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青潟大学附属シリーズ

  作者:舞夜じょんぬ



 朝、迎えにいくとおとひっちゃんはいなかった。とっくに学校へ行ったという。きっと生徒会室で総田とふたり、また顔を突き合わせているんだろう。いつもだったら僕はおとひっちゃんの家で声を掛け、一緒に学校へ急ぐのだけれども。まあ、当然か。学校祭最終日だけではなく、初日、二日目の準備だって生徒会にはあるんだから。
 おとひっちゃんに今朝の僕を見られないで本当によかった。
 僕だって多少、良心の呵責ってものは、ないわけじゃない。
 意識として『関崎乙彦の親友』面した僕がいるのに、前の日に総田へ話した言葉は、どう考えても裏切り行為と思われても、しかたない。少なくともおとひっちゃんが知ったら、何されるかわからない。何発ぶん殴られるか想像がつかない。絶交されるかもしれない。
 それはよくわかっていた。でも、総田ともっとしゃべってみたい、総田の本音をうまく探ってみたいとわくわくする僕の本音を無視することなんて、できやしない。おとひっちゃんには見せたことのない、僕の一面を、総田に見せた時。
 動揺を、僕はなぜか気持ちよく受け取った。
 
 くせになりそうだ。
 でもまだまだ、これからだ。
 総田、まだお前の『教授の密かなるプロジェクト』は甘いと思うよ。
 俺だったらもっとうまくやってみせる。
 でも、おとひっちゃんを生徒会長にさせたいから、俺は協力するだけなんだ。
 俺は絶対に、『関崎乙彦の親友』なんだから。
 
 昨夜話したことを思い出しながら、僕は二年三組の教室に入った。
「あれ、佐川、今日おとひっちゃんと一緒じゃねえの」
「うん、例のあれで先に行ったみたいなんだ」
 いつもお神酒徳利のようにくっついている僕とおとひっちゃんだ。ひとりでいるのはめずらしかったんだろう。かばんを置いて、僕はすばやく黒いバインダーを取り出し、仲間数人を手招きした。
「ほら、おとひっちゃんの予想ファイル。どうせ、写すだろ」
「佐川、お前って本当にいい奴だよなあ」
 男子三人が小声でささやきながら、大学ノートを開き僕の机にたむろする。目的はひとつ。予想問題を丸写しするということ。本当はコピー機を使いたい。でも、一枚五十円もするなんて、馬鹿高すぎる。しかたないから、みな手書きだ。
「今日中に返してくれればいいからさ」 
 僕は学習委員の義務、『先生のお荷物運び』をするために教室を出た。
 今日は社会だ。地理だ。ドアの高さくらいある東北地方の地図をひとりで運ぶ。廊下におとひっちゃん、総田がいないことを確認して僕は大急ぎ、職員室に向かった。

 ちょうど生徒玄関が八時二十分で締められ、職員玄関から遅刻した連中が入ってきたところだった。職員室の目の前で、遅刻者に『違反カード』を一枚切っている五人は、生活委員のみなさまがた。
 校則違反をしないきちんとした制服姿で、必死に書き込んでいる。
 恨まれる仕事だ。
 僕は前に、学生帽を忘れてしまった時に一枚だけ、切られたことがある。
 対象者は主に、結んだネクタイの両端が二十センチ以下の長さの者。
 前髪が眉に全部かかっている者。
 スカートの丈が膝下十センチ以上、もしくは以下の場合。
 人間関係をうまくやりたい僕としては、絶対になりたくない委員のひとつだ。
 でも、やっぱり向いている人っていうのはいるわけで。
 僕は急いで社会の先生から地図を預かり、よろけながら廊下に出た。一仕事終わったという風に引き上げる生活委員の一人を呼び止めた。
「さっきたん、今日、またたくさんカード、切った?」
 振り返った『さっきたん』は、僕を見つめておとなしめに微笑んだ。
 水野五月(みずのさつき)。
 小学校の頃から『さっきたん』と呼んでいた。

 ふたつに分けたするんとした髪が両肩にたれていた。額を大きく出していた。絶対に校則からはずれない髪型だけれども、さっきたんにはなじんでいる。ちょっとはつかねずみ風の顔立ち。こういう女子だけだったら、きっと校則もうるさく言われないですむんだろう。水鳥中学の女子における校則は、さっきたんに似合う格好をそのまま上げただけのような気がする。
 世の中はいろんな顔があるんだから、似合わない女子が校則違反したってしかたない。僕は他の女子を見るたびそう思う
 当然、制服も二十五センチくらいスカーフを余らせて結んでいる。
 僕も男子の中では前から二番目くらいの背丈だけれども、さっきたんはさらに小さい。僕がさっきたんと呼ぶのは、小学校が同じというのもあるけれども、なんだか小さい共通点にほっとするからだと思う。
「佐川くん、どうしたの? 重そう」
「次の時間、社会だからさあ。東北地方の地図だって」
「ひとりで持つの? 端っこ、もしよければ私持つわ」
 話し方もやわらかい。二組の女子はわりとさばけた感じの連中がほとんどだけれど、さっきたんだけはか細く、ささやくように話す。それでいて全然クラスで浮かないのは、やっぱり性格のおかげだろう。
「大丈夫だよ。丈が長いだけで、重くはないんだ」
 男子の意地だ。僕は笑いながら断った。続けた。
「それにしてもいつも俺、思うんだけど、さっきたんって一年の時からずっと生活委員やっているだろ。やだろ、本当のこと言うとさ」
「そんなことないけれど、冬は寒いからちょっといや」
「それに、クラスの奴が違反したとかいっては、『違反カード』切らなくちゃいけないしさあ。大変だよな。俺だったら、絶対できない。万年学習委員でよかったって、思うよ」
「佐川くんは学習委員が似合ってると思うわ」
 理由を言わずにさっきたんは僕をちらっとみて、すぐ目をそらした。
「今日は先生がいたからそういうわけにもいかなかったんだけど、いつもは私、切らないの。だって、四組では違反カードを一人一人張り出してるんだもの。五枚たまると家に電話が入ることになっているから。四組だけなんだけど」
 二年四組といえば、おとひっちゃんがいるクラスだ。
 服装規定問題で、大御所関崎副会長のいるクラスゆえ、よけい厳しくなっているのかもしれなかった。僕はその辺聞いていないけれども。担任によっても異なるからその辺はよくわからない。三組がわりと、校則関係についてゆるめなのは、さっきたんが前もって「抜き打ち服装検査」などの情報をクラスに流してくれるおかげだろう。
「四組って、やたらといやな噂が流れてくるよなあ、やっぱりおとひっちゃんのせいか」
 ついぽろっと、こぼれた。
「関崎くん?」
「うん、副会長のいるクラスだからなおさらなのかな」
 さっきたんは軽く首を傾げ、すぐに小さく振った。
「違反カードのことは、関崎くん関係ないみたい。あまりクラスのことに口、出さないって、四組の人言ってるし、それに」
 ちらりとまわりを確認した後、僕にしか聞こえないささやき声で。
「ちゃんと、前もってチェックとかある時は、ちゃんと言ってくれるんですって。関崎くんを目のかたきにしているのは、ほんの少しだけだと思うの」
 さっきたんは僕とおとひっちゃんが、親友だってことを知っている。
 なにせ、小学校五、六年一緒の組だった。
「そうだよな。おとひっちゃん、いい奴なんだけどな」
 二年教室までしばらく階段を昇りながら、なんとなく小学校の頃の話をした。さっきたんは僕を「佐川くん」おとひっちゃんを「関崎くん」と呼ぶ。同じ組の女子で、呼び捨てにしない人は珍しい。
 僕は言葉を選んで、思い切って言ってみた。
「ここだけの話なんだけど、おとひっちゃんがさ。今度の学校祭で座談会やろうとしているんだけど、なかなかうまく行かないみたいで落ち込んでいるんだ」
「あの、関崎くんが?」
「あのままだと、まいってしまいそうでさ。俺、生徒会の中はよくわからないんだけど、次の生徒会選挙には出ないとまで言っているんだ」
 この事実、僕はまだ、同じ組の男子に一言も話していない。
 総田と、今、さっきたんにだけだ。
 さっきたんはいぶかしげに僕の顔を見つめ、尋ねてきた。
「関崎くんが生徒会に残らないなら、生徒会長は誰がなるの?」
 やっぱり、かかってきた。
 僕は確信した。
 さっきたんは、おとひっちゃんが生徒会長になるもんだと、決め込んでいたってことだよ。きっと、同じ小学校の連中はみな同じように思っているだろうけれど。
 おとひっちゃん。やっぱりそうなんだよ。
 水野五月さんは生徒会長を関崎乙彦だと思っているんだよ。
 
「それなら、誰が生徒会長になるの?」
 さっきたんはもういちど、繰り返した。
「たぶん、総田あたりかな」
「関崎くんの方がいいのに」
 なんとなく口にした、という感じだった。僕を気遣ってつけたしたのりではない。
 力を抜いたままつぶやいた。
「三組の男子も、おとひっちゃんいい奴だって言ってるんだけど、でもな。あいつ、敵作りやすいっていうか、もう作っちゃってる」
「そうなの」
 階段の踊り場でいったん立ち止まり、僕は続けた。
「違う小学校から来た連中は、おとひっちゃんが副会長やっているとこか、せいぜいテストの順位発表でトップに上がっているところしか知らないからなあ。せめてさ、陸上やめなければなあ。さっきたん、ちなみにおとひっちゃんのどこが、受けいいと思う?」
 わざと訊ねてみたかった。でもさっきたんは何も考えない風に答えてくれた。
「関崎くんは、うそを言わない人だってこと、わかっているから。佐川くんがいつも信頼しているってことは、そういう人だからってことでしょう」
「そうだね。僕も、自分でも、そう思う」
 確かに、嘘を言わない、裏切らない。僕はさっきたんがそこまでおとひっちゃんのことを観察しているとは思わなかった。 
 でも、「佐川くんが」という口調になにかひっかかる。
「うまくいえないけれど、一生懸命だってことはわかるの。あのね、佐川くん、これって変に思われるかもしれないけれど」
「変に思わないよ」
 さっきたんは声を潜めて、ちょっとうつむき加減にささやいた。もっと近くに寄って聞き取らなくてはならない。
「今度の学校祭、最終日のこと。生活委員会でも話として出ているんだけど、みなフォークダンスの方を楽しみにしているみたいなの。座談会の方は全然、何も話題にならなくって。なんとなくだけど、委員会に関係している人たちはみな、『フォークダンス』が一番楽しいと思い込んでいるところがあるみたい」
「そうだね、うちの組はどうかわからないけれどさ」
「でも、例えば……フォークダンスを踊りたくない、という人だって、学校の中には必ずいるはずだと思うの。無理やり引きずり込まれてしまう人もいるんじゃないかと思うの」
 さっきたんのおちょぼ口から『フォークダンス』という単語が飛び出すのが意外で、僕はもっと身をかがめて覗き込んだ。はにかむようにさっきたんは続けた
「どういう形でするのかわからないけれど、男子と女子で手をつなぐことになりそうだって聞いているわ。でも、中には手を繋がれるのがいやって人もいるだろうし、触ると菌がつくとかいわれて小指の先が触れる程度にする人だって、必ずいるはずよ。普段でさえばい菌みたいな扱いをされている人は、フォークダンスでさらに、いっぱい、傷つかなくちゃいけないくなっちゃうんじゃないかしら」
 変に思っていない証拠に僕は、頷きながら軽く笑いかけてみた。うまくたまったものではなかっただろう。行かない。にやけているみたいに写ったかもしれない。
「うん、そうだね。総田はそこまで考えていないと思う。言ったとしても、想像がつかない奴かもしれないよ。わかってくれるのは、おとひっちゃんだと思う」
「そう。関崎くんは、小学校の頃から、弱い立場にいる人のことが分かると思うの。ほら、六年の時に、女子の間で仲間はずれごっこがはやったことがあったでしょ」
「うんあったあった。でもあれはおとひっちゃんまずかったな」
「その時に関崎くんはものすごい勢いで女子を怒ったでしょ」 
 六年の頃。いきなり教壇で女子全員を怒鳴りつけたことがあった。全く関わっていないさっきたんを始めとする女子はたまったものではなかっただろう。幸い、さっきたんは全く根に持っていないようだけれども、一時期状況がさらに悪化してしまったことがあった。クラスの女子といざこざが増えたのは、たぶん、そのあたりだ。
「おとひっちゃん、会長になってしまえばいいのにな」
 気が付くと、もう廊下には誰も人どおりがなかった。まずい。そろそろ先生が教室に入ってくる。しかも、さっきたんとふたりきりだ。
 別に変なことなんてしてない。見られたってどうってことない。でも、さっきたんはいやだろう。きっとからかわれる。
「まずいよ、これからホームルームが始まるとこだ」 
「ほんと、佐川くん、ごめんなさい。やはり端っこ、一緒に持ちます」
 さすがにふらふらしているところを見かねたんだろう。僕が遠慮するのを、やさしい声でふりきって、地図の端っこを一緒に持ってくれた。
 
 五組、四組はまだ教室の戸が開いていた。僕とさっきたんがふたりで地図を運んでいく姿はきっと、見えたのだろう。四組の教室におとひっちゃんが戻っているか、ちらっと見たら思わず目が合った。えらく疲れた風だった。川の字式にずらっと並んでいて、先生のまん前だった。近眼の人か優等生か、もしくは一番うるさくて目をつけられる奴の席。おとひっちゃんはたまにめがねをかけていることがあるからな。自分で希望したいとは思えない席だった。
 はっと笑顔で何か言おうとしたらしい。
 でも続くさっきたんの姿に、また別のことを感じたらしい。
 すぐに目をそらして、筆箱を開こうとしていた。
 予想通りだと僕は思った。
 おとひっちゃんは非常に、しぐさがわかりやすいんだ。
 おとひっちゃんは何を言いたいのかが、口で言わなくても、すぐにわかるんだ。
 どうして総田はそんなことに気付かないんだろう。

 

 



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