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■――中学一年三月・少年の目覚め事情・立村上総の場合――■

原稿用紙10枚弱





 

 どうしたのだろう。毎日のように夢で怪しいものが出てくる。
 去年まではそんなことほとんどなかったのに。
 さんざん羽飛や本条先輩に「お前やらしい夢見たりしねえのか?」とからかわれても、あっさりと「いいや、全然」と答えられたのに、この数日、嘘がつけなくなってしまっている。「やらしい夢」の意味がわかるようになってしまっている。見るだけだったらただだしあまり感じもしないのだけれども、ただ、跡が残ってしまうのだけは避けたい。
 そうだ、跡が、残ってしまうのはどうしようもない。

「どうしたんだよ、お前、死んだ魚のような目、してるよなあ」
 羽飛に覗き込まれる。
「そんなことないよ、少し本読みすぎて、寝坊しただけだって」
「ふうん、どんな本だよ、やらしい写真か?」
「羽飛、なわけないだろ」
 写真ではない。本だ。何でこんなことしてるんだろうと思う。百科事典でいきなり「妊娠」だとか「性器」だとか「第二次性徴」だとか調べているうちに夜が明けたなんて死んでも答えたくない。
 うちに並んでいる文学全集の中からなぜか「チャタレイ夫人の恋人」なんぞを引っ張り出して読みふけっていたなんて、それも夫人ときこりの兄さんとが、たがいのいわゆるそういうものを見せ合っているところを、めくっていたなんて口が裂けたって言うものか。
 
 本条先輩と待ち合わせ、図書館で評議関係の話をしている時も、なぜか感情がふつうに流れない。つい、顔を見るなり思うのは、
「本条先輩、今日はどうするんですか」
「ああ、俺はこれから相手に会うんだ」
 ──すでに一線超えている、彼女にな。会うんだな。
 一線、というのはただの言葉だと思っていればよかった。今まではそう思っているだけだった。なのに、あの日を境にすべての言葉に意味が詰まってしまった。
「いいだろ、お前うらやましがってるだろ?」
「そんなわけないじゃないですか。何するっていうんですか」
「もちろん、あれをするんだよ」
 言葉が出なくなり、僕は頭を下げて図書館を出た。

 よりに寄ってそういう時に限り、清坂氏に会う。
「立村くん、顔色悪いよ、どうしたの」
「あ、清坂氏、いやなんでもない。風邪引いたかもしれないって、それだけさ」
「インフルエンザで学級閉鎖なんていやよ。早く治してよね」
 さらっと返すだけで済む。ほっとする。目が合いそうになり思わず逸らし、また覗き込まれる。
「どうしたのよ、落ち着かないね」 「いや、本当になんでもない」
 ──いったいあれから俺は何をした?
 
 うちに戻り一人になると、いてもたってもいられず雑誌をめくる。
 どうしてこんな女の人の何もきていない写真見て喜ぶのか、去年までは、今年の二月までは全く見当がつかなかった。
 どうしてだろう。
廃品回収のコーナーに人がいないと、思わず手に取りたくなってしまう写真の数々。でも近所でそんなところ見られたら「立村さんちの息子さんも色気づいたのね」みたいなことを言われるか、もしくは変態扱いされるだろう。絶対に嫌だ。
 仕方ないので家でテレビをつけっぱなしにする。ドラマもワイドショーもつまらない。普段見せてもらったことがないので母が出て行った頃はかなり狂ったように見まくったが、一週間で飽きた。それ以来音楽番組をえあチェックする時くらいしか見ない。
 なのに、どうしてだろう。
 十一時以降になるとどうしようもなくそわそわする自分がいて、もてあましてしまう。その間風呂に入ってはまた、やってはいけないことを考え、後悔しては風呂に入りなおす。思わず、してしまい、また反省する、の繰り返しだ。
 こんな奴じゃなかった。
 ──こんないやらしいことばかり考えてる自分じゃなかったのになんでだよ。まったく、なんだよ。いったい。
 風呂から上がり、部屋にこもり、勉強をするうちに身体の方で何かががんがんと求め始める。今のところ、ふつうの雑誌しかないのであやしげなポーズのものなんて見つからない。それでも見ないよりはましだ。めくり、することはいっしょ。今日こそはやめようと朝、心に誓うのに、あっさりとめげてしまう。風呂場で大抵は果てる。自堕落な性格だと思うのは、その後ものたりなくなって、勉強中に一度、ベットの中でまたもう一回。とやらかしてしまう時だ。意志の力なし。終わった後でこっそりとティッシュをまとめてトイレに流す時のみじめさったらない。父がいない時を狙うのだが、それまでの自分が放出したものの匂いで吐きそうになる。
 
 一度だけ、たまたま本条先輩と話をしている時に、
「クラスの女子の写真でやるのもまた、ない時はしょうがねえかなあ。けどリアルだから気持ちいいぞ」
 と言い出したのが頭の片隅に残っていたのだ。一年の時は「ま、そういう方法もあるんだね」と流せた。けれど、冬休み終わった前後から一気にこらえられなくなってしまった。本条先輩の言葉なら信じられると思い込んで一年D組の顔写真を一つ持ち出してみた。僕はどうしようもない馬鹿だと本当に思う。
 ──なんでよりによって。
 たまたま一ページにいた清坂氏を最初にしてしまったのが、今の後悔となっている。
 次の日顔を見られなかった。
 あれ以来、知っている人を使うことだけは死んでもしないと誓った。慣れれば平気なのかもしれないが、今でも思い出すと目を合わせることができなくなる。

「おおい、立村、ちょっとこい」
 卒業式前日、三年の結城先輩……前評議委員長……から呼び出しを受けたのは次の日だった。どうせ結城先輩は青大附高に進学するのだから、そんなに離れるという印象はない。本条先輩も一緒だった。
「先輩、おめでとうございます」
「まあな、ほら、本条お前も形見分けだ」
 この人は某アイドルグループのおっかけに余念がない反面、現在の評議委員会の土台をこしらえた偉大なお方である。委員会活動イコール部活と一緒というのりを作り出したのは、結城委員長の残したものだ。
「ういっす。ありがとうござんす。ほら、立村もほしいの選べ」
 なにやら紙ヅツミに入っている。
「いや、この辺は経験深い本条、お前が選んでやれよ。お前の可愛い後輩だろ」
「こいつは結構純情そうに見えて過激なのがいいかも」
 二人楽しそうに袋を覗き会っている。通称、「本条委員長にのっとられた結城先輩の立場」と言われているけれども、そうではないらしい。単に結城先輩は本条先輩の能力を見て取って、動きやすいように道を作ってあげた。そのことイコールが、繋がっているってことだろう。
「まあ、待ってろ。俺が心をこめて選んでやるよ」
 戸口で結局待たされた。後ろを古川さんが通っていった。
「なに待たされてんのよ。立村、あんたやっぱりホモ説本当なの。評議委員会委員長三つ巴の怪しい噂、立ってるよ。あんたが受けだって」
 ──なんだ、その受けって。
 わからないのでその辺は流しておいた。
「何を受け取るんだ? たぶん、あれは俺へのプレゼントらしいけどさ」
 首をひねって古川さんは出て行った。

「ほら、入れよ、立村。ほらほら」
 ようやくプレゼントらしきものがまとまったらしく、本条先輩は僕の手を無理やり取り、ぎゅと渡した。
「お前最近、顔色悪いしさあ。何か物思いにふけってるんでないかって、結城先輩と話してたんだ。まあ、お互い様、そういう時に効果的なものを、肩身分けにってことにな」
「そうそう。無名の子ばかりだけど」
 ──別にアイドルじゃなくたっていいけどさ。
 ちらと覗き、すぐに締めた。
「ありがとうございました。あの、これ、本当にいいんですか」
「ああ、思う存分、使ってくれ」
 ──使う?
 言われている意味がわからず、僕は頭を下げて教室を出て行った。どうせ青大附中評議委員会の追い出しパーティも控えているのだ。お礼は後でよし。

 うちに戻って急いで袋を開いた。だいたいどういうものかは見当がついていた。派手なお姉さんたちの写真集だろう。
 ──小さな本が三冊だった。
 感謝の念よりも、身体の方が早く早くと叫んでいる。
 こんなところ見られたくない。カーテンを締め切り、灯りをひとつだけにして、ベットにもぐりこんだ。

「どうした、上総、もう寝てるのか」
 父だ。普段はほとんどすれ違うはずなのに、この時間に限ってなぜ。
 しかも、たまたまこういう時に限って。
 僕は大至急ベットにもぐりこみうつぶした。
「なんでもない」
「風邪でも引いたのか。身体具合悪いのか」
「悪くない」
 早くあっちいけ、それしか願ってない。
「どうした」
 戸があいた。鍵を閉められないのが悔しくてならない。すべてを隠したつもりで答える。
「なんでもない。寝てるだけ」
 しばらく、間があった。後。
「そうか、わかった」
 戸が閉まる。安心して布団を広げようとしたとたん、全身から血が退いた。
 ベットの裾から、写真集がまるのまま落ちていた。
──終──


 


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