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BACK★ 南雲秋世のインストロメンタル 5★
青潟大学附属シリーズ中学編


  作者:舞夜じょんぬ

 きりのいいことで、隣りの門前でぴかぴか光っていた豆電球のぐるぐる巻きが一瞬で消えた。裸の幹にぐるっとまきつけて、クリスマス期間中ツリーに見立てて飾るってことをいつもしているお隣さんだ。ちゃんと消す時刻も毎年こだわっている。クリスマスイブ、クリスマスが終わったらすぐに消す。おかげでこっちも、日付が変わったことに気付いたってわけだ。
 りっちゃんは窓に目を向けて、まばたきを数回した。猫みたいだった。もう一度グラスの中を眺めてから、一気に飲み干し、むせていた。
「気管に入った?」
「だ、だいじょうぶ」
 ちっとも大丈夫じゃない顔でずっと咳き込みつづけているので、俺としてもほっとくわけにはいかない。背中をさすってやった。よくうちのばあちゃんが喘息の軽い発作を起こした時には、こうやって一晩中撫でてあげたり背中を叩いたりするのが常だった。
「けど、大変だったよなあ。りっちゃん、疲れたろ」
「なんかな」
 俺が黙って背骨を指でなぞってやると背をよじられて逃げられた。
「なぐちゃん変なさわり方するよな」
 向かい合っていたのが今度は隣同士。はっきりしないのも落ち着かないので、俺はりっちゃんの座っている布団にそのまま座らせてもらった。誰にも聞かれてないってわかっていても小声でしゃべりたいだろう。りっちゃんは。

「俺も今考えれば非常識だったと思う。別の誰か、もうひとりかふたり、呼べばよかったと思うさ。女子をひとりだけ呼ぶっていうのがやはりいろいろ、まずいってのは、後で気付いたさ。けど、なんであんな言い方するんだよ。関係ないだろ」
 独り言と文句のあいのこみたいなしゃべり方で、りっちゃんが説明したことによるとだ。
 ふたりっきりで清坂さんと楽しいクリスマスイブのひと時を過ごしていたのを、たまたま帰って来た父上に見られてしまったという。本人は「何もしてない」と強く言うのだから、たぶん「何も」してなかったんだろう。その辺は信じよう。  お父上もさすがに清坂さんの前では何も言わずにもてなしてくれたらしい。息子の顔を立ててやったってことだろう。男としての義務でちゃんと清坂さんを近くのバス停まで送り届け、戻ってきたところから修羅場が始まったとか。
 とてもだが、俺もその辺は人のこと言えない。
「親、うるさいもんなあ」
「別にいいさ。それはそれで。けど、あんなこと言うことないだろ」
 どうやらりっちゃんにとってのアキレス腱を露骨に切られてしまったらしい。
「あんなことって」
 言っても言わなくてもどっちでもいいよ、という風につぶやいてみた。
 こうするとりっちゃんは、安心して続きを話してくれるのだ。
「なぐちゃんずっと前、お父さんから、あれを一ダース渡されたって、言ってたよな」
「持ってるよ。まだほとんど手付かずで」
 すみません。枕もとに隠してます。
「使う時にはそりゃ買うよ。俺だってそのくらいのことは分かる。けど」
 いや、いつ使うかわかりませんよ。りっちゃん。男には本能ってもんがありますから。緊急事態ってものもありますから。経験者じゃないから説得力ないけれど。
 返す言葉を飲み込んで、頷きつづける俺。りっちゃんは軽く目やにを取るように、手の甲で目尻をこすった。
「いきなり父さん、仕事部屋に俺をひっぱってってさ、『ここにあるからな』って、あれを見せるんだよ。そんなのがあることなんて知らなかったし、知らなくたっていいことじゃないか。なのに、あれ、ふたが開いてて、だいぶ減ってて、つまり、そういうものが二パック置いてたのをさ、いきなり見せてさ。『いざという時は覚えておけよ』ってさ。なんだよ。まるで俺が女子を連れ込んで、いわゆる、そういうこと、しようとしてたみたいに決め付ける言い方することないよな。そして最後にさ」
 がまんできなかったのだろ。思いっきりうつむいて軽く体を震わせて、
「なんで『お前もそういうところは、大人になったな』って笑うんだよ。薄笑いっていうんか、とにかくにやにやしたまま俺を見るんだよ。何が言いたいんだよ。なんで俺のことを勝手にそんな目で見るんだよ。なんもしてないし、ただ招待しただけじゃないか。なんでそんなこと」
 以下、繰り返しだった。俺が何度かジンジャエールを注ぎ、別の話を引っ張り出すのにかなり時間がかかった。危うく泣くんじゃないかと思った。

 ──うちと同じじゃん。
 悪いけど俺の本音。
 話の内容を把握して思ったことだった。
 うちの親はたぶんりっちゃんの両親……お父さんだけらしいけど……よりも年寄りだろう。けど、そういう男女交際とか、エッチなこととか、それこそ避妊についてとか、気軽に話をすることが多かった。俺が小学校の頃から遊びまわってたっていうのもあったろうけど。だから小学校卒業の時にコンドーム一ダース渡されても、今のりっちゃんみたくパニックになったりはしなかった。今でも彰子さんのこととかは気軽に報告している。どうせ父さん母さんだって、彰子さんのご両親と友だちになれたことで喜んでいるみたいだし。見張られてる分はめは外せないけれども、それはそれなりにってことだ。俺だってその辺はしっかり計算している。
 たぶん俺がりっちゃんの立場だったら、まずはおちゃらけるしかないと思う。
 下心がないならなおのこと。
 すいません、こういうところだけ大人になりました、とへらへらしてるだろう。だってそうだもん。それしか言いようないもん。

  「それで、ゲームセンターにいたんだ」
 一応学校の校則で出入り禁止になっているゲームセンターに、なぜりっちゃんが油売っていたんだろう。気になっていたけれど聞いてなかった。原因が判明した。
 りっちゃんは唇を、歯の跡つきそうなほどかみ締めて、頷いた。
「今日、っていうか、昨日の朝か? 目が覚めたら父さんが枕もとに立ってて、『どうだ、可愛い彼女の夢見てたのか』とか言うんだ。そんなわけないよな。なんでそんなあとをひっぱることばかり言うんだよ。もう、俺も寝ぼけてたのかもしれないけど、なんかかっとなっちゃってさ」
「もういいよ」

 つまるところ、りっちゃんが本当の修羅場を繰り広げたのは二十五日の朝。本来ならばサンタクロースがプレゼントを置いてくれる時間帯に、目が覚めたらお父上からの暖かいお言葉を賜ったとのことだ。その言葉があまりにもりっちゃんの気持ちを逆なでするものだったので、しっぽを踏まれた猫のごとくわめきちらしたと。
 目の前で膝を抱えているりっちゃんを見ていると想像つかないけれども、言う時はかなりきついことでも平気でぶちかます性格だと思う。
 たぶんお父上はあっさりと遠ざけるか薄笑いで対処し、りっちゃんをさらに激昂させたのだろう。
 勢い余って家を飛び出し、ふらついているところを、俺に拾われたと。
 なんか、ゲームの爆音に包まれているなかひとりふら付いているりっちゃんを見ていてほっとけなくなったというのが、正直なところだった。びくびくしたまま、食われるんじゃないかと恐れをなしているような、そんな感じ。一年生の頃、新歓合宿の部屋で話し掛けていた時と同じ目をしていたっけ。
 俺は灯りを消そうと思って立ち上がった。これ以上の話は、窓から差し込む月明かりすら邪魔だろう。雪が半分窓に張り付き、氷の膜が窓から浮き上がっている。しっかりと閉ざした。
「けどいいなあ。俺うらやましいよ。だって俺、彰子さんとクリスマスデートできなかったんだぜ。理由知ってるだろ? ほら、小学校時代のファンクラブ会長が指揮してパーティーの真っ最中だって。りっちゃん、偉いよ。ちゃんと自分で企画して、清坂さんをおもてなししたんだろ?」
「一年間、いろいろあったから」
 短く答えた。ほんと、りっちゃん、いろいろあったな。
「やっぱり付き合っている以上、クリスマスとかには何かしなくちゃいけないのかなって思ったから聞いてみたんだ。そうしたら『品山のうちに行きたい』って言われたから」
 清坂さん、あなたは勇気ある人だ。もし俺がりっちゃんの立場だったら、清坂さん、どうなってたか保証できないぞ。  俺だったらそう思う。彰子さんと、まあその、ちゅっとひとつくらいはしてみたい。
「もともとあれだろ、りっちゃん、おととい家に誰もいないってこと、話してたんだろ」
「もちろんだよ。それでもいいか、って聞いたら、いいって言われたから」
 大丈夫。りっちゃん、あんたに罪はない。
 俺は軽く頭を撫でてやった。闇の中だけど、ちゃんと髪の毛の生えている頭の場所は体温だけで分かる。軽く振られた。触られたくないらしい。

「けど、本当にそれだけだったんだ。なぐちゃん、あのさ」
 呼吸する拍子に、しゅうしゅうと息の洩れる音が聞こえる。空気が乾燥しているらしい。
「なぐちゃんは、一日何回くらい、写真集とか見たりする?」
 ──やっぱり、聞きたかったんだな。
 回りくどい言い方だけど、りっちゃんはそういうところがうまく言えない奴だ。
「三回、くらいかな。まあ体力が持つ時はもっとかな」
 本条先輩の五回連続には負けるけど。ちょっとオーバーに言ってやる。
「そういう時って、やっぱり、あの、人のこととか、考えるんか」
 よくわかるよりっちゃん。そりゃあ、写真集の時は別だけど、いつもはいわゆる彰子さんのことを考えたりして、ってこともある。内緒だそれは。たぶんりっちゃん以外の野郎連中と話す時とは別の言葉を使って答えた。
「たまに。な」
「そうか。なぐちゃんもそうなんだ」
 また黙り込んだ。口癖みたく、同じこと言うだろう。想像して俺はにやけていた。
「やっぱり俺の感じ方って、変なのかな」
 黙って俺はりっちゃんの肩を叩いた。
「俺もたぶん、なぐちゃんと変わらないことしてると思うけど、でも、ぜんぜんそんな気持ちにならなかったんだ。やっぱり、俺は変なのかもしれない」

  りっちゃんがいわゆるふつうの猥談についてくるのは、めずらしいことだけど今日が初めてではなかった。今年の夏あたりから何度かその手の質問をされている。露骨に話すわけではないけれど、聞きたいことはたくさんあったんだろう。俺の猥談レベルからすると小学校五年時に卒業したような質問をかましてくれた。
 夜中に変な夢を見るのは異常なのかとか、りっちゃんの名誉のため具体例は出さないけれど授業中に妄想が浮かんだ場合どうやって乗り切るのかとか。女子の肌に触れたとたん反応してしまうのはなぜなんだろうとか。大抵は俺とふたりっきりの時だった。
 その手の話については、プロフェッショナルの本条先輩に聞けばいいのに、と振ったら、
「何言われるかわかんないよ。『お前本当にガキだな』の一言だって」
 とのこと。頷ける。
  俺があっさりと通り過ぎてきたところで、りっちゃんは今立ち止まり悩んでいるところらしい。砂利道をさくさく歩いていくだけのことなのに、ちょっととんがった石を踏みつけただけで立ち止まり、拾って虫眼鏡で観察。そんな感じだ。  まあ、本条先輩に相談したら全く別のことをアドバイスされるだろうけど。
 ──どうしてこういうチャンスを逃したんだ、ばかやろう!とか、言われそうだよな。

「この前うちの父さんが買ってきたインストロメンタル、かけようか」
 枕もとの灯りをもういちどスイッチ入れて、俺はラジカセにテープをはめ込んだ。すでにダビングずみだった。レコードの針を無駄にはできないし。
 クラシックのアレンジものだろうか。チェンバロの演奏でところどころフルートの音色が差し込まれている。題名がどんなもんだか俺は知らない。唄も入っていない。音もかなりでかくしないとメロディーが聞き取れない。けど、お互いの吐息が聞こえる部屋の中では中くらいのボリュームでも大きすぎるくらいだった。雑音がちゃらちゃら入ってくる。ぎりぎりのラインまで音を下げてみた。
「たぶん俺が彰子さんと一緒に過ごすってことになったら、こういう感じでBGM流すと思うなあ。レコードでムードを高めるといいかもしれないよ。曲とかかけたの」
「そのつもりだった。けど、まずいかなって思って」
 りっちゃんはそれ以上答えなかった。
 膝を抱えてじっと空を見据えていた。クラシックではバロックが好きだと話していたりっちゃんのことだ。今流れている曲は、きっと好みの世界だったんだと思う。ちょっと響きの薄いきらきらした音色のチェンバロ。今の時代はマイナー扱いされている楽器。今時じゃない、メロディ。
「けど、清坂さんは喜んで帰ったんだろ」
「だったらいいな」
「それでいいじゃん」
 ──たださ、相手が今時だったら辛いよな。
 なんとなく、この曲は清坂さんあまり好きでなさそうな気がしていた。  

 本当だったら俺なりの憶測を話したかった。秋に羽飛とやりあったきっかけの会話を。ずっと二学期から考えていた俺なりの推理を。できればりっちゃんが今まで気付いてなかった感情への答えを。
 けど、そんなのを他人から訳知り顔で唱えられたってむかつくだけだろう。俺だったら絶対にいやだ。だから、俺は黙ってりっちゃんの話を聞くことに専念した。できれば、こうすればいいのにという本音を隠したままで。いつか助言してほしい、みたいなことを言われたらその時には全部吐き出すけれども、今はまだだめだ。
 ──まだ、付き合うつもりはあるみたいだしな。

 クリスマスの献立やプレゼントやら、りっちゃんは一切照れもせずはにかみもせず俺に話してくれていた。仮にも自分の彼女についてだったら、多少なりのどきどき感覚は持っていたはずだ。でも俺の感受性が鈍いのか、どうも評議委員会の企画準備をしているのとおんなじ風にしか聞こえなかった。次期評議委員長としての義務を必死に果たしているりっちゃん。清坂さんに対しても、羽飛に対しても、もしかしたら俺に対しても。好かれるための「義務」を果たすため必死に身をすり減らしている、そんな感じがした。嫌われないように、ああすればいいこうすればいいと、マニュアルを集めてその上で行動しているような。

 ──俺にはそんなことしなくたっていいよ。
 口に出してしまえればいいのだけど、たぶんりっちゃんは絶対に違うと言い張るだろう。
 ライナーノートの訳を無理にこしらえなくたっていい。今このひと時だけで俺はりっちゃんを友だちだと思っている。いつか気付けば十分だ。

                                                           終

 

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