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〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
とらぶるめーかーず」 番外編

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   作:空露 澪さま


15

  ステイヤーズステークス当日は、俺は結局京都競馬場のターフビジョンで観戦する事になった。 菊花賞直前に俺が口にした言葉に対する、メジロブライトへの詫びの意味も含めて、 俺はメジロブライトの単勝を一万円購入した。中山競馬場の方はあいにくの天気で、 馬場状態も悪かった。発表では重馬場となっている。
 メンバー構成もこれまでに比べて手薄だった為に、メジロブライトが圧倒的な一番人気だ。 二番人気が菊花賞で四着したトキオエクセレント。G1で勝ち負け出来るような馬は出てきていないので当然だ。
 その名前が名前だけに、中央競馬では平地の最長距離の重賞である。芝三六〇〇メートル。 三〇〇〇メートル級の重賞といえばG1では菊花賞や春の天皇賞、G2はこのレースの他には阪神大賞典と限られている。 阪神大賞典はまだ、春の天皇賞のステップレースに使えるし、負担重量もG1、G2勝ち実績によるもの。 春の天皇賞を最大目標にする一線級の馬が出るのだが、ステイヤーズステークスは秋のG1シーズンまっただ中の時に行われる為、 一線級の競走馬はジャパンカップとか有馬記念に回る。使おうと思えば、ステイヤーズステークスから有馬記念というのは可能だが、 ローテーションが中二週になる。
 極限のスタミナ勝負。メジロブライトの単勝馬券を胸ポケットにしまいつつ、ターフビジョンを見つめた。 するとどうだ。二周目向こう上面から上がり始めたメジロブライトは、みるみるうちに他馬を引き離す。 直線では独走態勢、後ろからは何にも来ない。これがクラシックで惜敗を続けたあのブライトか!?
 勝ち馬が確定した時には、電光掲示板に表示された一着馬の12の文字と二着馬の4の文字の間に出てきた着差、 それは「大」の文字であった。つまり、大差という意味だ。
 それは、言い換えれば河内への乗り替わりが成功したとも取れるものであった。メジロブライトの持ち味を生かす為には、幹夫ではダメなんだ、と俺は感じた。 ブライトに先行力があるならば、幹夫でもG1は勝てただろう。ただ、出遅れ癖があって、仕掛けどころもかなり難しい馬であるというのは聞いた事がある。 馬と騎手の相性、そういうものを改めて感じた。例えば、菊花賞を勝ったマチカネフクキタルは南井が騎乗する事で連勝したし、 共同新聞杯でブライトとかぶった為に幹夫に捨てられたエリモダンディーは、先日の京阪杯で武豊が騎乗して勝っている。
 その時、俺は先日の電話でのチーコの言葉がフィードバックしてきた。
──結論としては、葵をホンマに幸せに出来るのは、繁しかいいひんって事になった。
 河内と組んだ事で、新たな光が見え始めたメジロブライト……。
 やっぱり、葵には俺が付いてやらんとあかんし、俺だって葵じゃないとあかんのや!

 その数日後、俺は仕事が終わってから葵の携帯に電話を掛けた。
──もしもし。
「葵? 繁です」
──何?
「メジロブライトが、ステイヤーズステークスを勝ったな。良かったやんか」
──そうね。でも、ミッキーじゃなくて、河内さんだった……。嬉しいけど、百パーセントは喜べへん。
「どうかしたか?」
──この先、ブライトにはおそらくずっと河内さんが乗り続けるわ。多分、もうミッキーのところへは戻ってこない……。 うちの掲示板、見たでしょ? ミッキーのファンは陣営を非難するし、ブライトだけを応援してた人は、ミッキーを非難する。 あたしはどうすればいいのよ! 両方のファンなのに……。
「お前はどっちや? ダービーの時、わざわざ府中に行ったんは、ブライトの為か、幹夫の為か?  どっちかって答えが出れば……この先どっちを応援すればいいのかは自ずと決まるやろ。 幹夫にはまだこの先、いくらでも名馬と出会える機会はある。今の三歳牝馬のロンドンブリッジ、 阪神三歳牝馬ステークスを回避したんは残念やけど、桜花賞を狙える器やで。 けど、ブライトはこの先……G1を勝たへん事には種牡馬への道は残されてへん。 お前、ブライトが引退したあと、種牡馬になって欲しいって思ってるんやろ?  それやったら、ブライトを優先しろ。幹夫は他の馬でG1取ったらええだけの話や。 だいたい、お前のホームページの名前……サロン ブライトなんて付けてるんやんか」
──そうか……あたしはブライトもミッキーも嫌いになりたくない。袂を分かつ結果になっても……。
「袂を分かつ結果になっても嫌いになりたくない……それ、俺達にも当てはまらへんか?」
──何? あたしと繁が別れても、友達でいたいって事なの?
「違う、袂を分かつのは、お前と……康行や」
──どういう意味よ! あたしは確かに、康行くんとの入籍は延期したけど……。
「あいつ、本気で葵の事愛してるんか? あいつがお前を欲しがってるのは、お前が星田家の娘やからやろ?  葵自身を本気で愛しているんやったら、俺はすっぱり身を引く予定やった。けど、あるところから情報が流れてきてな……」
──何の情報よ。
「電話では話せへん。会って……話がしたい」
──あたしはもう同窓会以外では繁と会うつもりはあらへん!
「けど、どうせ今度の遥の司法試験合格祝いで顔合わせるやんけ」
──……それはそれよ。あたしは遥の親友なんやし、繁は遥の義理の弟じゃない。遥の顔は潰したくないもん。電話切るで。
「こら、ちょっと待て、葵……!」
 先に電話を切られてしまった。もう一度、電話をかけ直したものの、携帯の電源を切ってしまったのか、 圏外通知が虚しく聞こえるだけだった。
 そして、遥の司法試験合格祝い当日。とある焼肉店の一室を借り切って遥をはじめ、俺、葵、康行、チーコ、健、翔一、瑞穂、あずさが集まっていた。
九人なので、遥を特等席に座らせて、俺は遥のすぐ側でチーコの隣りに座っていた。真向かいには葵が居て、その隣りに康行がいる。
「遥、おめでとう! さあさあ、飲んで!」
 瑞穂が遥の側に座り、遥のグラスにビールを注ぐ。
「ありがとう。長い間会ってなかったけど、すごく活躍してるそうじゃない」
「すごくって程でもないよ。テレビにはそんなに出ないから」
「みーちゃんったらまた謙遜して! あたし、知ってるんだよ。遥は芸能界に疎いからあれだけど、 あちこちの店の有線で、みーちゃんの曲が流れてるの知ってるよ! それに、この間のアルバム、 ミリオンセラーになったんでしょ? すごいよ!」
 葵はやたらとはしゃぎながら瑞穂に話しかける。
 チーコが俺の肩を軽く叩いて耳打ちする。
「葵……何か無理してへん?」
 やっぱりチーコは鋭い。多分、遥も気付いてると思う。
「お前もそう思ったか?」
 俺はちらっと康行の方も見た。康行は健、翔一、あずさの輪の中で四人で和気藹々と喋っている。
「繁もやっぱり気付いてたのね。昨日ね、遥……出来れば葵の事を気を付けてあげてって言うてたのよ。 自分はこういう会だから、多分葵の相手ばかりは出来ないだろうし、出来ればお願いって言われてるの」
「何かあったんか?」
「詳しくは解らないけど、葵……相当ショックを受けてるみたいなのよ。康行くんの事で。 ただ、康行くんは葵がそういうショックを受けてるって事を知らへんから……」
 俺は、財布から一万円札を取り出して、チーコに握らせた。
「とにかく、葵の行動次第によっては、途中で抜けるかもしれへんし、会費だけ先に渡しておく」
 瑞穂はこまめにみんなのビールをつぎ回っている。それでもって、俺のところへも来る。
「成瀬くん、人妻を口説いたらあかんで! ほら、飲んで飲んで!」
「アホ、口説いてへんわ!」
「そうよ、繁が口説くべき相手は別にいるもん。今遥と喋ってる相手」
 チーコがフォローを入れた。葵が遥と二人で喋っていたからだ。
「……まだ結婚せずなの? 学生の頃、あれだけラブラブだったのに……」
「瑞穂こそ久しぶりに翔一に会えたんや。あいつといちゃいちゃしてたらええやろ」
「それは無理よ。どこで誰が見てるか解らへんやんか。また週刊誌のネタにされたら……」
 有名人は辛いなあ。確かにどこで誰が見ているか解らないというのは事実だ。 相手が翔一だけに、玉の輿狙いとかと勘ぐっている連中も多い。しかしながら、見た目が派手なイメージだが、 実際の瑞穂って、翔一に対してはすごく純情だったりする。だから、学生時代からずっと関係が続いてきた訳だ。 ただ、二人とも結婚の意思はあるものの、翔一の両親が芸能人なんかを選ばなくても……といった目で見ていて、なかなか良い返事をしないらしい。 その辺りは少しばかり同情する。
 どんな生まれ育ち、どんな仕事をしていたって、最終的には本人同士の気持ちだろと。
 それでもって、今度は康行、健、翔一が遥の周りに群がった。あずさはこっちに来る。
「あずさ、お前は健とどうなってる?」
 ちょっとばかり気になって、尋ねてみた。
「一応……まだ正式な時期は決めていないものの、来年中には結婚しようって話が出て、 お互いの両親とも顔合わせはしたし……」
「ふーん、良かったやんけ。それで、健の奴どんな顔してキスとか?」
 あずさの顔から火が噴き出す。
「嫌だわ、成瀬くんったら。まだよ、まだ」
 どうもこのあずさの反応では、間違いなくまだ処女らしい。あとの四人は既に女になっているのに……。
 母校、スピ高の英語教師となったあずさだが、元々病弱だった事もあり、頑張りすぎて過労と貧血が酷くなり 入院してしまった事もある。健が康行に貧血とか喘息の対策などを根掘り葉掘り聞いたりして、 あいつなりにそれなりの対策を練っていた。つまり、あずさの前では絶対にタバコを吸わないようにしたりなどだ。
 ふと見ると、葵の姿がなかった。トイレか?
「チーコ、葵は?」
「あれっ? ホンマや、葵のバッグやコートもあらへん。帰ったんと違うか? 一応会費は先に受け取ったけど……」
「ごめん、俺も抜けるわ。遥に宜しゅう言うといて」
「うん、葵の事……任せたからね。ちゃんと責任持ってよ」
 チーコに断っておいて、俺は先にトイレを確認してみたが、葵が入っている様子はない。それで、焼肉屋を抜け出した。
 駅へと向かう葵の後ろ姿を見つけた。
「葵!」
 葵は一瞬振り返ったものの、俺の姿を見ると駅へと向かって走り出す。
「葵、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」
 葵は俺の言葉などを無視して逃げるものの、パンプスを履いた葵がそれほど速く走れるはずがない。すぐに俺の方が追いついた。
「葵、何があった?」
 葵の表情は、先程とは違い瞳の奥に悲しみが隠されている。
「みんな……輝いているのに、あたしだけ輝いてへん。遥はこの先、弁護士になる道が開かれた。みーちゃんはアルバムがミリオンセラー、 あずさちゃんはスピ高の英語の先生、チーコは結婚もしながらケースワーカーでは飽きたらず、来年から看護学校に通うそうよ。 男の子だってみんな、ちゃんとした仕事に就いてバリバリ働いている。それなのにあたしは……単なる病院事務じゃない。 みんなかっこいいのに、あたしだけかっこ悪い……。小学校の頃、天才少女って言われてて、医者になるのが当たり前だって思ってたのに、 システムエンジニアになろうって考えても、成績が成績だから工学部の電気系は無理って言われて……挙句の果てに大学も就職先も 本来の希望通りのところへ進めへんかった……過去の栄光なんてちっとも役に立たへん。あたしなんて、別にいなくっても世の中どうにでもなるやんな」
「それは……違うで。葵が輝くべき場所っていうのを、まだ見つけてへんだけなんやと思う。みんなはそれぞれに、輝くべき場所を見つけた。 それに……誰だって、必要としている人間はいるんやで。寒いし……茶でも飲みながらゆっくり話しようか。俺がおごるし」
 それで、二十四時間営業の喫茶店に入り、俺はブラックコーヒー、葵はロイヤルミルクティーを注文した。
「気になったんやけど……お前、今日、一言も康行と喋ってへんかったな」
 それを俺が切り出した途端、葵は突然泣き崩れた。男のくせに女を泣かせやがってといった周囲の視線が痛い。
「ごめん、まさか……康行絡みやって思わへんかったんや。あいつと……何があった?」
「康行くんは……いい人やけど、どこかが違う。あたしがどんなに我儘を言っても、怒ったりなんかせえへん。 けど、やっと今になって気が付いた。あたしが欲しいのはホンマの愛情やのに……」
「葵、泣いたらせっかくのロイヤルミルクティーがまずうなるで。泣きやんで、とりあえず飲んで落ち着けや」
 葵は頷くと、一息ついてロイヤルミルクティーを口にする。俺もそれにペースを合わせてブラックコーヒーを飲む。
 その時、俺の携帯が鳴った。
「ごめん、ちょっと……」
 葵に断りを入れてトイレ近くまで行き、電話に出る。
「もしもし?」
──繁くん? 遥です。どうしたの? チーコから帰ってしまったって聞いたし……。葵と一緒なの?
「ああ、今喫茶店にいる。ごめんな、お前の祝いやのに途中で抜けてしまって。でも、どうしても今の葵には俺が付いてへんとあかんし……」
──解ったわ。あえてこれ以上は追及しないから、葵の事……お願いね。それじゃ、お休みなさい。
「お休み」
 携帯をしまい、席に戻った。
「お待たせ。遥からやった。お前の事……心配しとったで。あいつの祝いやのに……途中で抜け出すのって気い悪いやんけ。 まあ、謝っといたけど……葵も今度、ちゃんと遥に謝っとけよ。親友として、最低限の事も出来ひんのか?」
「……何で繁って、あたしに対してそんなきつい事ばっかり言うのよ。康行くんはそこまで言わへんで」
 こいつ……俺の本音を解ってへん。
「この先はここでもちょっと喋りにくい事やし……場所、変えようか」
 体も温まった事だし、レジで精算して俺達は店を出た。
   

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