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〜青潟大学附属シリーズ・二次創作小説〜
芙蓉 雅作
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 ──あいつ、信じらんない。ほんっとにサイッテー! 「近江さん、大丈夫? まさかこのこと言いふらしたりとか、そんなことするほど、あいつも馬鹿じゃないとは思うけど……」
 羞恥に頬を染めながら、近江さんは制服の上着を着ている。まさか、わたしのためにここまでしてくれるなんて……小春ちゃんのことは別としても、少しだけ彼女に対する考え方を改めた。
「べつに、いいのよ。下着姿くらい。でもこのぐらいのことで鼻血だすなんて、男子ってやっぱり馬鹿が多いんだなとは思ったけど」
「そうよ、あいつ、いつもあたしのこと馬鹿馬鹿って小馬鹿にするけど、そういう自分は一体なんなのよって感じよね。あまりにも馬鹿すぎて話にならないって感じ」
 近江さんが微かに笑ったので、あたしも少し微笑んだ。すると何故かお互いにだんだんおかしくなっていて、最後には大笑いとなった。
「あいつが実験室を出ていった時の顔、見た? つっぺんなんかしちゃって、まるっきり馬鹿まるだしって感じ」
 近江さんもお腹を抱えて大笑いしている。
「あの決定的な瞬間を、カメラに納めておけばよかったわよね」
 近江さんの言うとおりだと思ったあたしは、インスタントカメラを手にとった。あの顔を、三年廊下の掲示板にでも張ったとしたら……きっとあいつはもう二度と、あたしに絡んでこなくなるに違いない。

 あたしは近江さんと途中まで一緒に帰り、色々いっぱい楽しいおしゃべりをした。ついこの間まで喧嘩口調で話していたのが信じられないくらい、話が弾んだのが不思議だった。心の中で、小春ちゃんのことが少しだけ可哀想になったけど……でも、近江さんはそんなに悪い人じゃない、というのが初めて腹を割って話したあたしの印象だった。
「ただいまー」
 返事がないとわかっていながら、一応玄関のところでそう挨拶する。スニーカーをきっちり揃えてから二階へ上がり、すぐに着替える。下からは微かにカレーの匂い。うちのお母さんは家事といったものを一切しないので、料理や掃除はすべて、お手伝いさんまかせだ。べつにそれが悪いっていうわけじゃないけど……将来ああはなりたくないな、というのが、あたしの母に対する本音だった。
「やっほう、キヨさん。今日はカレー?」
 台所で漬け物を切ってたキヨさんが後ろを振り返る。
「あらあら、気がつきませんで。今お帰りになったんですか?」
「うん、ちょっと前。何か手伝えることがあったら手伝うよ」
 うちで二十年も家政婦やってるキヨさんは、現在六十歳。かっぽう着のめちゃくちゃ似合う、サザエさんみたいな雰囲気のおばさん。時々お母さんに些細なことでイビられたりしてるけど、そのイビリ料も含めて、月に結構な額のお給金をもらっているはずだった。ちなみに通いで、息子と娘の三人暮らし。
「じゃあその、巨峰の房をとってもらってもいいですか?」
「わあ、これすごく美味しそう。巨峰を食べてキャッホー!なーんてね」
 あたしのつまんないギャグに、キヨさんがくすくす笑い出す。
「どうしたんですか? 今日、学校で何かいいことでもあったんですか?」
「うん、ちょっとね」あたしはキヨさんと並んで台所に立ち、巨峰の房をぶつぶつとって、水を張ったボールの中で洗った。「これまでずっと仲悪かった子と、今日すごく仲良くなったの。ただそれだけだけど、なんかすごく嬉しいんだ」
「それはよかったですね」
 白菜の漬け物を軽くぎゅっとしぼり、それを皿に盛りつけながらキヨさんは笑う。こういう時、なんだか本当のお母さんみたいだって、あたしはいつもそう思う。
「俺、今日晩メシいらないから」
 弟のキリオが、のれん越しにちらと顔をのぞかせて言った。あたしの顔を見ると、露骨に嫌なものを見たような表情で、去っていく。
「お帰りは何時ごろ?」
「いつもと同じだよ。まあ塾のあとで友だちとモスかマックにいったら、少し遅くなるかもしれないけど」
 キリオは中学に上がって以来、ほとんど家で夕ごはんを食べなくなっていた。あたしも、お父さんやお母さんが帰ってくる前にさっさと食事をすませてしまうので、家族の仲は事実上ばらばらといってもいい。
 そしてキリオはそんなふうにばらばらにしたのはあたしだと言って、今でも恨んでいるみたいだった。
 
 小学五・六年生の時のあの事件があって以来、あたしの本当の意味での味方は、キヨさんだけだった。
 初めてお母さんと激しい口論となり、首になる寸前までいったけど、お父さんがふたりの間をなんとか仲裁した。
 ──ゆいさんは何も、わかってらっしゃらなかったんですよ! それなのに、母親のあなたが守ってあげなくてどうするんですか!
 ──使用人の分際で、よくそんな口があたしに利けたわね! あんたなんかもうクビよ! もう二度とこの家の敷居を跨がないでちょうだい!
 もしあの時、キヨさんがあたしの味方をしてくれなかったら、今ごろあたしはどうなっていただろうとそう思う。
 もう誰にも、口にだすことさえ許されないけど、あたしは今もあのお兄ちゃんのことを悪く思っていない。それどころか、優しいいい人だったとさえ思っている。あたしのせいで逮捕されてごめんねってあやまりたいくらいだ。
 むしろ、今でも殺してやりたいと思っているのは……。
『おい、霧島。もし、睦月のことを助けたかったら……』
 大好きなむっちゃん。まさか半年後には、あんなことになるとは、夢にも思ってなかったけれど。


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