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〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
とらぶるめーかーず」 番外編

BACK蘇る過去の記憶 4★NEXT


   作:空露 澪さま


次の日、俺は朝一番の新幹線の車内でしばしの仮眠を取っていた。何度も新幹線に乗っていれば、 山頂近くに雪を着せられた富士山ですら新鮮みを感じなくなってしまうのだ。
 間もなく東京駅に到着するという車内放送で俺は目を覚ました。降りる支度をして、東京駅のホームに降り立つ。 それから、電車を乗り換え中山競馬場へ。しかし、生憎の小雨。一般入場券を買い、中に入ってスーツケースとノートパソコンは手荷物預かり所で預かって貰う。 身軽になったところで、スプリングステークスのオッズを確認した。メジロブライトが一番人気だ。 前走の勝ちっぷりを見ていたら、一本かぶりになるのは当然だ。
 しかし……スプリングステークスではメジロブライトは後方から追い込んだものの、先行したビッグサンデーを捕らえられずに二着だった。
 中山競馬場を後にし、宿泊先である都内のビジネスホテルにチェックインした。荷物を部屋に置き、近所の牛丼屋で夕食を済ませ、 再び部屋に戻ってから風呂に入ってインターネットを始める。
 Hollyhockさんからメールが来ていたし、メジロライアン大事典の掲示板にも書き込みがあった。 メジロブライトが敗れて悔しがっている彼女の様子が手に取るように俺に伝わってくる。 何も知らずに単にネットで知り合った相手であったならば、おそらくきちんとレスは返しただろう。 しかし、メールは完全無視。掲示板は事務的なレスを返しておき、当分仕事の方が忙しくて書き込みが出来ないと付け加えた。
 数日後、Hollyhockさんから再びメールが来た。

 ライアンの息子さん、こんばんは。Hollyhockです。
 桜花賞オフの件ですが、申し訳ありませんが今回は見送らせて頂きます。
 実は私は去年の秋から松永幹夫騎手の大ファンになりました。
 そういう訳で、牝馬の方はキョウエイマーチを応援しますし、
 阪神競馬場でのオフも、幹夫騎手の応援ホームページを持っておられる方が主催する
 オフの方に参加いたします。ライアンの息子さんのオフには、牡馬クラシックの方で
 参加させて頂きたいと思います。
 ではでは。

 Hollyhockさん、いや、葵はメジロドーベルよりもキョウエイマーチを選んだのだ。 ドーベルが勝った阪神三歳牝馬ステークスが行われた頃、キョウエイマーチはデビューしたからドーベルとは未対決である。 先日の桜花賞トライアル、四歳牝馬特別ではキョウエイマーチは他馬とは次元の違う強さを見せつけた。
 変な話、波の牝馬では太刀打ち出来ないだろう。まともにあの馬の相手になりそうなのは、今年の四歳牝馬では シーキングザパールと愛しのドーベルぐらいだと思う。ただ、シーキングザパールは外国産馬。桜花賞には出走出来ない。 今年の桜花賞はドーベルとマーチの事実上の一騎打ちになる。そんな予感がした。
 結局のところ、ライアンの息子とHollyhockの接点というのはメジロブライトしかない。
 ブライトにはまりこむきっかけだって違う。俺は父のライアンからのめり込んだが、 彼女は幹夫からのめり込んでいる。実際、女性ファンも多い。けれども思うのだが……幹夫のファンになるぐらいなら、 どうして葵は康行と結婚しないのだ? これはあくまでも俺のイメージに過ぎないし、実際に会っている訳ではないので あれこれ言えるようなものではないのだが、競馬雑誌などで読む幹夫の性格的なイメージがどうしても康行とかぶるのだ。 悪い意味ではなく、良い意味で。アイドル系の顔立ちで、人当たりも良い所なんか。
 次の金曜日の午後、部屋の電話が鳴った。俺は受話器を取る。
「もしもし」
──成瀬さんのお宅ですか?
「はい、そうです」
──こんばんは、康行です。
「何やねん、改まって」
 この部屋には俺しかいるはずないのだから、何もビジネスライクな口調で電話する事あらへんやろ。
──別に改まっているつもりはあらへんけど……繁、久々に会わへんか?
「ええで。うち来るか?」
──いや、俺のマンションに来てくれへんか? ちゃんと、手料理も用意してるし。
「そうか? それやったら行くわ。そしたら後で」
 電話を切り、歩いて康行のマンションへ向かった。途中、コンビニに立ち寄って競馬新聞と缶ビール、おつまみを買うた。
 元トラブルめーかーずの仲間達とは就職後、なかなか会えない。かろうじてたまに会えるのが兄貴の嫁さんになった遥だけ。 その遥も、司法試験の勉強に追われているので今は余り邪魔する事も出来ない。
 健、翔一、瑞穂、あずさは家が遠いから気軽に会うという訳にもいかない。まして、健、翔一、あずさは親と同居している。 葵は近所ではあるが会いたくない。チーコは今は婚約者がいる以上、変に二人きりで会うと余計な混乱を招く。 気軽に会えるのは康行と遥だけだ。ただ、二人とも多忙な生活を送っている以上、会える時間は限られる。
「こんばんは」
 康行が玄関のドアを開ける。
「よう来たな、まああがれよ。幸い俺、明日は珍しく非番やし」
「お邪魔します」
 康行の部屋に入る。一人暮らしに慣れている康行は忙しいときは飯はほか弁なんかで済ましているが、 休日はきっちり自炊しているらしい。メニュー的にはオーソドックスなのだが、 栄養バランスだってきっちり考えてある。康行は肉よりも魚派なので和食メニューが多い。 お袋さんが生きていた頃はかなり手伝っていたんじゃないか? 下手な女よりも料理が上手い。 魚を三枚おろしにする事も出来るんだし、外科医になった方が良かったんじゃねえのか? と思う。なのに、何故か小児科医だ。
「食べて」
「旨そうだな、頂きます」
 肉じゃが、造り……それもスーパーの造り用のトレーや造りを保護する為のラップのスタンドがゴミ箱にないところを見ると、 家でさばいたのだろう。ホントに器用な奴だ。マジで旨い。食が進む。外食やコンビニ弁当中心の俺には有り難い。
 酷い女なんか、スーパーで買った造りをそのままラップだけ外して トレーに盛りつけてあった状態のまま食卓に出しているというじゃないか。遥ではない、葵の事だ。
 大学時代、一晩模擬同棲をしてみようと思って翔一のうちの別荘を借りて一週間葵と一緒にいたときに発覚した事実だ。
 家庭的な部分を全く持ち合わせていない。俺が取れ掛けのボタンのあるシャツを着ても、全く気付かねえ。
「康行、お前……何で女に生まれへんかった? 医者なんて女でもなれるんやし、翔一のお袋さんにも ここまで睨まれる必要あらへんかったやろう。お前が女やったら、間違いなくプロポーズしてたと思うなあ……」
 結婚した会社の先輩が言うには、「結婚相手は相手がもしも、同性だった場合に一番の親友にしていたであろう奴を選べ」と。 変な話、大学時代にサークルの合宿での儀式として、一回生男子に女装させるというものがあった。 拒否権はあるものの、拒否した奴は幹部には選ばれていないので事実上、殆どみんなやってしまうのだ。 その時、一番似合っていたのが康行だった。逆に似合ってなかったのが典型的男顔の俺と妹の聡美の今の彼氏だ。
 性格は堅物というのにさえ目をつぶれば康行は申し分ない。大学在学中にお袋さんを病気で亡くしたが、 それでも大学を中退せずに勉強する傍らでバイトもしてきた苦労人だ。俺がゲイかバイであるならば、 康行はきっと俺の毒牙にかかっていたかも……と思う事すらある。実際、そっちの趣味がある男に告白をされた経歴を 持っているそうだ。当然ながら、ノーマルな康行は丁重に断っている。
「気持ち悪い事言わんといてくれ。どうせ俺はお前に比べたら早いし……。葵が田川さんに走ったんは結局はそれなんやで」
 まさか、葵の奴……康行のテクニックに不満があったからなのか? けど、もしそれを面と向かって康行に言うたんだとしたら 同性として許し難い事だ。男はこれでも結構、そういう方面にあれこれコンプレックス持ってる奴だっているんだ。 康行は決して体力的に劣っている訳ではない。医者って世間一般のイメージ以上にハードな世界なのだ。
「……まあええやんけ。あんな奴と結婚したらろくな事がねえ。不倫しよったのをええ事に、婚約解消出来て、 なおかつ葵の方が悪かったってんで、かなりの額の慰謝料貰ったんやろ? 葵の親から。 それでいて、次期院長にお前を指名するぐらいやし」
「金とかそんな問題抜きにしても……婚約解消したんは、俺が言い出したんと違って、葵が言いだしたんやで。 お前の言い方やったら不倫をした葵に対して俺が怒って……と思ってるみたいやけど。 葵も本気で繁を愛していたのなら、どうして繁がプロポーズして、院長先生や副院長先生に反対された時に、 葵が説得しなかったのかと……。未成年ならともかく、あの時点で二十一やったんやで。 繁のご両親にも相当きつい事言うたらしいけど、生まれ育ちより人柄を見るべきなんじゃないのか?  確かに中等部の頃の繁やったら反対されても仕方ないって思うで。けど、あの時点では繁だって大人になったし、 浮気とかもしてへんかったしなあ……」
 康行のグラスにビールを注ぎ、俺のグラスにも注いで貰った。そしてビールを飲みながら、競馬新聞を読む。
「競馬? 何があるんや?」
 康行が尋ねる。
「明後日、桜花賞や。メジロライアンの娘、メジロドーベルを応援する」
「競馬だけは変わってへんな」
「いや、俺……ライアンが引退した後、暫くG1以外は遠ざかってたけど、去年からまたやるようになったんや。 ライアンの子がデビューしたし」
「そう言えば葵、メジロ……ブライト? だったか。やたら熱を上げているんやけど……」
「はいはい、ブライトもライアンの息子や。来週の皐月賞に出る有力馬やぞ。けどなあ……」
 何だかよく解らないが、ブライトの事を思い出して、一抹の不安がよぎった。 スローペースにより、力の差があると思われていたビッグサンデーを捕らえきれなかった事。 これ、もしもサイレンススズカ……弥生賞でのゲート難にて出走停止及びゲート再審査になった……が無事に 皐月賞に出ていたら、サイレンススズカは捕らえられないんじゃないか、と思ってしまうのだ。
「ここ最近、直線だけの競馬っていうレースが多いねん。やたらとペースの遅い。前走見てたら、 皐月賞勝つの……きついかもしれへんなんて……」
「馬も生き物なんだし、何が起きるか解らへん。スポーツ新聞で読んだで、ホクトベガの事故……」
 事故、という言葉に身震いを覚える。確か、ホクトベガはドバイワールドカップ出走を最後に引退して、繁殖入りする という記事を読んだ事があった。不世出の砂の女王にして、昨年は交流重賞を七歳という並の牝馬なら とっくに繁殖入りしていそうな年齢で総なめにしてきた。
 芝のレースでも、ベガの牝馬三冠をエリザベス女王杯で阻止した位だ。適性のあるダートレースで大敗したのは 五歳時の平安ステークスのみ。エンプレス杯で他馬をぶっちぎってからは交流重賞に活路を見いだして 無敵の強さを誇っていた。この馬ならたとえ八歳の牝馬という不利な条件を覆すのでは、と信じていた。
「事故って……ホクトベガは? ドバイに出たんやろ?」
「出たけど……」
 康行は首を横に振り、スポーツ新聞を俺の目の前に出した。一面にでかでかとホクトベガ骨折安楽死の文字。
「嘘や!!」
 勝ち馬は去年のジャパンカップを勝ったシングスピールだった。四コーナーで転倒した彼女は、 二度と立ち上がる事はなく、その場で安楽死処分となったそうだ。
 ライスシャワーの宝塚記念も大抵ショッキングだったが……あの年は阪神大震災の影響で、京都競馬場の開催、 まだ東京本社勤務だった俺は寮のテレビで衝撃的な映像を見てしまった。あれと同じ事が起きるなんて……。
「こんな現実知ったら、馬券なんてとても買う気分になれへんで。お前の応援してたメジロライアンなんて、ずっとええで」
「応援してた、と違て応援してる、と言うてくれ。今はサンデーサイレンスに負けねえ種牡馬成績を残して欲しいと思ってるんじゃ」
 その後は、俺達が飲むビールは悲しみの酒へと変わった。
   

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