直に言え。お前の返答いかんによっては、俺かってそれなりの行動を起こさなあかん様になる」
 康行のマジな顔。崖っぷちに立たされてしまった俺。それこそ学生時代なら、康行に殴られてもおかしくない雰囲気だった……。
   

BACKNEXT


  蘇る過去の記憶もくじ
とらぶるめーかーずHOME
ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚HOME

馬に描かれた館HOME
青潟大学附属シリーズ図書館HOME

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21(最終章)

 


Copyright (C) 2001 馬に描かれた館 All rights reserved.