馬に描かれた館HOME
青潟大学附属シリーズ図書館HOME

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21(最終章)


〜空露澪さま(「とらぶるめーかーず」「ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚」)から
「馬に描かれた館」10万アクセス記念:いただきもの〜
とらぶるめーかーず」 番外編

BACK蘇る過去の記憶 8★NEXT


   作:空露 澪さま


 七時にセットしておいたモーニングコールで俺は目を覚ました。いよいよダービー当日だ。
 ここのラブホテルは便利な事に、宿泊利用者にはモーニングセットのサービスがある。七時半に部屋に届けるように昨夜のうちに手配しておいた。 ダービー談義及びメジロブライトに対する熱い想いに熱が入りすぎてしまい、ラブホテルに入りながらも、 そこですべき本来の目的を果たさずにそのまま寝てしまった間抜けなカップルって、俺達だけじゃないのか?  中高生のカップルがどぎまぎしながら入って、結局おじげ付いて何もせずにでたのいうのならまだ初々しいが、 二十六にもなって、何も無しで出るのは馬鹿じゃないかと思われる。
「……おはよう、繁」
 互いに備え付けのバスローブを着て寝ていたのである。風呂の湯が冷めてしまい、結局シャワーだけを浴び…… それも、別々にシャワーを浴びたのだからこんな話、他人が聞いたところで誰も信じないと思う。
「おはよう。結局何時に寝た?」
 まだ目がしっかりと開かずに頭がぼーっとしている。普段よりもかなりの夜更かしをした。 それは葵も同じらしく、こいつも目をこすっている。
「確か……三時過ぎだったと思う」
「四時間足らずしか寝てへんのか……帰りはきっと、新幹線の中で爆睡やな」
 普段はインターネットをしていても、大抵一時か二時には寝る。三時に寝て七時に起きるのは少々辛い。 まして、日曜日というのはつい朝寝をする。今夜は早く寝ておかないと、明日の仕事に差し支える。
 歯を磨いて顔を洗い、ひげを剃る。十代の頃はそれほどでもなかったが、今はかなり濃いひげが生えるので 剃るのも一苦労である。胸毛が生えないだけマシではあるが。
 モーニングセットが届き、葵と一緒に食う。トースト、ホットコーヒー、スクランブルエッグ、サラダがある。
 しかし、葵よ。夕べ、観覧車で爆弾発言をしたにもかかわらず、ここへ来て何もなしなのに、不満を見せる様子など全くなく、 トーストをぱくついているってどういう事だ? 俺に抱かれたかったんじゃねえのか?
「ああ、そうや、繁。入場券の二百円、払っておくね。それと、ここの宿泊料半分払うから」
「……すまん。でも、お前……このままチェックアウトでええんか?」
「うん、元々ブライトを応援する為に、ダービーを見に来たんやからええで」
「うーん、でもチェックアウトは十時やし……」
 全部食い終えた俺はそれとなしに葵に近付いた。葵が全部食い終えるのを待ち、こっちから仕掛けた。
 何もなしでチェックアウトなんてもったいなさ過ぎる。
 葵の方も俺の要求に反応し、別世界への扉を開いた……。
 ラブホテルを出て、京王線に乗る。競馬場に着いたのは十一時前だった。普通の開催日とは全く違う空気だ。ダービー特有のものだろう。
 折角なので、競馬博物館内を見て回る。レーシングシミュレーションでは何と葵が勝ってしまい、記念品を貰っていた。 しかしながら、こんな所で運を使わへん方が良いと思うのだが。ライディングビジョンでは片方の馬のロボットに葵が、 もう片方に俺が乗って前にあるモニターに映る東京競馬場のコース、この時は芝一六〇〇メートルのコースだったので さながら安田記念……に騎乗するジョッキー気分を味わったり、発馬機ではスターター気分も味わってみたりもした。
 ライディングビジョンは梅田のプラザエクウス(注:現在はありません)にもあるのだが、葵は気恥ずかしくて乗りたくても乗れなかったそうだ。 ここは二台並べられているし、旅の恥はかき捨てという感覚で俺も一緒に隣のに乗るという事だとその気になったのだが、 葵は結構恐かったらしい。少々顔色が抜けていた。
「ちょっと恐かったよ……」
「ふーん、でも面白かったやろ? それに、今のお前の目……すごい生き生きしてるで」
 事実、俺から見れば葵はかなり興奮の色を隠せない様子であった。いわゆる、お上りさんそのものである。
 初めての東京競馬場、及び競馬博物館がそうさせているのか、それとも、ダービーの雰囲気がそういう風にさせているのか。
 俺が封じ込めていたはずの、葵への想いを感じ取ってしまう。
 しかしながら、今更やっぱりお前が好きだと葵に言えるはずがない。
 俺はメジロブライト、シルクジャスティス、サニーブライアン、サイレンススズカ、シルクライトニングの馬連の五頭ボックス買いにした。 各千円ずつ、合計一万円。それに対して葵は、メジロブライトの単勝五千円に、ブライトを軸にした流しの馬連。 相手はマチカネフクキタル、トキオエクセレント、サイレンススズカ、シルクライトニング、ランニングゲイルへ。各千円ずつ。
 しかし、葵の買い方って……ある意味危険なのではないのか? もし、メジロブライトが三着以下だったら馬券は紙くずになってしまう。  いよいよダービーのパドックだ。葵の視線はメジロブライトを追い続けている。
「葵、そろそろスタンド向かった方がええ事あらへんか? ちょっとでもマシな場所で見ようと思ったら……」
 多分、どちらにしてもまともにコースかぶりつきというのは不可能である、というのは経験上知っている。 俺も七年前は若かった。競馬歴も浅かったし……というか、十九歳の大学生だったから、本来馬券を買える身分ではないにもかかわらず、 買ってしまった大馬鹿者だ。メジロライアンの単勝に一万円を突っ込んでしまってオケラにしてしまったのだから。
「うーん、あたしはもっとブライトを見ていたいよ」
 白のメッシュのメンコを付けたブライトを見つめる葵の目は、まさにハートマークである。
 やがて、停止合図が出され、騎手がそれぞれの騎乗馬にまたがる。
「葵、行くで!」
「やだ、まだ見てる!」
「スタンドで見れへんやろ! 行くぞ」
 葵がふくれっ面をしながらこっちに来るのを確認したあと、俺は雑踏をかき分けてスタンドへと向かう。 しかしながら、この大観衆だと、どこから見ればいいのやら。
「葵……?」
 げっ、この雑踏ではぐれた! 辺りを見回すものの、既に身動きも取れないくらいの人だかりで、下手に動くと 他の奴らに大顰蹙を買いそうな雰囲気。かろうじて、本馬場入場が見える。アナウンスで各馬の紹介が行われ、 人気馬になると大歓声が起こっている。俺もついつい、エアガッツとメジロブライトの入場の際には歓声を上げていた。
 携帯を取りだし、葵の携帯に電話してみる。
──おかけになった電話は、電波の届かないところに居られるか、電源が入っていない為かかりません……。
 虚しく聞こえてくる圏外通知。ばかやろう、完全にはぐれたではないか……。
 仕方がないので、諦めてコースを見つめる。ひょっとしたら葵の携帯さえつながれば、俺に電話を入れてくるかもしれない。
 発走時刻が近付く中、異変が起きた。
 シルクライトニングの安田富男が下馬したのである。馬体検査を行うとのアナウンスが入り、どよめきが起こる。
 係員がシルクライトニングに集まり、馬体検査。
 暫くして、再びアナウンスが入った。
──一番、シルクライトニング号は馬体検査の結果、……競走より除外いたします。なお、勝馬投票券の払い戻しにつきましては……。
 大きく観衆がざわめいた。シルクライトニングと安田富男の日本ダービーはゲートに入ることなく終わってしまった。
 スターターが台に向かい、ひときわ大きな歓声が沸く。G1のファンファーレ。この手拍子、無理矢理してねえか? とも思う。 関西G1ファンファーレならば、いかにも手拍子をしやすいメロディーではある。しかしながら、関東G1ファンファーレって 手拍子するようなメロディーじゃあらへんやろ。
 ゲートが開き、各馬がスタートした。大方の予想通り、サニーブライアンが逃げた。サイレンススズカは無理に鈴を付ける事もなく、 三番手を追走。メジロブライトは中団よりやや後ろだが、更に後方にシルクジャスティスなどがいる。
 各馬が第四コーナーを回り、最後の直線に入る。しかしながら、サニーブライアンの脚色は衰えない。 むしろ、力強さを増したような感じさえする。メジロブライトも追い上げるのだが、それ以上に猛追するのがシルクジャスティス。
──これはフロックでも何でもない、サニーブライアン!
 サニーブライアンが真っ先にゴール版を駆け抜け、メジロブライト以上の切れ脚を見せたシルクジャスティスが二着、 そして、メジロブライトは三着に終わった。敗れた馬たちは皆ダートコースから引き上げる。 勝ち馬のみが芝コースを引き上げて戻る事を許される。芝コースを引き返すサニーブライアンと鞍上の大西。
 サニーブライアンが直線コースを凱旋していると、スタンドからは大西コールが沸き起こった。
 多くの者が、ブライトの力を買いかぶりすぎていたのと同時に、サニーブライアンを見落としていた。 伊達に、皐月賞を勝った訳ではなかったのだ。
 七年前の、あの場面とオーバーラップする。アイネスフウジンを捕らえる事の出来なかったメジロライアン。 蛙の子はやっぱり蛙なのか? とりあえず、的中馬券の払い戻し。一万円を元手に四万八千六百円が返ってくる計算だ。
 そこへ、俺の携帯が鳴った。
「もしもし」
──繁、どこにいるの?
 半ば泣きそうな葵の声だった。
「払い戻しや。あのなあ、正門前で待っててくれ。済んだら行くから」
──うん、解った……。
 ようやく、払い戻しの列が進み、俺は払戻金を受け取って正門へと向かった。
「お前、ダービーなんやしちょっと油断したらすぐ迷子になるんやぞ。子供の迷子の放送かってあったやろ」
「うん、ごめんね……」
「全く世話の焼ける奴……帰るで」
 京王線で新宿へ引き返し、東京駅に出てから帰りの新幹線……指定席が買えずにひかり号の自由席になった……で京都へ帰る。
 新幹線の車内では、俺も葵も死んだように眠り続けた。俺は一応馬券は取れたものの、肝心要のメジロブライトが勝てなかったのは悔しいし、 ましてや葵は……。
 京都へ着いた頃には日も暮れていた。
「今度会うのは……チーコの結婚式だね」
「そうやな。再来週の日曜日」
「……どんなに望んでも、届かない想いってあるんだね。あたしは繁の事が今でも好きやけど、 繁はもうあたしの事なんか眼中にないんでしょ? 思いが叶わないのやったら……あたし、一生独身でいるつもりよ」
 そう言って、葵は帰ってしまった。
 どんなに望んでも、届かない想い……。メジロブライトのダービーと、葵の恋心を掛けているのか?

 二週間後、チーコの結婚式が京都市内のホテルで行われた。出席したのは俺や葵の他に康行、遥、健、あずさである。 翔一と瑞穂は仕事の関係でどうしても出席出来ず、祝電を披露宴で読み上げられる事になっている。
その他、俺とそれほど親しくないチーコの友人達や親戚など。俺達六人は、特に親しかった友人という事で、 チャペルでの挙式にも特別に参列させて貰った。
 式が終わり、ブーケトスではブーケはチーコから葵の手に。遥は既婚者だし、あずさは健と結婚を前提にした付き合いをしている。 ブーケトスは元々、葵には内緒で女性陣の間で密約が交わされていたようである。遥から裏情報を仕入れたのだ。
 相手の杉崎さんは、チーコの大学時代の演劇サークルの先輩で、チーコがヒロインを演じた劇で主役を演じた事から 恋仲になってそのままゴールインしたのだ。しかしながら意外だったのは、チーコは見事にこの日まで 貞節を守り抜いた事であった。しかも、学生時代のポニーテール及び、社会人になってからのアップにした髪は、 親父さん以外の男性の前では決して下ろさないという徹底ぶりだった。高等部、大学と進むに連れ、 見違えるような美人になり、俺でも顔負けになるくらいのはっきりとした物の言い方だが、 葵と違ってしっかり者だったので、高等部とか大学時代はかなり男子連中に告白されていたらしい。 それでも、チーコの方は中等部時代の健を含めて最終的に恋愛感情までには進まなかったらしい。
 ところが、大学で所属した演劇サークルで、杉崎さんに惚れてしまったチーコが告白してめでたく……というものだ。
 絶対、俺は杉崎さんがチーコの尻に敷かれると思っていたのだが、今日の二人を見ていたところ、 意外にもチーコはしおらしい一面を見せていた。恋の力、恐るべし。
 感動ものの披露宴も終わり、二次会は俺達が計画してホテル内のラウンジでカラオケで盛り上がった。
 帰り道は葵、康行、遥と一緒だった。
「チーコのウェディングドレス、綺麗だったね……遥の白無垢や色打ち掛けも良かったけど」
「私の顔立ちじゃ、ドレスは似合わないと思ったからよ。葵だったら、今日のチーコが着ていたようなスレンダー系よりも、 Aライン系の方が可愛いと思うわよ」
 変な話、今の元トラブルめーかーず女性陣の中では葵が一番幼顔なのだ。体型もどちらかと言えば、今じゃ上半身よりも下半身に贅肉が付いている…… などといったら殺されるだろうが。チーコは巨乳でも貧乳でもないごく普通の胸の大きさで、それでいて腰や脚のラインは綺麗なのだ。背は決して高くはないものの。
 俺は山科駅で葵、康行と別れた。二人を乗せたタクシーは葵の家の方へと消えてゆく。
 俺は歩いても帰れる距離だが、遥は少々遠い。遥は携帯で兄貴に電話して迎えに来てもらう事になった。
「繁くん、ちょっと……良い?」
 俺も帰ろうとしたのだが、遥が呼び止める。
 遥の表情を見たところ、かなりマジな話らしい。妙に気に掛かった。
   

BACKNEXT


蘇る過去の記憶もくじ

 

とらぶるめーかーずHOME
ぶらいとわーるど メジロブライトの末脚HOME

馬に描かれた館HOME
青潟大学附属シリーズ図書館HOME

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21(最終章)

 


Copyright (C) 2001 馬に描かれた館 All rights reserved.