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青潟大学附属シリーズ中学編
3
たぶんその頃から、俺はりっちゃんに興味を持っていたのだと思う。
野郎グループが新歓合宿以降見事に三分割されてしまったこともあり、何かの拍子で無駄話をする程度にしかりっちゃんと接することはできなかった。その一方でクラス内における羽飛VS俺との対立も激しくなっていった。つっかかってくる羽飛をいなすのも簡単ではなかった。俺の本能に火がつくんでないか、と思う時もしょっちゅうだった。
「なんだよ、女ったらしのくせにお前」
「女ったらしとは失礼だな」
「関心もねえくせに、さんざんもてあそんでやがるんだもんな。相手のことも考えねえで」
「そんなんは俺の勝手だろ。羽飛、お前に文句言われる筋合いはない」
「けっ。規律委員のくせに女子傷つけて悪いと思ってねえのかよ」
「俺は傷つけてなんていないけどな」
今のは、一年時のこと。危うく殴りあいに発展する寸前の会話だ。
たまたま俺が一年上の先輩に告白されて、なんとなく付き合うことになった時のことだった。
付き合うったってそんなすごいことをするわけではなかった。キスをしようと誘われるのがせいぜいだった。小学校の時に済ませていたから、抵抗はなかった。
ただ、その現場を羽飛に見られたのがまずかったらしい。
うらやんでいるのかそれとも、相当むかっ腹立っていたのか。
もてあそんでいるなんてことは言われたくなかった。俺はそれなりに、相手の人が喜んでくれることをするのが一番だと思っていた。小学校の頃付き合っていた子とは自然消滅したけれども、会ったら会ったでそれなりに付き合いができると思う。キスくらいはできるかもしれない。でも、傷つけるような付き合いは一切してないつもりだ。
また外で会って、「やあ、元気?」と挨拶できるような、そんなお付きあいだ。
さて一発やるか、と身構えた時。
「羽飛、やめろよ。南雲だって悪いことしているわけじゃないんだからさ。それよりあのさ」
羽飛の側で肩を軽く叩く奴がいた。まだ同じくらいの背丈だったりっちゃんだった。俺の方に軽く目を合わせて、
「俺は南雲のこと、うらやましいと思うよ。そういう風に普通に人と話ができるっていいなって思うんだ」
やはりすぐに逸らせて、うつむいた。
だいたいりっちゃんが俺と羽飛の間を取り持つのはこんなパターンがほとんどだった。俺もそうだが羽飛も、りっちゃんの前ではなあなあに終わらせるのが普通だった。無理に殴り合いやって菱本先生に怒鳴られるのもいやだし、相手の腕力がまだ把握できない状態で一戦かますのもなんだかなって感じだった。
それに、俺にも羽飛へ言い返せないところがあったりもしたわけであり。
──女ったらしかもな。
言われる通り、相手の子が喜んでくれればそれでいいという気持ちで、いろいろと付き合ってきたけれども、どうも自分の中でしっくりこなくなると俺の方から終るようにしていた。相手だってそうした方が本当の恋人を探しやすいだろう。別れを切り出すのはいつも俺の方だったから、大抵は泣かれてしまったけれども、話せばなんとかわかってもらえた。中には、二年上の先輩で、「じゃあ、あれを上げる」という言葉で、いわゆる、その、なにを誘われたりもしたけれども、すぐに断った。
責任取る自信、なかったからな。
すべてが反対側に動きはじめたのは二年に入ってからだ。
クラスの班構成を今までは、委員会の男女を代表としてまとめていた。評議委員同士、規律委員同士、保健委員同士、学習委員同士、放送委員同士。
でも、そのやり方だと毎回同じ顔を合わせる奴が決まってしまう。誰とは言わないがたまたま仲が最悪の男女委員がいたらしく、菱本先生のもとへ直訴したらしい。二年に上がってからは純粋なるくじ引きで席を決めることになった。今までのパターンだったら評議のりっちゃんと規律委員の俺がくっつくなんてこと、まずないはずだった。運のいいことに、その班には羽飛もいなかった。まあ俺としてはもうひとつ期待していたパターンがあったのだけど、それはこれからの努力あるのみだと思っていたからしかたない。
「立村って結構洋楽詳しいよな」
「うん、うちの親がインストロメンタル系とか、歌詞のないレコードとかたくさん持ってるから、それ聞いて知ってるんだ」
もともと英語がべらぼうに出来て、二年からは大学の語学授業を取るというりっちゃん。うちの学校は、希望すれば高校、大学の授業に出席させてもらえるシステムがあった。もちろんついていけない奴が行ってもしょうがないので前もって試験があるけど。りっちゃんは一年の春休みに、英語の認定試験を受けて見事合格。放課後を使って英語とドイツ語の特別授業を受けてもいいというお許しを得た。学年で英語関係の合格者はりっちゃんだけのはずだ。
やっぱり英語がらみでネタを探そう、と俺は思った。もともと「全米ヒットチャートトップ100」とか、英語圏のマイナーな歌詞を訳してほしいと思っていた俺としては、いいきっかけだった。
たまたまかばんにつっこんでいた輸入盤のライナーノートをまとめて渡し、
「悪いんだけどさ、立村。来週までにこれ訳してもらえないかなあ。今度小学校時代の野郎連中と、ライブごっこやるんだ」
本当のことだった。急ぎではなかったけれど、なんとなくためしてやりたかった。首をちょこなんとかしげて眺めていたりっちゃんだが、受け取りぱらりとめくった後、
「ちょっとだけ待ってもらっていいかな」
かなりの量だった。自信ないのかなと思っていた。
立ち上がって一回教室を出て行った。五分後に戻ってきた時は大きな英英辞書を抱えていた。図書館に寄って注文してきたらしい。早い。
「どしたの、これ」
「うん、ちょっとだけ確かめたいとこあったんだ」
ちょっとだけというのが、りっちゃんにとってはどのくらいのことなのか、俺は初めて思い知らされた。約五分後。
「これでいいかな。間違ってたらごめん」
すべてのライナーノートに、りっちゃんは数回英英辞書をめくり、さらさらと訳をノートに書き込んでいった。。今思えばその歌詞にはスラングもたくさん入っていた。俺の持っている英和辞書では見当のつかない訳になっていたと思う。とにかく、普通の日本語として意味の通じる訳。唄。そのまま口づさんでオッケーという代物だった・
。
「りっちゃん、これ本当に」
「間違ってた、かなあ」
不安そうに見上げるりっちゃん。とんでもない、と感謝の意で手を合わせた。
こいつの頭は本物だ。
たとえ数学の授業中真剣に指を使って計算していても。 足し算引き算する時にいつも数直線を引いていたとしても。
それ以来俺とりっちゃんとは、音楽関係のネタで毎日話をするようになった。隣りの席っていうのは非常に楽だ。最初りっちゃんも俺にどういう話をしていいかわからなかったみたいで、びくついていたみたいだけど。俺の方から古い洋楽のダビングテープを押し付けたり、ライナーの訳を子とあるごとにお願いしたりしていくうちに慣れてくれたようだった。どうして俺と目が合うたび、びくっと肩を振るわせるのか、理由はわからなかったけれども。
でも、その時は音楽の話題オンリーだった。一番俺の興味津々たる、あのことは一言も出なかった。
俺が何気なく、
「立村ってさ、女子に関心ないのかよ」
とつっこむと、きょとんとした顔で俺を見つめて、
「やっぱり、それっておかしいかな。ないんだ」
とつぶやく。あわてて真っ赤になるとか、戸惑ったりするとかだったら俺もつっこみようがあるけれども、不安げにうなだれるのを見ると、それ以上何も言えない。
「いや、だったらどうしてここまですごい歌詞、訳せるのかなあって思ったんだ。洋楽の歌詞って真っ正面から読むと結構、これ発禁って言いたくなることあるだろ。立村の訳には全部、そういうやらしいとこも書いてあるから、そういう本とか読んで勉強してるのかなとか思ったんだ」
「そんなこと、してないよ。ただなんとなく勘でわかるから。やっぱり、俺は変だよな」
ごまかしつづけていたのが、だいたい五月くらいのことだった。