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青潟大学附属シリーズ


 作者:舞夜じょんぬ




 水鳥中学生徒会がここまで風雲巻き起こる状態になったのは、かつてなかったのではないだろうかと思う。僕はあくまでも傍観者だから、おとひっちゃんや総田の動向を観察することにより判断するしかできない。でも、やっぱり、初めに問題ありき。
 すべては生徒会長が立たなかったことに諸悪の根源がある。
 
 本来だったら当時二年生現三年生の生徒会役員から立候補するのがすじだろう。
 誰もがそう思っていたはずだ。
 しかしながら内部事情でいろいろあったらしく、次の選挙に二年生誰一人立候補しなかった。生徒会は決して仲のよい連中ばかりでなかったのだろう。想像はつくけれども、でも、立候補者が当時一年生現二年生のみという状況は、ちょっと異常だった。
 先生達が裏でいろいろ説得して、見所あると思われた一年生を無理やり立候補させた。というのが本当のところだ。おとひっちゃんだって、最初は相当戸惑っていたはずだ。
「雅弘、俺なんで、いきなり生徒会副会長に立候補しなくてはならないんだろうなあ。俺はただ、学校祭があまりにもひどすぎるからって、先生に言っただけなのになあ、話がいきなり大きくなりすぎてるよ。俺がもし、生徒会に入ったら、陸上もやめなくてはならなくなる」
 当時おとひっちゃんは、陸上部で長距離を中心に活動していた。中体連などではしょっちゅう出走して、それなりにいい成績を修めていた。三年間続けるつもりでいただろう。
 
 生徒会に入ってからおとひっちゃんは、無言で陸上部をやめた。
「とってもだけどな、体力がつづかないもんな。勉強する気力がもたねえよ」
 学年トップの座をなんとしても守りたかったのだと、僕は勝手に想像する。
 おとひっちゃんは、同じ学年の奴らにくらべて妙に順位へのこだわりがあった。もともと成績は小学校時代から群を抜いていた。でもここまで必死にやるとは僕も思っていなかった。
 現在でもおとひっちゃんは学年通して首席を守り続けている。
 生徒会の内部事情を知らない奴ならば、きっと、おとひっちゃんか総田か、そのどちらかが次期生徒会長を務めることになると思いこんでいるだろう。
 僕だって、疑ったことなかったのだから。

 信任投票という形になり、いやおうなしに副会長がとばっちりを受けた。
 共に会長業務を担当するはめになってしまった。
 上に立つ二人が仲良しだったら問題はないが、残念ながらそうじゃなかった。
 さらに言うならこの二人、おとひっちゃんと総田。
 出会った時からウマが合わなかった。
 おとひっちゃんが言うには、総田の存在を知ったのは総合成績順位上位の二番手にいつもくっついている、『総田幸信』という名前のみだったという。部活にも入っていない、自由気ままにふらふらしているようだけれども、やることはきっちりやるし、クラスの信頼も厚いらしい。
 さらに言うなら全学年の女子から人気も相当なものがある。彼女になりたがる女子は下級生から上級生にかけて切れたことがないとか。そんな噂もあるくらいだ。
 女子受けは非常によい。
 
 おとひっちゃんがどこで反感をかったのかはわからない。
 ただ、お互いに話せば話すほど、性格の不一致に鳥肌が立つばかり。
「俺のどこが悪いんだって言うんだよ!」
 口癖のようにおとひっちゃんは、僕につぶやいていた。
「俺のどこが悪くて、みんなは総田のことばかり言うこと聞くんだよ! 雅弘、いったい何処が悪いんだよ」
 僕には大体わかるけれども、答えられない。
 ……答えるわけ、いかないじゃないか。
 ……おとひっちゃん、もう少し感情を隠してへらへらした方がいいのにな。
 顔には素直に感情が表れるのに、口には出せない。
 もっとまずいのは、自分で気付いていない。
 つりあいの取れない表情で、まぬけなことを口走る。
 男子女子問わず、分け隔てなく話すことのできる幸信は、からかうのが面白くてならなかったらしい。総田は生徒会室で交わされたおとひっちゃんとの会話ををすべて、クラスの連中に演技つきで説明したらしい。
 嫌な奴、と思う前に、僕も観てみたかったと思う自分がいた。


 僕が総田を、おとひっちゃんの色眼鏡なしで知るようになったのは、ちょうど、服装規則改正問題の勃発した頃だったと思う。
 一年の半ばといえば、まだおとひっちゃんのことを一番に考えていた次期だった。おとひっちゃんの持つモラルを疑うなんて思ったこともなかった。総田に関するおとひっちゃんの態度で、うまくいってないなとは思っていたけれども、直接話をしてみるまでは、なんとなくとっつきにくさの方が先行していた。
 でも、二回、三回と話を交わしていくうちに、総田の持っている芯のようなものが見え隠れしてきた。ただのおちゃらけ野郎ではなく、もっと僕達の本音にちかいところから、水鳥中学生徒会を見据えているんじゃないか、そう思った。

 総田は言った。
「服装検査を厳しくしたって、似合っているとおもっている限り、違反者なんてへらねえぜ。ばかばかしい追いかけっこを続けるよりさ、校則を適当にゆるめてやった方が、かえって先生たちも楽なんじゃねえの」
 おとひっちゃんがたまたまいなかった一年生の、秋、生徒会室。
 初めて二人っきりで僕は聞いた。
「おとひっちゃんは、先生たちのいうとおり、校則をきっちり守ってもらうべく、生活委員会に協力してもらって、服装検査をやろうって、言っているけどなあ。どうしてそんな風に思うのかなあ。別に俺は、校則の格好だって変だと思わないけれど、締め付ける必要なんてないのになあ」
「そうだよ、佐川。俺もそう思う。関崎の考えていることはなんとなく、わかるが、でもなあ。今回先生が文句言い出したことっていうのは、『詰襟のホックを授業中開けたままにするのはやめよう』とか、女子だと『スカーフは短く結ばないようにしよう。背中を風呂敷背負ったみたいな感じで、肩から出すのはやめよう』とか、だろ。悪いけどそれを十センチ刻みの定規で確認してなんになるんだよ。女子は知らねえよ。でも、俺たちが詰襟をはずすのは、ただ咽が苦しいんだよ。まだ九月だったら、暑いだろうしさ。ただそれだけなんだよ。別に俺は、ガクランを許せとかは言わない。最低限のモラルは認めるよ。でもな、どうでもいいことに神経を尖らせる必要はないし、生徒側に理由があれば、話を聞いてもらうところまでは持っていけるんじゃないのか。関崎のように、先生のいうことをそのまんま、頷くよりはずっとな」
 教師側からは、
「なぜ詰襟のボタンをはずしたまま授業に出るのか」
という、うるさ型の指摘があった。生徒会側としても、生活委員会を交えて話し合い、とりあえずは細かいチェックを朝行おうということなった。また女子は女子で、スカートの丈、スカーフのリボンの広げ方などに注文がついた。
 一時期、非常に厳しい検査が続き、学校内では少し余震が続いた。
「確かに、俺もそう思うよ。総田。でもどうしてなんだろうね。おとひっちゃん、規則にそんなうるさいこと言っていないのに、どうしてこちらの方ではおとひっちゃんが、先生側についている腰ぎんちゃくって言われるんだろう」

 その頃僕にはわからなかった。当時おとひっちゃんは、校則問題について意味不明な態度を取っていた。仲間内でも不思議がられていた。
 服装検査を徹底させるべきだと言い出したのが、関崎副会長だ。
 要はこんな厳しくなった元凶は関崎のせいだ。
 そういう噂がいつしか流れるようになった。
 二年、三年の先輩たちは直接おとひっちゃんに喧嘩をふっかけようとしたらしい。決してあいつは口に出さなかったけれども、一方的に傷を負って帰ったところを僕はなんどか見たことがある。
 おとひっちゃんが一時期、休んでいた陸上部を正式に辞めるはめになったのは、この事件がきっかけのはずだ。

「理由はわかるんだよなあ……おとひっちゃんの趣味は特殊だから」
「見苦しい。きれいに見せるには、校則通りの服装が一番だ。そういっちまったもんなあ。あいつ。ばかじゃねえの」
「確かに、おとひっちゃんにガクランは似合わないと思うよ。真面目な格好がきっちり似合うタイプだから。総田、だと、また話が変わるんだろうけど」
「俺はできれば、首がゆったりしたまま、教室にいたい。たまったもんじゃねえよ。咽がかぶれて大変なんだ。俺これでも、肌が弱いんだ」
 しなしなとお得意の女っぽさをかもし出し、僕は思わず笑った。

 おとひっちゃんが一時的だか総田に勝ったように見えた。
 先生方としては、おとひっちゃんの真面目一方に見える意見に、満足していたのだと思う。総田のように、校則改正案なんて出されたら、学校の風紀なんてむちゃくちゃになるばかりだ、そう思っていたのだろう。斬新過ぎる。当然のことながら、第一回の『校則改正案』は却下された。一ヶ月くらい、厳しい服装検査の朝が続いた。僕だって、あまり妙なことをしていないのに、一回制帽を忘れただけで思いっきり怒られた。おとひっちゃんにあとで、
「どうして俺に言わなかったんだ。生徒会室にかくしてあるのがあるから、俺が持ってきてやったのに」
ともう一度、怒られた。

 しかし、総田はしぶとい奴だった。
 僕と話をした二週間後だったろうか。
 再び手を入れた『校則改正案』というか『嘆願書』を各クラスの代表ひとりずつに書かせて、直接生徒指導係の先生に手渡し、ふたりっきりで話し合いを持った。
 その際には、カセットレコーダーを持ち、会計係の女子も引き連れて、切実に『男子学生服の襟』についての苦痛を訴えたという。
「結局さ、服を着崩すとかそういうのではなくて、ただ、少しでも楽な格好を許してほしいってことを、直接つたえただけなんだけどな」
 
 理由が切実なことをわかってもらえたのだろう。
 早速職員会議と生徒総会を経て、「男子制服の襟は、授業中に限り、はずしていてもかまわない」
「女子も、夏に限っては自由な帽子(麦藁帽子含む)をかぶってきてかまわない」
「ロングコートも華美でなければ認める」
 などなど、細かな規則がだいぶ減らされた。
 
 この事件により、総田副会長の株および生徒会執行部の評価は一気に上がった。と同時に、ひとり教師の腰ぎんちゃくと見られた関崎副会長の立場は、校内で冷たい視線にさらされることとなってしまった。これぞ失策、と言われている。たぶん、当時の二年、三年の間でいざこざがあったのは想像に難くない。おとひっちゃんの様子が一時期かなり、暗かったのを覚えている。
「俺のどこがいけないんだよ、俺だって別にいい子ぶったわけじゃねえのに。俺は先生だって、容赦しないつもりでいたんだ。雅弘、よく見てみろよ。規則やぶって着こなしている連中の格好。はっきり言って、見栄えすると思うか? 襟をはずすくらいだったらいい。俺も気持ちはわかるよ。でも、女子のスカーフなんてどこがいいんだ? リボンだったらもっとそれなりに結んだ方がいいのに。どうしてわざとあんな肩がつっぱった風に見える着方をするんだろう? 総田は言うよな。俺は先生たちの言いなりになっている馬鹿野郎だって。でも、俺は自分の感性を信じて、きれいだったらきれい、見栄えいいといえば見栄えいい、そう感じるままに訴えているだけなんだ。雅弘、お前ならわかるだろ」
 
 その時は頷いた。それ以外なにができるだろう。
 おとひっちゃんは潔癖すぎるんだ。
 ただ、糊が利きすぎている、だけなんだ。目先と激情に足をすくわれただけ。やればやるほど、泥沼にはまってしまうだけなんだ。
 たとえ、関崎副会長の大失策として学校内で散々ささやかれていたとしても、僕はおとひっちゃんの味方でいてやりたかった。
 ふんふんと頷いて聞いた後、僕なりの助言を一言添えた。
「おとひっちゃん。でもその言い訳、今は誰にも言わないほうがいいと思うな。俺はおとひっちゃんのことわかるから、いいけどさ。他の奴らはきっと、言い訳としか思ってくれないよ。俺がわかっていればいいだろ」
「ありがとな、やっぱりお前は、俺の親友だよ」

 「校則改正問題」が無事解決した、一年生の冬。
 総田と再び僕は話をする機会を得た。もちろんおとひっちゃんのいない生徒会室でだった。僕は学習委員だから、直接おとひっちゃん関係でない限り、めったに生徒会室には行かないけれども、総田に呼び出されるのだったらしかたない。誰もいない、生徒会室にひっぱりこまれ、僕は総田のパーマについての秘密を聞き出した。前からおかしいと思っていたからだ。天然パーマにしては、癖がありすぎると。
「そんなことどうして気付いたんだよ」
「いやあ、よくひっかからないなあと思って。パーマ禁止だろ、水鳥中学は。なのに、生徒会副会長のくせにパーマかけてよく怒られないなあって」
「それはな、実はな」
 総田は窓をぴっちり閉め、ストーブの中を鉄箸でかき回した。
「入学式前日に、思いっきりきついパーマかけてくれって、床屋でやってもらったんだ。ガキの頃から通っているところだったから、一発で決めてくれてさ。最初のイメージがこうだと思ってくれればあとはなんとかなるもんだって、先輩達にも言われてたしな。ま、今のところはばれてないし、ばれたって、言い訳はいろいろできるしさ。ちゃんと『天然パーマ登録書』は提出してあるからな。ま、ささやかな秘密ってとこさ」
 僕をじっと見つめにやりと笑いかけた。
「だが、それを見抜かれたのは、佐川。お前が始めてだ」
「わかるよ。見てたら誰だって」
「いや、佐川って、実は影でものすごい奴なんじゃないかって、思う。お前が気付いていないだけだってな。たぶん、佐川の親友も、気付いてないな」
 
 総田の言うことは、なんとなくわかった。
 別にお高く止まったわけではないけれど、僕はクラスの連中に比べて、やたらと細かいことに気が付きやすい性格らしい。総田のパーマもそうだし、女子の体型が痩せたり太ったりした様子とかもそうだし、先生の体調が良くないことも早い段階で気が付いたりした。あの先生、具合悪そうだ。入院しそうだよね。そう誰かに話したりしたら、二週間後に入院、退職したという話を耳にした。また、クラスの女子と男子が付き合っているということも、僕は噂になる前から気付いていた。
 おとひっちゃんにはなんとなく話したけれども、極端に機嫌が悪くなるのでそれ以上は言わなかった。
 別に言ってもかわらないことは、言わないだけだ。
 ただ、総田はそういう僕の感覚を、見抜いてくれた数少ない奴の一人だった。

「あのな、佐川。お前本当のこと言うと、関崎を馬鹿にしてるところあるだろ」
「まさか、何言ってるんだよ! 俺とおとひっちゃんは小さい頃からの親友だって、聞いているだろ」
「関崎は一方的にそういうな。でも、なんか佐川からするとそんな感じじゃないような気、するんだよなあ」
 石炭を足しながら、僕に背を向けたまま総田は続けた。
「俺ってさ、もともと努力と根性って嫌いなんだ。要領よく、うまくすりぬけていけばそれにこしたことないと思うんだよな」
「それって、ある意味でいやな奴だと思うよ」
「関崎の親友だったらそういうだろうな。佐川」
 怒る様子もなく、そのまま総田は僕に話し掛けた。
「そう、軽蔑するようなこというなよ。俺は決して、関崎のことを馬鹿だとは言わないよ。たぶんそこらへんは、佐川と同じ考えだと思う。俺も一年からずっと、成績二番続きだったからなあ。あいつさえいなければ、学年トップ狙えたのにって思うよ。それは素直にすごいことだと思う」
 信じられないくらい真面目な総田の言葉に、僕は戸惑いつつ、黙っていた。
「たださ、なんで「校則規則」関係のどうでもいい、ほおっておいてもいいことにばかり、真面目になれるのかが不思議なだけなんだ。あれも先生の言うことを無視して、つらっとしていればすべてが丸く収まったはずだろ。生徒会なんて、どうせそんな面倒なこと考えなくたって回っていくんだからさ。関崎が、『じゃあ、守らせよう』と言い出したのがすべての発端だぜ。結局俺は、学校の規則を緩めることに成功したけれど、関崎がわめかなければもっとすんなり、敵も作らないで話を持っていくことが可能だったと思うんだ」
「確かに。俺だったら総田と同じこと、してたと思う」
 思わず口にしてしまい、僕はちっと舌を鳴らした。関崎乙彦の親友にあるまじき発言だ。
「やらなくてもいいことばかりやってしまって、自分を四面楚歌に追い込んでいく、どうしてああなるんだろうって俺は思うよ。あんなことばかり続けていたら、本当にやりたいことが見つかるまでに頭がオーバーヒートしてしまう。だろ。だから俺は」
 息を次いで、総田は振り返った。火にあたりすぎて、紅潮した頬がまぬけだった。民族系の人形顔していた。作りが濃い。
「いろんな出来事がこれから、生徒会では続くんじゃないかと思う。俺と関崎とだったら、うまくいくわけないってみんな、思っているだろうな。でも、できるだけ俺は、水鳥中学生徒会が盛り上がるようにしたいという、本気だけは持っているよ。その本気をどこにぶちこむかっていうと、場所はほんのちょっとなんだ。本当に重要だって思うことは、そのちょびっと。それを掴んだら、俺は関崎以上に、突っ走る」
 総田の瞳にちらりと光ったものは、たぶんおとひっちゃんと同じものだろう。僕にはなんとなくそんな気がした。よけいなことを言いたくなくて、僕は頷いた。

 おとひっちゃんを僕の中で、冷静に分析するようになったのは、このあたりからだと思う。小さな頃から僕をかばってくれたおとひっちゃん。兄貴役と言われていたりした。でも、僕は総田と同じ色眼鏡をかけていることに、初めて気付いた。同じ度数だった。
 総田と僕とは、同じめがねでおとひっちゃんを見つめている。
 楽しくて、話したくて、僕はおとひっちゃんのいない生徒会室に通うようになった。中学一年の冬からずっと。

 

 



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