〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
「とらぶるめーかーず」
番外編
21
「こんばんは!」
「繁、葵、おめでとう。残念ながらみーちゃんが全国ツアーのまっただ中、あずさちゃんはコーラス部の合宿に顧問として参加、 健はゴールデンウィーク返上で新商品の開発ってんで来られへんけど、それ以外のメンバーには声を掛けたよ」
と、康行が泣く子も安心して泣きやんでしまいそうな笑顔を見せた。
「みんな……ありがとう。上がって」
葵が涙ぐんでいる。
「葵、上がってってあんたがそう言うのは二週間後からの話と違うの? もう奥様気取り? 繁、今から予行演習させてる訳?」
チーコが俺達にツッコミを入れる。
「いや……だって、今日……ついさっき入籍したし。ちゃんと受理されたから一応戸籍上はこいつは成瀬葵になってる訳や」
俺が説明すると、全員驚きの声を上げた。
「挙式前に入籍!? あたしは当日の朝だったよ」
「私は……新婚旅行から帰った直後よ」
チーコと遥が口々に言う。
「別にちょっとぐらい早よてもええやろ。今日は、おかげさまで競馬の方も勝ったし!」
「そうよ、ねえ!」
俺は葵と顔を見合わせて頷く。チーコと遥は目を丸く見開いている。
「……翔一、競馬って……今日、何やった? 最近競馬も悠長に見てられへん」
康行が翔一に尋ねる。
「テレビで見たよ。今日は春の天皇賞だったよ。もしかして、淀……行ったのか? 確か……パドックの時に、やたらと繁と葵にそっくりの人を見つけたけど」
「えっ、テレビに映ってた!? 立小路くん、それ……どこよ!」
俺達は四人をLDKに引きずり込んで、葵は翔一に今迄見ていたビデオを少し巻き戻して、パドックの様子を見せた。
「えーっと、あっ、これ。一時停止押して!」
翔一の指示で、葵がビデオのリモコンの一時停止ボタンを押した。少々ノイズが入った後、画面が停止した状態で翔一が指を差す。
「この、『末脚よ、届け。そして、輝け! メジロブライト』って書いてある横断幕のすぐ後ろ。ほら、葵らしき女性がデジカメで馬を撮影している……」
間違いない……俺と葵だ。最前列で陣取っていたから、まともに映っている。
「だって、その横断幕、あたし達で作ったんだよ! あれが映ってたらあたし達も映るよ」
葵がはしゃいで言う。
「うん、これで俺達のめでたい瞬間の一幕が全国にオンエアされたって事で……」
「馬鹿、あれを見てる人は天皇賞に出てるメジロブライトとかの競走馬を見てる訳でしょ。パドックの後ろで必死に見てるあんた達に注目してる人がどこの世界にいるのよ」
チーコに言われる。
「けど、翔一みたいに見つけてくれた奴もいるんやし……まあええわ。葵、そのビデオテープ永久保存やからな。間違っても自分の好きなドラマを重ね撮りするなよ」
「当たり前でしょ! ブライト勝ったもん! 繁に言われんでも保存版って書くもん!」
「それはさておき、これは俺達……健、みーちゃん、あずさちゃんも含めてからそれぞれ繁と葵に。おめでとう」
康行が持っている祝儀袋のうち、水色の祝儀袋は俺に、ピンクの祝儀袋は葵に手渡された。 表書きはトラブルめーかーず一同となっている。さすがに七人もいたら連名で書くのは苦しいからな。
そして、遥からは何やらラッピングされた箱を手渡された。
「これは、その現金で渡す分とは別に、私達から二人へ」
それで、早速俺と葵で箱を開けさせて貰う。出てきた物は、ブランド物のペアのパジャマだった。メンズのLLサイズとレディースのLサイズ。
「パジャマって……俺、普段スウェットで寝てるんやで。それに、葵と一緒やったら全裸……」
俺が言い終わらないうちに、葵が真っ赤になって俺の頭を思いっきり平手で殴った。頭がずきずきする……。
「馬鹿っ! 恥ずかしい事言わんといて! みんな、有り難う。大切に使わせて貰うわね」
「それと……みーちゃんがどうしても出席出来なくてごめんって言うんで、葵と繁の為に、曲を作ったんだって。 六月一七日にシングルとして発売するそうだけど、ダビングテープを僕に預けたんだ。葵と繁に渡してくれって」
「ホンマに!? 早速再生するよ」
葵はテープを受け取ると、早速ミニコンポにセットして再生を始めた。
曲のタイトルは『Unite Destiny』となっている。聴いてみると、これまでの瑞穂の曲って、 ハードロック調のものが多かったのだが、この曲は元気な中にも少々バラード調でカラオケで女性に好んで歌われそうな曲であった。
しかも、インデックスカードに書いてある二曲目、やはり同じ曲なのだが……Long Versionと書いてある。
こちらは、間奏部分に瑞穂の台詞が入っているのだ。
──友達みんな……輝いてるのにあたしだけ輝いてない!
──そんな事はない。俺がお前を輝かせる。それと同時にお前は俺を輝かせる。だから……俺の側にいて欲しい。
──あなたがあたしを?
──そうだ、お互いいつも輝いていられるように……結婚しよう。
男の台詞は瑞穂が声を低音に変えて演じていた。まさか、この台詞は……俺と葵の為に?
俺宛の瑞穂の手紙が入っていたので読む。葵宛の手紙は葵に渡した。
成瀬くん、この度はおめでとう。
実は、私は遥の合格祝いの時、成瀬くんが来る前に葵に悩みを打ち明けられました。
愛しているのになかなか素直になれなくて、仕事も思う仕事に就けなくて、自分は私と違って輝いていないと。
確かにその時の葵は元気がありませんでした。少なくとも、十四歳の時からは葵は成瀬くん一筋でした。
けれども、私は確信しました。葵を輝かせる事が出来るのは、成瀬くんだけなのだと。 その考えはチーコ、遥、そしてあずさも同じでした。だから、チーコは葵にブーケトスをしたのです。
葵から成瀬くんと結婚する事になったと報告を受けた時の葵の声はとても幸せそうでした。
そこで、今回、既に全国ツアーの予定が組まれていて残念ながらどうしても出席の都合がつきませんので、 私はこの『Unite Destiny』に二人への祝福の気持ちを込めて、捧げます。
シングルとしての発売は六月十七日ですが、一足先に二人に聴いて貰おうと思い、このダビングテープを作りました。
どうか、葵を一生大事にして、互いに輝き合う二人で居てください。
1998.5.3 吉富 瑞穂
葵は瑞穂から葵宛に書かれた手紙を読み、ポロポロ涙をこぼしている。
「みーちゃん、ありがとう……」
「ちゃんと全員、みーちゃん、あずさちゃん、健も含めて一人二万円ずつ出し合ったの。 トラブルめーかーずの男リーダーと女リーダーの結婚だもの」
と、チーコが言う。
「あたし……いつの間に女リーダーやったん!? チーコか遥じゃなかったの? あたしなんか自分でも大ボケだって思ってるのに……」
「何言うてんの。繁が男リーダーやってる以上、あたしとか遥が女リーダーになる訳にいかへんやんか。 葵、多分繁って亭主関白のタイプだろうから、覚悟しておいた方がええよ」
チーコって勉強はまあスピリチュアルで平均レベルの頭の良さだったが、 そういう面での頭の良さがすごいのだ。今は看護学校に通い直しているそうだが、 おそらく、看護婦になったら患者に対する気配りとかが誰よりも出来そうなタイプになりそうだ。
ケースワーカーも出来るナースってある意味すごいかもしれない。多分、杉崎さんは家で尻に敷かれている事だろう。
けど、一つだけ違うと思う。亭主関白になろうと思っても……俺は多分なりきれないと思う。 他人にはそういう風に見えてしまう俺だが、葵に対しては結構弱い面だって見せている。
自らのエゴ、及び情欲によって葵に対し愛の無い関係を持ってしまった。葵を抱いていて、愛情を感じとっていたにもかかわらず……。 それでも葵は俺に対して文句も言わずに、入院中の世話をしてくれていた。しかも、ナルセスポーツの危機に対し、
葵がお義父さんや翔一に相当働きかけたらしい。翔一が裏事情をみんな教えてくれた。あの時の意味ありげなあいつの発言はこんなところにあったのだ。
「でも、ホンマ有り難う。めでたい事やし、有り難く受け取っておく」
みんなに対し、礼を言った。
「繁、ちょっとええか? 二人で話したい事あるし」
康行に言われ、俺は葵、チーコ、遥、翔一を残して二階に上がって、廊下で話を聞く事にした。
「どうしたんや?」
「ホンマに、おめでとう。遥のお祝いをした日から……正直、最初は繁に裏切られたって気持ちの方が先に立ってたんや。 あの直前、俺は葵と大喧嘩してしまって……それから何日かして、葵から俺とは結婚出来ないってはっきりと言われた。
葵、俺が不純な気持ちで付き合うてる事を感じ取ってしもたんや。別に、俺が葵でも明美ちゃんでもどっちでも良いっていい加減な考え方をしていた事に。 私生児として生まれた俺が、星田病院の院長になろうと思ったら婿に入って、葵か明美ちゃんと結婚すれば何の問題もないと思ってたし。
ただ、そうすると葵の方が長女だから俺は葵と結婚した方がええと思ってたんや。一応、葵の事は百パーセント知っているつもりだから、 幸せに出来るって自分でも買いかぶっていた。でも、俺は葵に対して九十九パーセントしか心を掴めなかった。
残りの一パーセント……実はそれが、葵にとっては最も大事な部分で、唯一その一パーセントを掴めたんが……繁、お前なんや」
「けど、俺は……ずいぶん葵に対して酷い事してきたんやで。それはお前が一番よく知ってるやろ? 葵の想いに対し、俺は無理矢理、自らの目や耳を塞ごうとした。心を閉ざしてしもて、葵に俺を忘れさせようとしていた。
散々葵を傷つけた報いは、俺に全部跳ね返ってきた。十二指腸潰瘍でぶっ倒れたり、会社の方針に従わなかったというので解雇されたり。 それにもかかわらず、葵は俺を支えてくれて……やっと目が覚めた。こんな俺でも……純粋な気持ちが残っていたのを、葵が教えてくれた。だから……これからは葵を大事にする」
すると、康行がかなり申し訳なさそうな顔をする。
「実を言うと……俺、招待状には出席と返事しておいて直前で結婚式の出席をキャンセルしてやろうかなんてとんでもない事考えて…… ごめん、繁。それこそ……完全に繁とは縁を切ろうかとまで思ったんや。一応俺だって、これでもそれなりの野望というものはあった訳で。
こっちが惨めな想いをしてるのに、返信ハガキは葵宛だったとは言え、招待状なんか送ってきて……って思ったで。学生の頃、お前は俺にホンマに良い奴やから好きやって言うてくれてたけど、
実際の俺はそんな事あらへん、結構汚い事考えてるし……軽蔑したやろ? 一応医者にはなったものの、人間としてはダメになりそうで……」
……馬鹿やろう。軽蔑なんて出来るか。俺は康行の額を軽くこづいた。
「アホ、何年友達付き合いしてきたって思ってるんじゃ。俺は……お前が居らんかったら目を覚ます事すら出来ひんかったんや。 下にいる翔一達や、今日は来られへんかったけど健達も大切な友達やけど、俺にとってはお前が一番のライバルであり、親友やと思ってるんや。
中学の頃、俺が不良やってても立ち直れたんは康行、お前が居たからやで。去年の菊花賞の後、二人きりで葵に会うなって言われてたのに、 あれから後、俺はしっかりお前との約束を破った。恩を仇で返すみたいになって、申し訳ない気持ちが立ってしもて、連絡が取りづらかっただけや。
そやから……お前、絶対人間としてダメになったなんて事あらへん! お袋さんを亡くして大変やった時でも、必死にバイトしもって大学通ってたやんけ」
学生時代、体育祭で勝って共に喜んだ時のように俺は自然と康行を抱き締めていた。
「繁、葵の事、頼むで……」
スキンシップに対しては俺と違って慎重な康行も、俺をしっかりと抱き締めてきた。
と、そこへ階段を上がってきた翔一とチーコ。
「繁、抱き締めるべき相手を放っといて何康行と抱き合ってるんだよ。 繁と葵のラブシーンなら感動的だけど、繁と康行のラブシーンなんて気持ち悪いだけや」
翔一が顔面蒼白になりながら言った。
「生でやおいを演じんといて! あんたら高二の頃、ホモ説出てたぐらいなんやで」
二人の言葉に俺達は慌てて離れた。俺も康行もノーマルな友情を確認していただけだ!
高二の時、俺は康行と同じクラスだったが丁度葵との関係が悪化していた時で、 康行の方は遥とかなり深い関係になりつつも、カムフラージュしたかったらしく、
学校ではあんまり遥とは行動を共にせず、いつでも俺と一緒に行動していた。 余りの仲の良さ……食堂で違う種類の定食を頼んで、それぞれのおかずを少しずつ交換するとかしていたので、
まことしやかに俺が攻めで康行が受けというようなホモ説を立てられたのだ。
「あのなあ、チーコ。『走れメロス』みたいなノリって言うてくれ! 友情の再確認」
「そうだよ、やおいとかホモってのは余りにも酷いよ……」
「繁、葵と遥には黙っているから、その代わり……今からあたし達の目の前で葵に対し、誓いのキスをするのね」
「何やと! そんな恥ずかしい真似が出来るかっ!」
瞬間湯沸器と化した俺はチーコに言い返す。
「僕もチーコの意見に賛成。葵にとっては旦那と幼馴染が、遥にとっては義理の弟と元彼でもあるいとこが熱く抱き合っていたなんて知ったらショック受けるぞ」
「繁、どっちにしても二週間後には結婚式の場でするんだから、予行演習の感覚でしておいてくれ。俺達の名誉の為にも……」
「解った解った……」
当事者である康行にまで言われたら仕方がない。俺達四人は下に降りて葵と遥のところへ戻った。
「遥、今から良いものが見られるよ」
「何? 翔ちゃん」
「繁と葵のキスシーン」
「えーっ!」
遥も騒ぎ、葵は顔が完熟トマトになってしまう。
「なあ、頬にやったらあかんか?」
みんなの前でって照れくさい事この上ない。
「あかん! ちゃんと唇と唇!」
四人に言い返された。
「えっと……これからも……どうぞ末永く宜しく」
俺は葵の肩を抱き、軽く唇を重ねた。十四歳の時の初々しいときめいた感覚が蘇る。
みんなが帰って、葵と二人きりの時間がようやくやって来た。
風呂も済ませ、あとは寝るだけだったので早速今日貰ったペアパジャマに袖を通した。 葵は今風呂に入っている。風呂上がりの桜色の葵の肌に期待しつつ、俺は天皇賞のビデオを見ていた。
メジロブライトの勝利が確定し、検量室で幹夫が河内に祝福の言葉を贈っているらしき様子の映像を見て、俺は何だか胸が熱くなった。
クラシックではブライトを勝たせられず、乗り替わられてから一気にブライトは連勝し、G1馬へと上り詰めた。
騎乗批判なんてものもあったけど、結局は相性の問題だったんだろう。関係者の間での幹夫の人柄の良さは群を抜いているとマスコミでは伝えられている。
ブライトの担当スタッフが乗り替わりの事でコメントしてたけど、二人ともいい人で、 そして幹夫はこんな事ぐらいでダメになるような騎手じゃないって。
やっぱり、なんか康行とイメージかぶるよなあ……。
ビデオが終わり、俺はテープを巻き戻して片づけた。丁度そこへ、パジャマを着た葵がこっちへ来た。
「繁、そろそろ寝ようか」
「そうやな」
電気を消し、二階の寝室へと向かう。寝室は洋室だがダブルベッドは買っていないので、ダブルサイズの布団にした。 既に葵が布団を敷いてくれていて、寝ればいいだけの状態となっていた。
布団の上に向かい合って座ると、葵が話し始めた。
「何か……改めてこうやって向き合って座ると、ちょっと照れくさいね。 中二の時は委員長と副委員長やったし、サニーエンジェルズでは一緒に幹部も務めた間柄なのに」
まさか今時、初夜で花嫁が花婿に対し三つ指付いて……などという真似をする新婚夫婦ってもはや居ないのでは、と思う。 そういうの、確かに葵がやってくれたらそれはそれで、俺もかなり夫婦の営みというものに熱が入りそうだが、
やはり似合わない。今のままの自然な葵が一番良いと思う。
「でも、何でさっき、みんなの前でキスしたの?」
「あれなあ……康行との間のわだかまりを完全になくしてしまおうと思って、あれこれ本音で喋って、 で、俺としてはやっぱり康行とはずっと友達付き合いをしたいって思ったし。それで、俺があいつを抱き締めたところに
翔一とチーコが上がってきたんや。二人、俺と康行のホモ説を蘇らせるから、否定したらだったらみんなの前でお前とキスしろって……」
「そっか。だから康行くんも……だいたい、あんな目の前でって恥ずかしいやんか」
葵は納得した表情で頷いていた。
世間的な評価では葵の容姿はどこにでもいるような、ごく普通の女性である。化粧をしたところでしているのかしていないのか解らないぐらいの薄さだし、 プライベートだと殆どすっぴん。ファッションセンスにしても俺に言わせればちょっと無難すぎないか、と言いたくなるような
ごくシンプルなものが多い。大樹商事にいた頃の女子社員達って結構派手なタイプが多かったので、余計にそう見えるのかもしれない。
「まあ、式当日はもう一回ある訳やけど、みんなに見せるのはその時だけ。その代わり、二人きりやったら 他の奴らに見せられへんものでも見せ合えるし……」
「やん、エッチ!」
少々顔を赤らめつつ、葵は軽く俺を叩く。確かに、そういう風にも解釈出来る。十三年前、葵が盲腸で入院していた時のノーブラパジャマ姿の中身を想像していたように、
今でもはやる気持ちを抑えつつ、俺は言葉を続ける。もう、焦る必要はないのだから。
「身体だけの意味と違うで。心の弱さとかって他の奴に見せられへんやんか。でも、俺は葵にやったらそういうのでも 見せてしまうと思う。時に……汚い感情とか入り込んで、下手したらお前に当たってしまうかもしれへんけど、
それでも、絶対にもうお前の事は嫌いにはならへん。今迄、お前に対する憎しみの方が先に立って辛い思いさせたけど、 最終的には愛情が憎しみに勝ったから」
「繁、一つだけ……約束して」
「何?」
「あたしより……長生きしてね。でないと、寂しいよ」
「アホ、普通は男よりも女の方が長生きするんやぞ。それに誕生日は俺の方が三ヶ月早いやろ。 そんな約束、守れるはずあらへん。でも、年取って……先に俺が死んでもお前が寂しくないように……
ミックスダブルスが出来るくらいの子供と、野球チームが作れるくらいの孫に囲まれるようにしてやる」
それを聞いた葵が目を丸くして言い返す。
「ミックスダブルスって……四人も子供産むの!?」
「最低ノルマは男の子と女の子と一人ずつ。男の子ばっかりとか女の子ばっかりだったら三人以上。 子供の追加オプションの要求にも応えるけど、それはなるべく三十代までで宜しく。
四十代以降は、子供の追加オプションって無理がある。生産性を無視した制作活動はいくらでも応じるけど、 こればっかりは俺達の体力がどこまで持つかって事で……」
「でも、ひょっとしたらあたし……妊娠しにくい体質なんじゃないかって思うの。生理痛とか酷いし、 その時期は他人についきつい事言うてしまうし……まあ、それはおいといて、今迄しても一度も妊娠ってしなかったもん」
「当たり前やろ。俺がコンドーム使うかお前がフィルムの避妊薬使てたんやし。まあ、それでも不妊手術とかでもせん限り、 確実に妊娠せえへんって保障はあらへんやん。コンドームでも針の穴の大きさでもあいてたら妊娠する事はあるから」
「だから、あたし……結構、大学入ってからは結構してたし、避妊してくれへんかった人もあるし…… 繁と付き合うてへんかった期間でも、あんまり男性関係の方は途切れてへんかったんよ。
不倫を止めてから繁との関係が復活するまでぐらいよ。途切れていた時って。それでも、一度も妊娠せずじまいだったから……」
避妊してくれへんかった人、で葵が後ろめたそうな様子を見せた。不倫相手の事を言ってたんだろう。 康行だったらあいつの性格からして、絶対にコンドーム使いそうだし。
「もし……仮に子供が出来ひんでも、俺はお前が側にいてくれたらええ。気楽な気持ちでいてた方が、 自然に授かるんと違うか? どっちにしても、俺はお前の事を……愛してる」
電気を豆電球だけ残して消し、葵を抱き寄せてキスをして、ゆっくりと布団に寝かせた。
大学時代、メジロライアンを追っかけ続けてクラシックでは歯がゆい思いをしつつも、 宝塚記念……この年は京都競馬場での開催だった……ではライアンは念願のG1を獲得して俺の鬱憤を晴らしてくれたのと同様、
息子であるメジロブライトもクラシックの鬱憤を晴らすべく、天皇賞を勝った。俺の中では父と子の感動ストーリーとして出来上がった。
十八の時、様々な苦い経験も重ねつつ、初めて葵とバレンタインデーの夜に一つになった。 あの時、俺は愛の伴う行為の満足感をようやく知る事が出来た。
今夜のこの出来事は、八年前のあの記憶を蘇らせる。
葵の可愛さって結局は、内面から自然ににじみ出てくるものだったのだ。
所詮、外見の美しさなんて年を取ったら衰えるもの。でも、葵のような内面から出る美しさは一生ものだ。
初めて出会った時から葵は俺にとって、他の女の子達とは全く違う、特別な存在だった。
そして、これからは一生大切にする。
例え世界の終わりの時を迎えたとしても……俺はまず、葵とこの先生まれるであろう子供達を守り抜くんだ。
──終──
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