〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
「とらぶるめーかーず」
番外編
14
結局俺は菊花賞の翌日に退院出来た……と言うよりは、祭日にもかかわらず半ば強引に退院させてもらった。ただ、明日とその一週間後に外来で診察を受けなければならないのだが。
マンションに帰ってきた俺は早速、ホームページ、メジロライアン大事典を長期に渡り更新出来なかったお詫びを掲示板に書き込もうと思った。
ところが、掲示板を見て俺は愕然となった。
管理人である俺、ライアンの息子に対する誹謗中傷などだ。
メジロドーベルが秋華賞を勝ち、ドーベルファンの俺が今迄知らなかった訪問者の喜びの書き込みに対し、 俺がレスをしなかった……というよりは入院していたから出来なかった事で、機嫌を損ねてわいせつ用語で埋めつくされたりしていた。
そこへ、必死にネットマナーを振りかざして注意していたのは他でもない、Hollyhockさん……葵だった。 すると、それを見かねた別の常連さんがHollyhockさんにそんな注意書き込みは掲示板荒らしの思うつぼだから無視するのが一番だと忠告していた。
しかしながらHollyhockさんが掲示板に書き込みをしているのは十一月一日未明のものが最後だった。つまり、菊花賞の前日。
そうだ、確か葵はHollyhockとして新しくメジロブライトを応援するホームページを開設していたはずだ。 早速どんなページか見てみよう。掲示板のHollyhockさんの書き込みのホームページマークをクリックしてリンクをたどる。
──サロン ブライト
──ようこそ、サロン ブライトへ。このホームページは競走馬メジロブライトを応援するホームページです。 まだ、できたてホヤホヤですが、メジロブライトの話題で最も熱くなれるホームページを目指しております。
コンテンツを見ると、メジロブライトのプロフィールから血統表、戦績、観戦日記などが綴られている。初心者の割には、かなり内容もしっかりした作りとなっている。
ただ、おっちょこちょいの葵らしく、一部のリンク先のURLの指定が間違っていてデッドリンクになっていたのはご愛敬ではあるが。
ただ、掲示板のページは現在休止中となっていて、問い合わせは全てメールでお願いしますとなっていた。
リンクフリーとなっていて、相互リンクの申し込みはメールでご連絡下さいとある。リンク先は一部、メジロライアン大事典で交流のある常連さんのホームページとか、
競馬シミュレーションゲーム、ウイニングポスト関係のホームページが相互リンクとなっていた。
その中に、相互リンクのマークは付いていないものの、我がメジロライアン大事典へのリンクもあった。それも、coolマークが付いていた。
メジロライアン大事典からリンクしているのは主にメジロライアンや産駒を応援するホームページや、メジロライアンの主戦騎手であった横山典弘騎手を応援するホームページとか、
競馬ホームページの中でも特に有名どころなどにリンクを張っていた。
そういう訳でメジロライアン大事典のリンク集のカテゴリ、産駒応援に新たにサロン ブライトを追加した。
しかしながら今頃、葵はおそらく康行と入籍して……畜生、今頃になってあんなに憎んでいた葵を実は愛していたなんて気付くなんて……。
数日後、俺は仕事に復帰して、メジロブライトの次走はステイヤーズステークスに決定した。メジロドーベルの方は、 当初、エリザベス女王杯の出走も視野に入っていたものの、最終的に回避して有馬記念に直行する事になった。
ただ、ステイヤーズステークス当日は阪神競馬場でワールドスーパージョッキーズシリーズがあり、 阪神競馬場で騎乗しなければならない幹夫は中山へは行けない。そんな訳で、メジロブライトには河内が騎乗する。
陣営としては、ここらできっかけを掴みたいのかもしれない。今年からステイヤーズステークスはG2別定戦にはなったが、 一流馬の大半はジャパンカップなどに出走する。現に、菊花賞で五着に破れたシルクジャスティスもジャパンカップへの出走を表明しているではないか。
俺はライアンの息子として葵、Hollyhockさんにメールを出す事にした。
Hollyhockさん、ご無沙汰しておりました。ライアンの息子です。
ご存じの通り、僕は入院しておりましたので、更新が滞っておりました。
その間、掲示板の管理代行をしていただいていらしたのですね。
有り難うございました。かなり荒らされていたので、掲示板は一旦休止する事に致しました。
実は入院中、僕のところに毎日見舞いに来てくれていた女性が居ました。
僕の昔の彼女なのですが、学生時代、結婚まで考えていたのを彼女の実家の家柄とは 不釣り合いという理由で反対され、別れてしまったのです。
その後、汚い話なのですが、僕は彼女を忘れようとして地元を離れて就職したり、 その先で新しい彼女を作ったのですが、どうしても前の彼女が忘れられませんでした。
一方で、前の彼女の噂を聞き、これ以上前の彼女が傷つくのを見ていられなかった為に 不倫を止めさせたのですが、彼女の両親の事などが引っかかり、僕はずっと彼女を傷つけてきました。
彼女にはもはや愛していないといいながらも、身体の関係だけは続けようとしていました。 それにもかかわらず、僕が入院した事を知った彼女は毎日のように病室に来てくれて、甲斐甲斐しく
僕の身の回りの世話をしてくれました。
僕は彼女の情に甘えきっていました。実のところ、僕が最初、Hollyhockさんに関心を抱いたのは、 その彼女にプロフィールが余りにも似ていた事からでした。あわよくば、という気持ちを抱きつつ、
実際に手紙やメールをやりとりしているうちにHollyhockさんが彼女である事を知ってしまいました。
…………
うーん、こんな長ったらしいメール、俺だったら鬱陶しくなって読みたくなくなる。書き直しだ!
Hollyhockさん、こんにちは。ライアンの息子です。
ご結婚なさったそうですね。おめでとうございます。どうか、幸せになって下さい。
僕の方は一番大切な人が誰かとようやく気付いた時には、既に相手は僕の親友の奥さんになる事が決まってしまいました。
これは彼女の純粋で一途な思いを散々踏みにじった、僕に対する天罰です。
おそらくこの先、僕は一生彼女よりも素晴らしい女性に出会える事はないと思います。
その時、電話が鳴ったので俺はメールを打つ手を止めて、電話に出た。
「もしもし」
──成瀬さんのお宅ですか? 杉崎です。
杉崎? そんな名前の女性の知り合いって俺……いたっけ?
「杉崎さん? すみません、どちらの杉崎さんですか?」
──アホかあんたは! あたしの結婚式にもちゃんと出てくれたくせに。旧姓福光に決まってるでしょ!
ああ、チーコか。六月に結婚してたのに、新姓をすっかり忘れていた。
「ごめん、でも……どうかしたんか? 旦那と喧嘩したか?」
──アホな事言わんといて。遥から聞いたよ。あんたが入院してたっていうのを。それも、葵が毎日のように通っていたとか……。
「それで? 単なる雑談ぐらいじゃわざわざ俺んとこに電話してきいひんやろ。何や?」
──遥、見事司法試験に受かったって事でね、みんなでお祝いしようって計画してるのよ。 遥のお祝いやったら繁、あんたの方が先に動き出すかな、とも思ってたけど全然そういうのあらへんし……と思ったら入院してたっていうし。
「まあ、でも退院出来たからそれも考えていたけど、思うところがあって、祝いの品でも買うて送ろうと思ってたんや。 パーティって形は考えてへんかった」
──そうか、それで理由がわかった。あんたへの連絡、康行くんか葵から取ってもらおうと思ったけど、 二人ともなんか嫌そうにしてたのよ。三人の間で、何かあったんじゃない?
「葵と康行、結婚するんやろ? って言うか、今頃もう入籍してると思うけど」
──そんな話、あたしも聞いてへんし遥からも一言もそんなん聞いてへんよ!
「今月の初め、そういう話を聞いた。多分、今月二日に入籍だけはしてるはずや」
──あんた……知らんの? 康行くん、この前の祭日の時、明美ちゃんとデートしてたのよ。
「ええっ!? ちょっと待てや! 明美ちゃんって葵の妹やぞ! 何でそういう展開になるんじゃ」
寝耳に水のこの情報。詳しくチーコから聞き出さないといけない。
──遥からちらっと聞いたけど、康行くんが教授の道を捨てたのは……ひとえに星田病院の次期院長の座を狙ってるからなのよ。 あいつ……翔一のお父さんの隠し子でしょ? それでもって、亡くなったお母さんは葵のお母さんとは親友同士だった。
表向きはすごい温和だけど……しっかり野望は持ってるのよ。まだ幼い頃は、葵を慕って葵に追いつきたい一心で人並み外れた努力をしてきたわよ。 その結果、世間的には葵を超える立場になった。しっかり医師免許も取ってね。
でも、葵を大事にしているのは、葵を女として愛しているからじゃない、お母さん同士の約束、将来、自分達に 男の子と女の子が生まれたら、結婚させようと話していた、その約束を守りたいだけなの。
ただ、葵はあんたとの間で気持ちが揺れていて、そこへ明美ちゃん……幼い頃から康行くんが好きだったらしくて、 康行くんに告白したらしいのよ。それで康行くんもかなり迷っていて、何でもね、菊花賞で葵が応援していた馬が勝ったら
入籍するとかいう話があったのに、その馬が三着に負けたもんだから、それ幸いに立ち消えにしたらしいよ。
それだったら、康行が明美ちゃんとくっつけば……俺にチャンスが残される?
「……それで、葵は?」
──この間、会いに行ったけど……まだ、康行くんが明美ちゃんと二股かけてる事を知らないのよ。繁、あんた葵の事どう思ってるのよ。
「……チーコに喋るような内容じゃあらへんやろ」
──あんたなあ! あたしが何で結婚式の時にブーケを葵に渡るように投げたか解ってへんやろ! 明美ちゃんが康行くんに告白したん、葵の不倫騒ぎがばれる前なのよ。まんざらじゃない様子で、
デートもするんだけど、葵と婚約している関係上、やっぱり明美ちゃんに乗り換えますなんて言えへんで、 ずるずると中途半端な状態を引きずってたんや。あんなに康行くんが優柔不断なんじゃみんなが不幸になるで!
葵も、明美ちゃんも、康行くん自身も、そして繁、あんたも。
「今のチーコの話やと、葵、明美ちゃん、康行が不幸になるのは解るで。何で俺まで……」
──繁、あんた自覚してへんやろ。遥に聞いた話やと、東京にいた頃のあんたの元カノ、顔が葵にそっくりだったそうじゃない。
「……偶然や。性格は全然似てへん」
──話を元に戻すわ。要するに、康行くんは昔からの葵に対する恩があるから葵を大事にしているだけ。 あれは恋愛感情じゃない。自分の生い立ちとか、高校時代の遥との事とかがあったから、恋愛に対して逃げ腰になっているのよ。
なまじっか、身近に葵が居たから、葵があんたと別れて寂しさでよろめいた時に、康行くん自身もフリーの存在だった故に、 セフレって関係になったんよ。けど、ホンマの恋人同士っていうのとセフレはやっぱり違う。
夫婦とか、ホンマの恋人同士やったら愛情が存在する。けど、セフレやと快感を得たいだけやろ? だから葵は康行くんでは満足出来ひんかったんやと思う。かといって、繁と最寄りを戻せへんで苦しんだ挙句、
たまたま職場の上司だったっていう相手に口説かれたらしいけど、あっちはすごいプレイボーイやったみたいやんか。 葵は向こうのテクニックに溺れて……それを愛情だとはき違えてしまった。結果、葵は本気になってしまい、
愛人のままでも良いとか言っておきながらも、万に一つの可能性、向こうが奥さんと別れて自分と結婚してくれる事を望んでいたのよ。
「それを、俺が別れさせたって事か……」
──そう。あれで敵の本音も見えたしね。あの後、あたしは遥と暇を見つけては定期的に連絡を取っていた。 結論としては、葵をホンマに幸せに出来るのは、繁しかいいひんって事になった。
なるべくなら、あたし達はあんた達四人を円満に丸く収めさせたい。ただ、問題は葵のご両親が まだ、明美ちゃんの気持ちに気付いていない事なのよ。変な話、康行くんには星田家の婿になればいいわよ。
でも相手は葵ではなくて明美ちゃん。病院も康行くんと明美ちゃんに継がせれば、葵は嫁に行く事が出来るでしょ? そうしたら、あんたが葵と結婚すれば、めでたしめでたしじゃない。
「けど、今更……俺は葵にはもはや愛していないって言うた。それを撤回しろっていうのか?」
──口先だけでしょ? 愛情が全くあらへんかったら、葵の不倫に対して止めに入ったりなんかする?
「…………」
言い返せない。口論でははっきり言って、チーコには勝てない。学生時代からそうだった。 チーコがなまじっか男だったら手が出せただろうに……って、葵には手を出してしまった俺だが。
──結局、あんたは葵を必要としてるのよ。それと同時に、葵にとってもあんたが必要なの。 葵の魅力を最大限に引き出せるのは、あんたしかいないのよ。
「そんなもん、お前に言われる筋合いと違うやろ。それに、遥の祝いで電話してきたんやろ。 そっちの計画を立てよう。俺は基本的に土日、もしくは平日の夜」
──そんなもん、当たり前やんか! 仕事してるのに。みーちゃん、今度こっちへ帰って来るみたいやから、 その時にしようかって思うの。そうしたら全員集まれるから。
「いつ?」
──十二月半ばに大阪でライブするんだって。その合間にお忍びで実家に帰るって事だから、 それが……十二月十三日の土曜日から十四日の日曜日に掛けて。だから、十二月十三日の夜に
決まったのよ。みんな、出席の連絡を受けてる。あとはあんただけ。会社の忘年会とか大丈夫?
「大丈夫、忘年会はその前の日、十二日やし」
──それじゃ、あんたも出席ね。また詳しい事決まったら連絡するね。お休み!
「うん、お休み」
電話を切った。葵と康行、そして明美ちゃんの裏事情が気に掛かる。 ちょっとばかり、康行の動向をチェックした方が良いかもしれない……。
結局、俺はメールを出すのを止めてしまった。