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青潟大学附属シリーズ中学編


  作者:舞夜じょんぬ



 りっちゃんをまだ「立村、あのさあ」と声かけていた頃。
 青大附属に入学してから間もなく、一年の新歓合宿というのがあって、たまたま同じ部屋に泊まることとなった。
 俺は人見知りする方でなかったし、すでに仲間内で気の合う奴も見つけていたから退屈することはなかった。まだ、野郎同士の派閥みたいなのもなかった。ただ、雰囲気的にちょっと違うな、という連中はいないこともなく、りっちゃんも最初はその類だった。
 いや、見た印象は悪くなかった。おとなしそうな奴だという程度。
 目立たないように振舞っているというのがよくわかった。すでに別の仲間グループと仲良くしゃべっていたので個人的にどうのってのはなかった。たまたま同じ部屋だったから俺もふつうに声をかけたつもりだった。
 りっちゃんはそうでないようだった。
 なんとなく、避けられているんじゃないか、そんな感じを持っていた。
 俺がなにげなく、
「小学校の時、運動部とかに入ってたのか?」
「修学旅行どこ行った?」
「やっぱり山登り遠足って疲れるよなあ」
 と、いささかアウトドアな話題を振ると、
「あまり、遠足とか旅行に参加できなかったんだ。身体が弱かったから」
 と小さな声で答える程度だった。たぶん、ふれられたくない話題だったんだろう。俺もその辺はすぐに察して別の話に差し替えた。無理に聞き出すなんて最低だし、誰にだって知られたくないことがある。俺にもアキレス腱がある。
 そうだった。りっちゃんはあの時、ほとんどしゃべらなかった。

 俺は小学校時代の修学旅行と同じ感覚で別の奴と、「どういう女子が可愛いと思うか」「スケベな本とかをどこで手に入れるか」「初めてつきあったのはいつなのか」「どういう音楽が好きなのか」を怒涛のごとしゃべっていた。みな、青大附属に入学する前からそれなりにお盛んだったようだった。今思えばりっちゃんくらいだったろう。そういう話題から浮いていたのは。でも、おとなしく俺たちの顔を見ながら輪に入っていたところを見ると、嫌いでもなかったんだとは思う。
 すでに俺も、小学校五年の時から「おつきあい」する機会があったし、その子とは卒業前にはじめてのいわゆる、その、キスとかなんとかもした。もっと言うなら、ちょっとだけさわらせてもらったりもした。その子とは自然消滅してしまったようなもんだけど、それはそれでいい思い出だ。
 要はみんなに自慢して、自分がこれだけすごいんだぞ、ってことをひけらかしたかっただけなんだと思う。
 俺もあの頃はずいぶん無理していたっけ。父さんから卒業式後、部屋に呼び出されてコンドームを一パック渡されたときはさすがに照れたけど。
「男として自然な感情なんだからそれはそれでいい。だが、相手を傷つけるようなことはするなよ」
 意味がよくわからなかった。
 
 宿泊研修の夜のことだった。
 旅館の風呂場は大浴場になっていて、みんなすっぱだかで飛び込んだり泳いだりできる広さだった。俺も当然出かけたわけなんだが、りっちゃんだけはなにか理由をつけて一番最後に入りにいったらしい。なんのことはない。りっちゃん以外にもそういう奴はいたらしい。あまり他人と風呂に入ったことのない奴ってのが。だから珍しいこともなかった。
 先に上がった俺とあと数人が部屋の中、こっそり煙草を吸ってみようとたくらんだのがまずかった。たまたま同じ部屋で実験対象になった国枝という奴が、一気に五本煙草をくわえてみたのだが、胃にものがたんまり入っていたのがまずかった。むせると同時に一気に吐き出してししまったじゃないか。
 ──どうするんだよ、これ。
 当然、煙草なんて持ち込み禁止だなんて野暮なことは言わないでほしい。
 部屋の中はただでさえ煙草くさくて死にそうなのに、だ。
 ──入学後すぐに退学かよ。
 俺の頭にまず浮かんだのはこの辺だった。そりゃそうだろう。まだ入学して一週間くらいしか経っていないのに、停学・退学だなんてどう言い訳すりゃいいんだろうか。一応青大附中は青潟市のエリート中学らしい。「らしい」ってとこが「うそだろ」の反語なんだけど。吐いたものの匂いで俺の方がおかしくなりそうだった。
 本当に悔しいんだけど、俺はその時なんにもできなかった。
 国枝の口を拭いてやろうとタオルを持ってきてなんとかせねば、と思ったのが関の山。
 動くことができなかった。たぶん一緒にいた連中も同じだった。
「南雲、お前どうする?」
「どうするったって、先生のとこに行くしかないだろ」
 行ったらどれだけの大目玉が待っているかわからないわけじゃなかった。


 ちょうどその時、りっちゃんが髪をぬらした格好で帰って来た。戸を開けたとたん、すさまじき惨状に凍りついたのは当然だった。小さい声で、
「国枝、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ」
 誰かが怒鳴っていた。俺は何を言ったのか覚えていないのだけど、
「やばいよ、どうする」
 と何度も繰り返していたらしい。りっちゃんが一年後に話してくれた。
「たばこ、か?」
「俺んじゃねえよ」
 お互い責任をなすりつけていたことを、俺は白状する。断じて俺が持ってきたもんじゃないんだけど、でも、国枝にくわえさせていたのを煽り立てていたのは確かだから。
 
 次の瞬間。りっちゃんは国枝を抱え込み、素早くトイレに連れ込んだ。当時から細いマッチ棒状の身体つきだとは思っていたけれど、実に手早かった。まだ口からだらだら流してあえいでいる国枝をまずトイレに押し込み、戸を閉めた。そして、
「ここにいたらまずいから、お前ら別の部屋に行ってろ。あとは俺が何とかするから。それと南雲、戸だけを開けたままにしてもらえないか」
 驚くほどしっかりした口調だった。か細い声でおどおど話していた時とは違う。
 ──こいつ、何考えてるんだろう。
 けど俺は逃げ出したかった。とにかくこの臭い、煙草と吐いたもののすっぱい匂いで一杯の部屋から飛び出したかった。
「先生には言わなくていいのか」
「まだ言わなくていい。とにかく早く行け」
 トイレの戸を少しだけ開けていた。国枝がまだあえいでいる声と一緒に、りっちゃんがきつい声で俺たちに命令しているのが聞こえた。

 俺はその後、別の連中とふたりで隣りの部屋に避難した。りっちゃんが「絶対言うな」、と命令したことを隠れ蓑に、トランプに混ぜてもらったりもしていた。
  だが、当時からりっちゃんと行動をともにすることの多かった羽飛貴史がぴんときたらしく、あの部屋に向かってしまった。この時、俺は停学・退学を覚悟して、公立に行った友達へどうやって言い訳するかを考えていたわけだ。


「お前ら、最低だな」
 部屋の中でうなだれていた俺たちを、やがてもどってきた羽飛は吐き捨てるように罵った。
「今、国枝を病院に連れてったみたいだ。菱本先生が」
 だいたい三十分くらい経った頃だったと思う。
「お前らみんな立村に押し付けてたのかよ」
「連れてったって、けど、あの部屋」
 別の奴がおどおどと羽飛に質問を投げかけていた。あの部屋には煙草がまだ数本残っていたはずだ。発見されたら一貫の終りだ。羽飛は浴衣の袖を黄色く染みつけたまま、俺たちをにらみつけた。
「煙草とかやばいものは全部、立村がトイレに流した。あと、へどあげた布団とかも立村と俺が全部洗ったりなんかしてごまかした」
「じゃあ、ばれてないんだ」
「ばかやろう!」
 何様のつもりなんだか、羽飛は俺たち四人を見据え、足踏みをしやがった。もともと羽飛にはあまり、いい感情を当時から持っていなかったので、俺は当然見返した。目が合い思わず俺と羽飛のけずりあいになった。
「理由も言わんで俺たちを罵るってなんか違うんでないか?」
「黙れ、おい南雲。なんでお前ら部屋を出てきたんだよ。なんで国枝がひとりでげえげえ苦しんでるとこを見捨ててきたんだよ。今、立村がひとりで菱本先生に呼び出されて、すげえ怒鳴られてるって知らねえだろ!」
「立村が?」
 羽飛の説明によると、りっちゃんは一生懸命国枝の世話をしていたらしい。だいぶ落ち着いた頃に羽飛が到着し、新しい浴衣を女子の部屋から調達したり、洗濯を手伝ったりいろいろしてごまかしたらしい。ある程度の処理が終わった段階で菱本先生に知らせたはいいが、相当苦しんでいた状態だったので病院に運び、
「なんでもっと早く教えなかったんだ」
 と菱本先生に吊るし上げられたという。
 俺VS羽飛、りっちゃんVS菱本先生、初めての対決だった。

 まだかすかに匂いの残る自分らの部屋に戻り、俺たちは絞られて帰って来たりっちゃんを迎えた。すでに羽飛に対する不快感は俺の腹の中で満杯だった。他の奴らも相当だったようだ。国枝に煙草をすわせたのは俺たちだから言い返せない。けど、あんな高飛車に言われる筋合いもないと思った。俺だって退学は覚悟していたんだから。
 いわば「羽飛グループ」だったりっちゃんにどう接していいかわからず、あやまることもできなかった。相当菱本先生に叱られて落ち込んでいる様子で、唇を噛んでいたけれども、なぜか俺たちの顔を見るやほっとした風に笑みを浮かべた。
「立村、あのさ」
 とにかく、俺なりにけじめをつけようと思った。
「あ、大丈夫だよ。今の話だとたぶん、国枝が言わなければ、煙草のこととかはわからないと思うんだ。悪いんだけど全部煙草っぽいものはトイレに流した。それと、菱本先生が入ってきた時にはだいぶ煙草の匂いも消えてたと思うんだ。だから、原因はわかんないよ。食べ物に当たったとかなんとか言ってごまかしておいたけど、たぶんばれないと思うんだ」
「ばれないって、おい」
 真新しい浴衣を抱えてきたりっちゃんは、戸惑うような目でちらちら俺たちを見つめていた。視線を合わせられないらしく、いづらそうに、
「じゃあ、もういちど、風呂に入ってくるから。あと、布団、新しいのを入れてくれてるって」
 やはり目を合わせるのがしんどそうだった。俺も、他の奴も「あ、ああ」とだけ答え、りっちゃんがいなくなるのを見守った。たぶんその時は話す言葉が見つからなかったのだと思うし、俺がガキだったからだろう。

 結局国枝は夜中、自宅から迎えが来て、連れて行かれたらしい。これまたりっちゃんが全部荷物をまとめて、菱本先生に渡していた。そういうことはお手の物らしい。同じ部屋で本当だったら、俺も手伝うべきだっただろう。けど、そこが情けないくらい俺のガキっぽいところで、寝たふりしかできなかった。
 なんというか羽飛に言われた言葉がまだ、心の中に響いていたからかもしれない。
 
 次の日、バスの中でりっちゃんは羽飛の隣席で目を閉じていた。
 あれだけ駆けずり回ったのだから疲れて当然だろうし、さらに乗り際にも、
「だから立村、お前いったいどうして先生に報告しなかったんだ!」
 と怒鳴られる始末。しょんぼりうなだれていたけれども、羽飛に肩を叩かれてとぼとぼ乗り込んでいった姿。俺は後ろの席で眺めていた。
 結局何もその時、りっちゃんに話し掛けられなかった。羽飛とはこれから先長いにらみ合いになるだろうと予想できていたし、俺は俺で別の連中と音楽ネタで盛り上がっていた。しばらくは国境線を越えられないような付き合いが続くのを予感していた。
  ただ何かの拍子で仲間のひとりがちらっと、
「けどさ、立村ってすげえ奴だよな」
「本当だ、俺もそう思う」
 話題を出したように思う。
 俺はその時、ためらうことなく大きく頷いた。本人はたぶん聞こえていなかっただろう。静かなバスの中で、すかすか寝息を立てていたみたいだったから。

 

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